【本編完結済み】朝を待っている

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第四章

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「うおっ」
「いってぇな! どけよ!」

 圧倒的オーラのアルファである亮が居なくなれば、そこはいつもと同じく戦場と化し、まさに社会の縮図。と思いながら太一が腕を擦っていれば、

「ねぇ、ぶつかったのはそっちだよね」

 なんて声に反応したのか振り向いた亮が太一の腕を引き、自身に引き寄せながらぶつかってきた男に声を掛け、凄む。
 その顔にぶつかってきた男がびくっと震え、「す、すんません!」と言いながら雑踏に紛れてしまい、

「あっ、俺じゃなくて太一に謝れよ!」

 と亮は後を追おうとしたが、慌てて太一がそれを阻止した。


「ちょ、まてまてまて、いいから! ちょっとぶつかっただけだから!」
「いやでも、」
「ほんとにいいから」
「……なんだかなぁ」

 未だ納得いきません。と言う顔をする亮に、太一はまたしてもぷっと吹き出し、

「あははっ、お前案外喧嘩っ早いのな。うける」

 とくつくつ笑えば、ようやく亮もふにゃりと表情を和らげ、笑った。


「えー、そう? そんな事初めて言われたんだけど」
「嘘こけ」

 そう言い合いながら、けれどこれ以上遅れるとあいつらにどやされるから行くか。と二人は中庭の自販機へと向かった。




「もーまじで人使い荒すぎ」

 そうぼやく亮が自販機にお金を入れてゆき、文句を垂れつつしっかりピッと龍之介が頼んだミルクティーのボタンを押す。
 ガゴンッ。と盛大に落ちる音が響くなか、持ってて。と言われて四人分のパンを抱えた太一はそれから、太一は何飲むの? と聞かれ、じゃあ水で。と頼み、財布からお金を取り出そうとしたが、いいよ。と微笑まれてしまった。


「ていうかほんとにパン一個で足りるの?」

 未だに疑う亮の真意を探るような瞳に、まぁこいつにはもうオメガってバレてるし、いいか。と太一は小さく溜め息を吐いては、口を開いた。

「……薬代高いから食費にまでお金かけらんねぇの」
「薬代?」
「……発情期抑える薬」
「……あぁ、なるほど。だからバイトしてるんだ?」
「……ん」

 小さく頷き俯いた太一に、バイトもしているのに昼飯代を切り詰めないといけないほど高いらしいその薬代を親戚に援助してもらえないのかと言いそうになったが、多分太一自身が嫌なんだろうなと思い直し、亮はにっこりと微笑んだ。

「頑張ってんね」
「まぁな」
「でも成長盛りに食べないのは駄目だって」

 なんて笑顔でまたしてもばっさり切られ、それに、うっ……、と太一が顔を曇らせたが、「パン、多めに買っといて良かった~」なんて言いながら歩きだした亮に、へ、と間抜けな顔をしながら太一も後を追った。

「多く買いすぎたから、俺のパン貰ってね」
「……は? あのさぁ、もしかして俺のために言ってくれてるのかもしれんけど、そういうの迷惑だから」

 眉間に皺を寄せ、貧乏人だからって同情されて施されるのとかまっぴらなんだけど。と牙を剥く太一。
 そんな太一に、うん。別に同情で言ってる訳じゃないよ。なんて亮が笑った。

「でもご飯食べないのは駄目。絶対駄目。人間は体が資本だから」

 そう諭すよう言い切った亮の言葉に、太一はやはり何も言い返せず、うぐっと押し黙ってしまった。


「朝と夜は?」
「え?」
「朝と夜。ちゃんと食べてる?」
「うん」
「本当に?」

 じっと見つめてくる亮の瞳に、なぜだか嘘はつけなくて。

「……朝はまぁ大丈夫だけど、夜は最近食べてねぇ。バイト遅いし、そんまま寝ちまう。………まぁその方がお金も浮くし」
「……まじで言ってんの? それなのに昼も少ししか食べないとか有り得ないよ」
「……」
「……ねぇ太一。持つべきものは金持ちの友達だと思わない?」

 そう笑い、お説教モードからいきなりおちゃらけた亮に、何言ってんだ。と太一が呆けた表情をする。

「は?」
「だからさ、出世払いってことで今日からちゃんと昼も夜も、ご飯食べること! 昼は今まで通り皆で食べるからいいとして、夜も出来るだけ一緒に食べようよ。実は俺ん家両親とも忙しくてだいたい家に居ないからさ、今までずっと一人で夜ご飯食べてたんだよね。だから太一が一緒に食べてくれたら嬉しいなって」

 だなんて提案してくる亮の、奢るとも金を貸すとも言わず、一緒に居るときは俺が出すから大人になったら返して。と言う言葉。
 そして、一緒に食べてくれたら嬉しい。だなんて言い方がなんだかスマートすぎて、……こいつ本当に同い年かよ。と思いつつ、他人に頼りたくないとずっと思っていたが正直食事抜きの生活はキツいものもあり、太一は悔し紛れに亮の肩に一度パンチを入れ、しかし亮を見上げた。

「……じゃあ出世払いで。ぜってー返す。……ありがとな」
「いった、はは、うん」
「……なんか昨日からめちゃくちゃお前に振り回されてる気がする」
「えー? そう?」

 なんて言いながら両手に抱えたペットボトルやら缶ジュースやらを落とさぬよう歩きだす亮に、ていうか昨日の今日で何色々話してんだって感じだし何頼ってんだよ俺……。と俯いた太一だったが、でもなぜだか亮には嘘を突き通せなくて。
 しかもその言葉になんだかんだ救われっぱなしであり、……良い奴なんだなぁ。なんて目元を弛めた太一は、気恥ずかしくて口元を隠すよう、手を持っていった。


 余るカーディガンの裾からふわりと香る、亮の匂い。

 その匂いにぽわんと目尻を染める太一を横目で見下ろした亮は、自分のカーディガンを着ている太一のぶかぶか具合に思わず可愛いなんて思ってしまい、巷で流行っているらしい萌え袖を今の今まで理解出来なかったのに。と自身の心境の変化に驚きつつ、ふっと表情を和らげた。




 ***



「りゅうのすけー!!」

 屋上に入るなり、龍之介の名を呼んだ亮がミルクティーを取れるか取れないかの距離めがけてぶん投げる。
 それに慌ててスライディングしながら受け止めた龍之介が「やった! とった!」だなんて叫び、それに来ていた皆の笑い声が渦を巻くよう屋上に響いた。


「あははっ、ナイスキャッチ」
「いや、ナイスキャッチ! じゃねぇよ! なにやってんのもー!」
「ていうかお前らおっそ!」
「ほんとだよ!」

 口々に話す皆に太一も笑い、よっこいせと明の隣に腰を下ろせば、

「あれ、太一それ、亮の、」

 だなんてすぐさまカーディガンを指摘され、……あ、ああ、借りた。なんて目を伏せた。

 そんな太一の仕草と、亘の隣で太一をニコニコと見ている向かいの亮をちらりと一瞥した明は、んん? と二人の変化に少しだけ顔を綻ばせたのだった。




 
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