6 / 7
第5章 猩々緋
しおりを挟む「遼君、今日集中してませんでしたね」
「………」
午前の稽古が終わり、隊士達は皆次々とお昼の食事に入っていく。
そんな姿を横目に、私は部屋に戻っていた。
なんとか稽古には出たけれど、食事は断った。稽古が厳しく、食欲がない、と。しかし、そんなのはただのこじつけだった。本当は、昨日の事が脳裏に焼き付き、吐き気がして食べる気がしないだけだった。
「……本当にごめんなさい、斎藤さん。私が至らないばかりに、遼君にあんな場面を」
食事を終え、斎藤と一緒にそこを出た総司は、ポツリとそう言った。
近道を通るのは総司のいつもの癖だ。
まさか、あの日、あの時間に脱走する者がいるとは思わなかった。そうして、まさかその後を追っている隊士がいるとも思わなかった。
「……総司が謝る事じゃない。遅かれ早かれ遭遇する場面だ。むしろ、この早い段階で見ていてよかったのかもしれない。我等は新選組隊士なのだからな……」
いつもの無表情で淡々と言う。
しかし、隣でうなだれる総司を見て、一息つく。
「まだまだこれからなのだからな……」
「入るぞ」
部屋に戻ってからも何もする気になれず、部屋の隅に膝を抱えて座っていると、斎藤さんが入ってきた。いつものあの無表情。
未だに何を考えているのかよくわからない……。切れ長の一重の眼がこちらをまっすぐ見ている。
口を少し開き、何かを言いかけ……
しかし。一つ、ふぅ、とため息を吐くと、私の手元へ何かを投げた。
竹の葉に包まれた、白いおにぎりだった。形が少しいびつなのは気のせいだろうか。
「食べなければ何かの時に動けまい。食べたくなくても少しは口にしろ」
「ありがとうございます……すみません。夜はちゃんと食べます」
その心遣いが嬉しくて、精一杯の笑顔を見せると。
一瞬だけ、その目が大きくなり……そのまま、とても細く、笑ったような顔をした……気がした。
「そのような顔をしていると女とバレるぞ」
「! すみませんっ……気をつけます」
「……真田は謝ってばかりだな」
くるり、と私に背を向ける。
「そうだ……一応、平隊士は皆隊士部屋で生活を共にするものだが……隊士部屋に寝かせるのはどうも怖い。それで…だな。その……」
少し口篭もっているが、背を向けていて、私からその表情はうかがえない。
「私の部屋でよければ、ここで寝るか」
「!!」
驚いて顔を上げた。確かに、男ばかりのむさ苦しい部屋……が嫌とかそういうわけではなく、万が一ばれた時の事を考えると。
「斎藤さん、部屋狭くなりませんか」
「真田一人分くらい、構わない。現にここ数日、私の部屋にいたからな。午後は見廻りだぞ」
斎藤さんの不器用な優しさが嬉しくて。
私は はい と返事をした。
新選組隊士になり、数日がたった。ようやく屯所にも慣れ、隊士の顔と名前も少しずつ覚えてきた頃だった。
「……なぁ、やっぱり竹田の奴切腹だったらしいぜ…」
「それを言えば深川も、池田もだ…脱走したのが見つかったらしいぜ」
平隊士達が、廊下でひそひそと話をしている。足音がするたびに、その音の方向を見やり、おびえている。
「……局中法度か」
ふぅ、と一つ、ため息をついた。
あの日殺されたのは、脱走した酒井という評判のあまりよくない隊士だったらしい。
そういえば、いつもここ……屯所は何処か血なまぐさい気がする。足元の小石も、よく見れば赤いものが付着している。
一体、此処で何人の隊士達が亡くなったのだろうか。常に隊士を募集しているのだ、その数だけいなくなっているということだ。
「何ため息ついてるんですか、真田さん」
沖田さんに似た口調、でも声はもう少し可愛らしい……聞き覚えの無い声に、私は少し驚いて顔を上げた。
そこには、沖田さんよりもキレイな顔立ちの隊士がいた。女の自分でさえ、不覚にも胸を高鳴らせてしまうほどに。
「あ、すみません。驚かせてしまいましたか」
「あ、いいえ……」
「はじめまして、私は加納惣三郎といいます。多分、真田さんとは一番年が近いんじゃないかな。私は十八ですから」
「あぁ、そうなんですか。そんなに若い隊士が私以外にもいたなんて……よろしくおねがいします」
初めて聞く名前だ。
一礼をして顔を上げると、華やかな笑みがそこにはあった。
そして、もう一人。
今度は全く正反対の顔が現れた。
