あやかし娘とはぐれ龍

五月雨輝

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親友

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「伝馬町送りになったら、息子にはもう二度と会えなくなるかも知れんぞ。源之介に会いたいんだろう?」
「……会いたい、もちろんだ。源之介がどうしているのか、考えねない日はない。だけど、源之介にはまだ母親がいるが、ゆみにはもう誰もいねえ。化け猫扱いで他の親戚連中にも突き放された。はぐれ者の俺ぐらい味方になってやらないでどうする」
「貴様それほど……だが、やはり奉行所の者としては……」

 与四郎は剣の切っ先が揺らぎかけたが、柄を握り直した。
 龍之介は溜息をついて、

「全くお堅い野郎だ! じゃあこれでどうだ。昔、谷中の水茶屋のおはなちゃんと喋れるようにしてやったことがあっただろう? あの時の借りで今日はひとまず見逃せ」

 と、昔の事を持ち出すと、与四郎は「は?」と呆気に取られた顔をして、

「何を言って……あのおはなちゃんのことか……しかしあの娘はお前に惚れてたじゃないか」
「……そうだったっけ。なら、両国の煮豆屋のおきぬちゃんだ。紹介してやったろう」
「……あれも結局、お前が恋仲になっただろうが」

 与四郎はむっとした顔をした。

「あ……」
「しかも短期間であっさり捨てやがって……あの後おきぬちゃんを必死に慰めたのは俺だぞ」
「…………」

 龍之介は目をそらして肩をすぼめた。

「何か腹立って来たぜ。友人とは言え、いつも貴様ばかり良い思いしやがって」

 与四郎は眼を怒らせて剣を大上段に構えた。
 龍之介は慌てて一歩下がり、

「待て待て。他にもまだあるだろう。橋本光蔵の妹とか、堀留町のおふうちゃんとか。みんな、好色の癖に女と話すのが苦手なお前の為にあいだを取り持ってやったんだぞ。忘れたか?」
「う……」

 与四郎の構えが緩んだ。そして少し考え込んでいたのだが、ついには剣を下ろして呆れ笑いをした。

「わかったわかった、それ以上言うな。あの化け猫ももう見えなくなったし、お前がそこまでの覚悟を見せたのに感心したのもある、ここは見逃してやる」
「ありがてえ、やっぱり友達だな」

 龍之介も喜んで剣先を下ろしたが、与四郎は忠告した。

「一旦この場は見逃してやるだけだぞ。次に会ったら容赦なく化け猫もお前も捕えるからな」
堅物かたぶつめ……まあいい、恩に着るぜ」
「俺の気が変わらんうちにさっさと行け」
「おう、じゃあな」

 龍之介は納刀すると、与四郎の肩をぽんっと叩いてその脇を歩いて行った。
 与四郎は振り返ると、龍之介の背に向かって言った。

「おい、一つ訂正しろ。俺は確かに女子おなごと話すのは苦手だったが、好色じゃないぞ」
「…………」


 龍之介が尾上町から広小路に出て両国橋を渡ろうとした時、暗がりから白猫が駆け寄って来て、にゃあと鳴いた。

「あれ? ゆみか?」

 尾上町は料理茶屋や蕎麦屋が立ち並んでおり、広小路にはまだ提灯が明るく、人の往来もある。龍之介は周囲の目を気にしながら小声で訊いた。
 白猫のゆみは、応えるようにまた鳴くと、駒留橋の方へとことこ歩いてから龍之介を振り返った。

「ついて来いってことか」

 ゆみは頷くと、そのまま駒留橋を渡って藤代町まで龍之介を導いた後、その向こうの大きな屋敷を見て二度、三度と鳴いた。
 その大きな屋敷について何か言いたいらしいのだが、藤代町もまた居酒屋や屋台、見世物小屋などで賑わっているので人間に戻れる場所がなく、話すことができない。

「あれは藤堂家の下屋敷だ。よし、腹も減ったし場所を変えて話そう」

 と言っても両国広小路は夜でも人で賑わっている。ゆみが人に見られずに少女に戻り、また秘密の話をできる場所と言うのはそうそう無いので、二人はまた昨晩と同じ緑橋たもとの蕎麦屋台に来た。

「あれ? 床几しょうぎがあるよ」

 少女に戻ったゆみが、意外そうな声を上げた。
 昨晩は地べたに座って蕎麦を食べた場所に、今日は長床几が置いてあった。
 龍之介も驚いて、屋台の主人に声をかけた。

「親父、あの床几はどうしたんだ?」

 人の好さそうな丸顔の親父は顔を上げ、はにかみながら言った。

「床几でも出せばもう少し人が来てくれるんじゃないかと思いまして、借りてみました」
「へえ、そうか。親父の蕎麦はそこらの店より美味いのに客が少ねえからもったいないと思ってたんだ。これで増えるといいよな、応援するぜ」

 龍之介は握り拳を振って見せると、蕎麦二杯分の三十二文を渡した。
 その袖を、後ろからゆみが引っ張った。

「何だ?」
「あれ!」

 ゆみが隣の屋台を指差した。

「覚えてやがったか」
「わたしが言ったんだから当たり前じゃん」
「ちゃんと、源之介の様子は見て来たんだろうな?」

 龍之介がじろりと見ると、ゆみは得意げな顔を見せた。

「ばっちりよ」
「よし、いいだろう」

 龍之介が四文銭を渡すと、ゆみは不満げに指を四本立てた。
 
「わかったよ……」

 龍之介はぶつぶつ言いながらも更に銭を渡した。
 ゆみは満面の笑みで隣の屋台へ飛び跳ねると、蓮根、ハゼ、こはだ、穴子の天ぷら串四本を買って来た。

「そうか、源之介は元気か」

 食べながら息子源之介の話を聞いた龍之介は、思わず笑顔をこぼした。

「それで?」

 龍之介が更に詳しく訊くと、ゆみは源之介の剣の稽古の様子や、母の園江との会話などを話し、

「やっぱり剣術の話が多かったかなあ」
「そうか、俺も道場に通い始めてすぐに熱中したが、その辺は似たかな」
「そうそう、最初は父上に手ほどきをしてもらいたかった、って言ってたよ」
「え、本当か?」

 龍之介は箸を止めてゆみを見た。

「うん、で……」

 ゆみは続けて、その後で源之介がその言葉を祖父の半三郎に咎められたことを言いかけたが、はっと思うところがあって口をつぐんだ。

「で、なんだ?」
「何だっけな、忘れちゃった」
「何だよ……まあでも、父上に手ほどきをしてもらいたかった、と、そう言ったんだな? 本当だな?」
「うん、本当」
「そうか、源之介も同じことを……」

 龍之介は丼を置き、心底嬉しそうな顔をした。

「同じこと?」
「いや、何でもねえ」
「おじさん、嬉しそうだね」
「当たり前だ。源之介はちゃんと俺を覚えててくれたんだからな」

 龍之介は少し恥ずかしそうにしながらも、その嬉しさを隠さなかった。

「そうかあ、良かったね父上。あ、でもね……」

 と、ゆみは、その後に聞いてしまった横田半三郎の本心、「元々子供が生まれたら横田家に相応しくない龍之介は何か理由をつけて追い出すつもりだった」ことを言おうとしたが、また寸前で口をつぐんだ。

「でも、何だ?」
「うんとね……」
 
 ―ーこれ、言っていいのかな?

 ゆみは、ちらりと横目で龍之介を見て、考えた。

 ――元々追い出すつもりだった……おじさん、傷つくよね。言わない方がいいかな……うん、言わない方がいい気がする。

 ゆみは、出かかった言葉を飲み込むと、誤魔化す為に話をそらした。

「その……あのおっかさんとおじいさん、厳しそうだったから源之介さん大丈夫かな」

 龍之介はすぐに反応した。

「厳しいと言うより、ケチな上に性根が悪いんだよ、あの家の連中は。最初は良かったけどよ、源之介が生まれてから段々本性出して来やがった。諸色値上がりとか理由にして俺には粗末な飯しか出さない癖に、あの親父と娘だけは良い着物着て良い飯食って酒まで飲んでやがる」
「意地悪されてたんだね……」
「沢山いた奉公人たちにもケチケチしてたからな。元々の性格が歪んでるんだよ」

 龍之介は、溜まっていた鬱憤を悪口として吐き出したが、ゆみの顔を見ると我に返って頭をかいた。

「ああ、すまん。こんなこと子供に話すもんじゃないよな」
「ううん。うちのおとっつぁんもよく他の家の悪口言ってたよ」

 ゆみは丼を置いて笑った。

「はは……それにしてもだ。横田の親父は家柄に誇りがあるせいか見栄っ張りだったな。禄高に合わない奉公人の数と暮らしぶり、あれは結構な借金をしてるはずだと思うんだよな。その辺が源之介に影響ないかが心配だ」

 龍之介は眉を曇らせたが、源之介の今の様子を知れたことでとりあえず満足したのか、すぐに次の話に移った。
 深川の小名木川の道で起きたことをゆみに話し、

「と言うことで、秋野屋を襲ったのは忠兵衛組じゃねえのは間違いないと思う」
「そうかあ……ならあの人たちを怪しんで悪いことしちゃったなあ」
「大丈夫だ、あいつらも気にしてねえよ。それより、さっきの藤堂家の屋敷で何が言いたかったんだ?」
「そうそう、うちを襲った人があのお屋敷に入って行こうとしたんだよ」
「なんだと?」

 驚いた龍之介に、ゆみは横田家からの帰りに偶然、あの晩に秋野屋を襲った人間と同じ声の持ち主を見つけ、藤堂家までつけて行ったが怪しまれて追われたこと、上手くいたがすぐに勝田与四郎に出くわしてまた追われている時に運良く龍之介に会えたこと、を話した。

「それはまた運が良いのか悪いのかわかんねえ話だが、本当にその男が秋野屋を襲った奴で間違いないのか?」
「シロの時の耳ははっきりと人の声を聴き分けられる、間違いないよ。あの人がうちを襲った一人のロクって呼ばれてた人」
「なるほど、話からすると中間ってところだろうが、まさか藤堂家にいる奴が押し込みをするとはな。ロク、ロクか……あいつに訊いてみるか」

 龍之介は床几を立ち、丼を蕎麦屋の主人に返した。
 ゆみも食べ終えるのを待って、二人は紺屋町に帰ったが、住まいの長屋に入る前にるいが住む家を訪ねた。
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