あやかし娘とはぐれ龍

五月雨輝

文字の大きさ
11 / 25

親友

しおりを挟む
「伝馬町送りになったら、息子にはもう二度と会えなくなるかも知れんぞ。源之介に会いたいんだろう?」
「……会いたい、もちろんだ。源之介がどうしているのか、考えねない日はない。だけど、源之介にはまだ母親がいるが、ゆみにはもう誰もいねえ。化け猫扱いで他の親戚連中にも突き放された。はぐれ者の俺ぐらい味方になってやらないでどうする」
「貴様それほど……だが、やはり奉行所の者としては……」

 与四郎は剣の切っ先が揺らぎかけたが、柄を握り直した。
 龍之介は溜息をついて、

「全くお堅い野郎だ! じゃあこれでどうだ。昔、谷中の水茶屋のおはなちゃんと喋れるようにしてやったことがあっただろう? あの時の借りで今日はひとまず見逃せ」

 と、昔の事を持ち出すと、与四郎は「は?」と呆気に取られた顔をして、

「何を言って……あのおはなちゃんのことか……しかしあの娘はお前に惚れてたじゃないか」
「……そうだったっけ。なら、両国の煮豆屋のおきぬちゃんだ。紹介してやったろう」
「……あれも結局、お前が恋仲になっただろうが」

 与四郎はむっとした顔をした。

「あ……」
「しかも短期間であっさり捨てやがって……あの後おきぬちゃんを必死に慰めたのは俺だぞ」
「…………」

 龍之介は目をそらして肩をすぼめた。

「何か腹立って来たぜ。友人とは言え、いつも貴様ばかり良い思いしやがって」

 与四郎は眼を怒らせて剣を大上段に構えた。
 龍之介は慌てて一歩下がり、

「待て待て。他にもまだあるだろう。橋本光蔵の妹とか、堀留町のおふうちゃんとか。みんな、好色の癖に女と話すのが苦手なお前の為にあいだを取り持ってやったんだぞ。忘れたか?」
「う……」

 与四郎の構えが緩んだ。そして少し考え込んでいたのだが、ついには剣を下ろして呆れ笑いをした。

「わかったわかった、それ以上言うな。あの化け猫ももう見えなくなったし、お前がそこまでの覚悟を見せたのに感心したのもある、ここは見逃してやる」
「ありがてえ、やっぱり友達だな」

 龍之介も喜んで剣先を下ろしたが、与四郎は忠告した。

「一旦この場は見逃してやるだけだぞ。次に会ったら容赦なく化け猫もお前も捕えるからな」
堅物かたぶつめ……まあいい、恩に着るぜ」
「俺の気が変わらんうちにさっさと行け」
「おう、じゃあな」

 龍之介は納刀すると、与四郎の肩をぽんっと叩いてその脇を歩いて行った。
 与四郎は振り返ると、龍之介の背に向かって言った。

「おい、一つ訂正しろ。俺は確かに女子おなごと話すのは苦手だったが、好色じゃないぞ」
「…………」


 龍之介が尾上町から広小路に出て両国橋を渡ろうとした時、暗がりから白猫が駆け寄って来て、にゃあと鳴いた。

「あれ? ゆみか?」

 尾上町は料理茶屋や蕎麦屋が立ち並んでおり、広小路にはまだ提灯が明るく、人の往来もある。龍之介は周囲の目を気にしながら小声で訊いた。
 白猫のゆみは、応えるようにまた鳴くと、駒留橋の方へとことこ歩いてから龍之介を振り返った。

「ついて来いってことか」

 ゆみは頷くと、そのまま駒留橋を渡って藤代町まで龍之介を導いた後、その向こうの大きな屋敷を見て二度、三度と鳴いた。
 その大きな屋敷について何か言いたいらしいのだが、藤代町もまた居酒屋や屋台、見世物小屋などで賑わっているので人間に戻れる場所がなく、話すことができない。

「あれは藤堂家の下屋敷だ。よし、腹も減ったし場所を変えて話そう」

 と言っても両国広小路は夜でも人で賑わっている。ゆみが人に見られずに少女に戻り、また秘密の話をできる場所と言うのはそうそう無いので、二人はまた昨晩と同じ緑橋たもとの蕎麦屋台に来た。

「あれ? 床几しょうぎがあるよ」

 少女に戻ったゆみが、意外そうな声を上げた。
 昨晩は地べたに座って蕎麦を食べた場所に、今日は長床几が置いてあった。
 龍之介も驚いて、屋台の主人に声をかけた。

「親父、あの床几はどうしたんだ?」

 人の好さそうな丸顔の親父は顔を上げ、はにかみながら言った。

「床几でも出せばもう少し人が来てくれるんじゃないかと思いまして、借りてみました」
「へえ、そうか。親父の蕎麦はそこらの店より美味いのに客が少ねえからもったいないと思ってたんだ。これで増えるといいよな、応援するぜ」

 龍之介は握り拳を振って見せると、蕎麦二杯分の三十二文を渡した。
 その袖を、後ろからゆみが引っ張った。

「何だ?」
「あれ!」

 ゆみが隣の屋台を指差した。

「覚えてやがったか」
「わたしが言ったんだから当たり前じゃん」
「ちゃんと、源之介の様子は見て来たんだろうな?」

 龍之介がじろりと見ると、ゆみは得意げな顔を見せた。

「ばっちりよ」
「よし、いいだろう」

 龍之介が四文銭を渡すと、ゆみは不満げに指を四本立てた。
 
「わかったよ……」

 龍之介はぶつぶつ言いながらも更に銭を渡した。
 ゆみは満面の笑みで隣の屋台へ飛び跳ねると、蓮根、ハゼ、こはだ、穴子の天ぷら串四本を買って来た。

「そうか、源之介は元気か」

 食べながら息子源之介の話を聞いた龍之介は、思わず笑顔をこぼした。

「それで?」

 龍之介が更に詳しく訊くと、ゆみは源之介の剣の稽古の様子や、母の園江との会話などを話し、

「やっぱり剣術の話が多かったかなあ」
「そうか、俺も道場に通い始めてすぐに熱中したが、その辺は似たかな」
「そうそう、最初は父上に手ほどきをしてもらいたかった、って言ってたよ」
「え、本当か?」

 龍之介は箸を止めてゆみを見た。

「うん、で……」

 ゆみは続けて、その後で源之介がその言葉を祖父の半三郎に咎められたことを言いかけたが、はっと思うところがあって口をつぐんだ。

「で、なんだ?」
「何だっけな、忘れちゃった」
「何だよ……まあでも、父上に手ほどきをしてもらいたかった、と、そう言ったんだな? 本当だな?」
「うん、本当」
「そうか、源之介も同じことを……」

 龍之介は丼を置き、心底嬉しそうな顔をした。

「同じこと?」
「いや、何でもねえ」
「おじさん、嬉しそうだね」
「当たり前だ。源之介はちゃんと俺を覚えててくれたんだからな」

 龍之介は少し恥ずかしそうにしながらも、その嬉しさを隠さなかった。

「そうかあ、良かったね父上。あ、でもね……」

 と、ゆみは、その後に聞いてしまった横田半三郎の本心、「元々子供が生まれたら横田家に相応しくない龍之介は何か理由をつけて追い出すつもりだった」ことを言おうとしたが、また寸前で口をつぐんだ。

「でも、何だ?」
「うんとね……」
 
 ―ーこれ、言っていいのかな?

 ゆみは、ちらりと横目で龍之介を見て、考えた。

 ――元々追い出すつもりだった……おじさん、傷つくよね。言わない方がいいかな……うん、言わない方がいい気がする。

 ゆみは、出かかった言葉を飲み込むと、誤魔化す為に話をそらした。

「その……あのおっかさんとおじいさん、厳しそうだったから源之介さん大丈夫かな」

 龍之介はすぐに反応した。

「厳しいと言うより、ケチな上に性根が悪いんだよ、あの家の連中は。最初は良かったけどよ、源之介が生まれてから段々本性出して来やがった。諸色値上がりとか理由にして俺には粗末な飯しか出さない癖に、あの親父と娘だけは良い着物着て良い飯食って酒まで飲んでやがる」
「意地悪されてたんだね……」
「沢山いた奉公人たちにもケチケチしてたからな。元々の性格が歪んでるんだよ」

 龍之介は、溜まっていた鬱憤を悪口として吐き出したが、ゆみの顔を見ると我に返って頭をかいた。

「ああ、すまん。こんなこと子供に話すもんじゃないよな」
「ううん。うちのおとっつぁんもよく他の家の悪口言ってたよ」

 ゆみは丼を置いて笑った。

「はは……それにしてもだ。横田の親父は家柄に誇りがあるせいか見栄っ張りだったな。禄高に合わない奉公人の数と暮らしぶり、あれは結構な借金をしてるはずだと思うんだよな。その辺が源之介に影響ないかが心配だ」

 龍之介は眉を曇らせたが、源之介の今の様子を知れたことでとりあえず満足したのか、すぐに次の話に移った。
 深川の小名木川の道で起きたことをゆみに話し、

「と言うことで、秋野屋を襲ったのは忠兵衛組じゃねえのは間違いないと思う」
「そうかあ……ならあの人たちを怪しんで悪いことしちゃったなあ」
「大丈夫だ、あいつらも気にしてねえよ。それより、さっきの藤堂家の屋敷で何が言いたかったんだ?」
「そうそう、うちを襲った人があのお屋敷に入って行こうとしたんだよ」
「なんだと?」

 驚いた龍之介に、ゆみは横田家からの帰りに偶然、あの晩に秋野屋を襲った人間と同じ声の持ち主を見つけ、藤堂家までつけて行ったが怪しまれて追われたこと、上手くいたがすぐに勝田与四郎に出くわしてまた追われている時に運良く龍之介に会えたこと、を話した。

「それはまた運が良いのか悪いのかわかんねえ話だが、本当にその男が秋野屋を襲った奴で間違いないのか?」
「シロの時の耳ははっきりと人の声を聴き分けられる、間違いないよ。あの人がうちを襲った一人のロクって呼ばれてた人」
「なるほど、話からすると中間ってところだろうが、まさか藤堂家にいる奴が押し込みをするとはな。ロク、ロクか……あいつに訊いてみるか」

 龍之介は床几を立ち、丼を蕎麦屋の主人に返した。
 ゆみも食べ終えるのを待って、二人は紺屋町に帰ったが、住まいの長屋に入る前にるいが住む家を訪ねた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】

naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。 舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。 結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。 失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。 やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。 男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。 これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。 静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。 全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。

【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜

上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■ おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。 母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。 今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。 そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。 母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。 とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください! ※フィクションです。 ※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。 皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです! 今後も精進してまいります!

大奥~牡丹の綻び~

翔子
歴史・時代
*この話は、もしも江戸幕府が永久に続き、幕末の流血の争いが起こらず、平和な時代が続いたら……と想定して書かれたフィクションとなっております。 大正時代・昭和時代を省き、元号が「平成」になる前に候補とされてた元号を使用しています。 映像化された数ある大奥関連作品を敬愛し、踏襲して書いております。 リアルな大奥を再現するため、性的描写を用いております。苦手な方はご注意ください。 時は17代将軍の治世。 公家・鷹司家の姫宮、藤子は大奥に入り御台所となった。 京の都から、慣れない江戸での生活は驚き続きだったが、夫となった徳川家正とは仲睦まじく、百鬼繚乱な大奥において幸せな生活を送る。 ところが、時が経つにつれ、藤子に様々な困難が襲い掛かる。 祖母の死 鷹司家の断絶 実父の突然の死 嫁姑争い 姉妹間の軋轢 壮絶で波乱な人生が藤子に待ち構えていたのであった。 2023.01.13 修正加筆のため一括非公開 2023.04.20 修正加筆 完成 2023.04.23 推敲完成 再公開 2023.08.09 「小説家になろう」にも投稿開始。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

処理中です...