「惣三郎。誰と話して……あぁ、新しい隊士か。真田と言ったか。下の名前は何という」
「はっ、遼。真田遼ともうします。失礼ですが、貴方は……」
「あぁ。私は田代彪蔵という」
そう返事をすると、頭から足先まで……全体を舐めまわすような視線。
思わず背筋を冷たいものが走る。
目が合うと、口元をわずかにあげる。
「また今度ゆっくりと話をしよう」
にやり、と笑うと踵を返し、何処かへ去って行く。
「……あっ、また後で話しましょうね」
慌てて一礼すると、その後ろを走って追って行く加納さん。
その二人の姿が見えなくなると、はぁ、ともう一度ため息をつく。
斎藤さんの言った事がわかった気がする。女がいなければ、相手は男でも可、なのか。
あそこまで綺麗な女顔の人なら、確かにね過ちが起きてもおかしくはない。
妙に納得し、私はその場を離れた。
隊士の顔ぶれは絶えず変動していた。
切腹し、斬られ、また新しい隊士が募集される。
毎晩のように屯所では首が飛んだ。その姿を直接見たわけではないが、朝、血が点々と足元に滴れていた。
晩九つ時。ほとんどの隊士が寝静まった頃、一つだけ明りの点いている部屋があった。
物音一つ立てずに、人影がその部屋の中へ入って行く。
「……なるほどな。もう少し情報がほしい。加納と田代の一件、任されてくれるな」
「はっ」
カタン、と筆を置くと、そこに正座している男の顔を横目で見やり、土方は口を開く。
「山崎、もう一つ、頼まれてくれねぇか」
「……何事でしょう」
「最近入隊してきた真田遼だ。アイツの事を調べてくれ。素性が気になる」
「承知致しました。三日ほどお待ちいただければ」
「頼む。齋藤がそばにいるから大丈夫だとは思うが……加納のような事にならなきゃいいけどな」
静かに障子を開けると、風にのって桜の花びらが部屋の中に入ってきた。
薄く色づいた桜の花びらが 墨の入っていたすずりに入り、一瞬にして真っ黒へと染まった。
0
あなたにおすすめの小説
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた
しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。
すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。
早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。
この案に王太子の返事は?
王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。
【完結】「別れようって言っただけなのに。」そう言われましてももう遅いですよ。
まりぃべる
恋愛
「俺たちもう終わりだ。別れよう。」
そう言われたので、その通りにしたまでですが何か?
自分の言葉には、責任を持たなければいけませんわよ。
☆★
感想を下さった方ありがとうございますm(__)m
とても、嬉しいです。
私の夫は妹の元婚約者
彼方
恋愛
私の夫ミラーは、かつて妹マリッサの婚約者だった。
そんなミラーとの日々は穏やかで、幸せなもののはずだった。
けれどマリッサは、どこか意味ありげな態度で私に言葉を投げかけてくる。
「ミラーさんには、もっと活発な女性の方が合うんじゃない?」
挑発ともとれるその言動に、心がざわつく。けれど私も負けていられない。
最近、彼女が婚約者以外の男性と一緒にいたことをそっと伝えると、マリッサは少しだけ表情を揺らした。
それでもお互い、最後には笑顔を見せ合った。
まるで何もなかったかのように。
夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども
神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」
と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。
大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。
文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる