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安定期に入り悪阻も治まると、別の不安が押し寄せてきた。 

確実に育っている我が子が産まれても、一目見ることも許されないのだ。 

髪色などから自分が産んだ子だと後々気づかれないようにするためだとセバスさんに説明された。

我が子であって、我が子ではない。
そんな契約をしてしまったのだと、今更ながらに涙を流した。

私が産んだ記録さえなかったことにされるだろうし、何なら子供の月齢すら操作するかもしれない。

窓もなく、朝昼晩もわからないこの部屋には時計すらない。
自分が今過ごしている一日が、正しい一日なのかもわからない。
予定日も知らないけど、予定日通りに産まれるわけでもないので何日ずれていてもわからない。

おそらく、産後も出産から何日経ったかわからないようにして解放される気がする。


そんなことばかり考えてしまうようになり、気分転換がしたくなった私はシーラに言った。


「シーラ、ここで簡単なお菓子を作ってもいいかしら。」


せっかく小さなキッチンがある。簡単な物であれば作れそうだった。

昔、母がまだ生きていたころによく一緒にクッキーを作った。
シーラに手伝ってもらいながらなら、座って作れそうだと思った。

材料と道具をお願いして、思い出しながら作ったクッキーはなかなかの出来だった。
温かい作り立てはまた別の美味しさがある。


「ねえ、シーラ。今日の護衛はカイ様かしら。」

「そうです。……クッキーをお渡ししたいのですか?」

「ええ。この部屋で会った人ってシーラとカイ様とセバスさんだけなんだもの。」


旦那様はあれ以来、全く音沙汰がない。
セバスさんは2回だけ来た。
お医者様は4回?

どう考えても、シーラとカイ様が私と接した回数が多いのだ。


「まぁ、適度に休憩はしているようですから差し上げても構わないと思いますよ。
 準備しますね。」


そう言って、シーラはクッキーを包んでくれた。


「ジュリ様がお渡しになられますか?」

「……ううん。シーラが渡して。」


ジュリは扉に近づいたことがない。
目の前で開く扉の向こうを見てしまうと、足を踏み出してしまいそうで。
私のそんな気持ちに気付いたのか、シーラはカイ様を中に入れてクッキーを渡した。


「え?ジュリ様がお作りになられたのですか?
 ありがとうございます。甘い物は好物です。いただきますね。」

「よかった。作ったらまた食べてくれるかしら?」

「はい。喜んで!」


カイ様との交流は、少しだけ外の世界に繋がっている気がする。

あの扉たった1枚の向こうは、今となっては別世界のようで憧れている。

そして、その向こうに行ける日は確実に迫ってきていることが嬉しい反面、その時はこの子と別れているということで………

毎日、胸中は複雑な思いでいっぱいだった。

だけど、この子に罪はない。私が嘆いてばかりではかわいそう。

だから、気持ちは前向きに、明るく過ごしていきたい。




それから私はカイ様が日中に護衛してくれている時にお菓子を作ることにした。
 




 
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