【本編完結済み】朝を待っている

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第四章

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 それから普通に海に入って遊んだり、突然亘が考案した、砂浜に打ち上げられた魚対決やらで散々騒いで遊んだ、帰り道。

 びしょびしょになりながら各々散り散りに解散したが、方向が同じ太一と亮は必然的に二人になり、塩水でべたべたとする体にお互い最悪だわと笑いながらも、深夜をとうに過ぎ寝静まっている街のなかを、こそこそと歩いた。


「あーべたべたする。でも帰っても風呂入れんからなぁ……」
「え、……あぁ、……じゃあうちで入ってく?」
「は?」
「どうせ親居ないし」

 そうさらりと言ってのける、亮の台詞。
 それに、本当に毎日毎日夜ご飯を一緒に食べてくれる事も相まって、太一は小さく俯いては、……寂しくねぇのかな。とふと思ってしまった。
 今は太一だとて親戚の家で一人だが、母と暮らしていた時は、いつも側に居てくれた母と過ごした温かさを知っている。
 けれども亮は、もうずっと昔からそうだよ。といつだったか笑っていて、その時太一は何とも言えない気持ちになったのだ。


「ね、おいでよ。あっ、勿論なにもしないよ!?」

 太一が答えあぐねていると思ったのか、慌ててそう付け加えてくる亮に、太一が一瞬ぽかんとした表情をする。
 それから、……あ、そ、そうか、こいつアルファで俺オメガか。なんて改めて実感し、太一は訳もなくボッと顔を赤くさせた。

「い、いや、別にそんな事思ってねぇから……」
「え、あ、そ、そうだよね、……なんかごめん」
「いや……、あー、あの、うん、じゃあ亮が迷惑じゃなかったら、お願いしたい」

 まるで付き合いたてのカップルのギクシャクとした雰囲気が流れ、いやいや。とそんな空気をぶち壊すべく、太一がゴホンッと咳をする。
 そんな太一に亮も少しだけ照れた顔をしては、冷えてしまったのかずずっと鼻を啜っていた。



 そして亮に連れられ後ろを歩いていた太一は、ここだよ。と紹介された家を見て、やっぱりな。と大きな家を見上げた。

 そこは新聞配達で最後に回る家で、相変わらず大きな柵の門と、その奥には大きな家がどっしりと聳えている。
 門の横に【近衛】と書かれた表札に、あの雨の日俺も近くなんだよ。と言われた時もしかしてと思ったのだが、結局うやむやのままで終わってしまっていて、

「だろうと思ったわ」

 と得意気に笑った太一。

 それに、え、なにが? なんて言いながらも、とりあえず入って。と促す亮にようやく想像のなかの住人と目の前の亮がリンクした気がし、ははっ、イメージぴったりすぎ。とさらに笑った太一は、うん、ありがと。お邪魔します。と家のなかに入った。


 家の中は太一の想像の範疇を越えており、玄関だけでもあの物置小屋より遥かに広く。
 そして差し出されたふかふかのスリッパにおずおずと足を通した太一は、不躾ながら辺りをキョロキョロと見回した。

 玄関を開けた先の、豪華な階段。
 大理石なのか、つやつやと輝く廊下。
 壁に掛けられた、素晴らしい絵画達。

 そんなシックでモダンな家に、情報が多すぎる。と目を回していれば、こっち。と亮に案内され、太一はふらふらとしながら後を付いていった。


「ここがバスルーム。タオルはあっち。服は俺のしかないけど、パンツは新品の出しとくから安心してね」

 廊下の先の扉を開けた亮がそう言いながら太一を中に押し込め、扉を閉める。
 その素早さに、いやお前の方が先に入れよ。という言葉すら言わせてもらえなかった太一は、おろおろとしながらこれまた物置小屋よりも広いそのバスルームのなか、あまりにも違いすぎる暮らしぶりに感嘆の息すら漏らしてしまった。

 バスルームの中の、脱衣所兼洗面所と風呂場を仕切る、ガラス張りの扉。
 それを眺め、なぜガラスにする必要があるのだろうか。なんて思いながらも広すぎる脱衣所で服を脱ぎ、風呂場のなかへと足を踏み入れた太一は、シャワーのコックを捻った。

 それから烏の行水の如く風呂を借りた太一が亮の匂いのするぶかぶかの服を着て、汚れた服を抱えながら扉から出る。
 そうすれば当たり前だが誰も居らず、電気は煌々と輝いているのになんの音もしない広すぎる廊下にぽつんと取り残された気分になった太一は、うろうろと来た道を辿りながら、か細く亮の名を呼んだ。

「りょ、りょう……」
「え、早すぎない?」

 そんな太一の声に反応するよう、横の扉がガチャリと開き、早すぎると笑いながら顔を覗かせた亮。
 その顔になぜかホッとした表情を見せた太一は、それから、とりあえず座って。とこれまただだっ広いリビングへと案内された。

 そこは正しく、テレビの中でしか見たことがないような、豪邸というに相応しいリビングで。そしてこれまた高そうなソファに通され、太一は所作なくちょこんと座った。

 ふかふかと沈むその柔らかさに、……おぉ、これがソファ……。なんて初めて座るソファに太一がひっそり感動していれば、じゃあ俺も入ってくるね。と亮はそそくさと歩き始め、「あ、好きなの飲んでいいよ」なんて冷蔵庫を指差し、言い珍しく視線を合わさずリビングを出ていく。
 その少しだけ普段とは違う態度に、ん? と首を傾げつつ、太一はお洒落な掛け時計を見た。

 時刻はもう、深夜の三時を過ぎている。
 それに、今日新聞配達のバイト無くて良かった。とホッと胸を撫で下ろした太一は、カチッカチッ、と時計の鳴る音に気付けばうつらうつらと頭を揺らし、そのたびにハッとしては、亮にお礼言ってから帰るまで頑張れ俺。と顔をぶんぶんと振った。




 ──その一方。
 リビングから出た亮は大急ぎで風呂場へと向かい、ガチャリと扉を閉めては、……ハァ、と溜め息を吐いていた。

 太一の、風呂上がりの上気した頬や、濡れた髪。
 それから自分のだぼだぼの服を着て、なんだか心許なさそうにしていたのに自分と目が合った瞬間にふにゃりと目尻を弛ませた表情を思い出し、……ヤバイなぁ。とぼやいて口を掌で覆った亮は、先ほどの自分の宣言を今一度心に刻み込み、落ち着こう。とシャワーを浴びたのだった。



 そうして何とか風呂場で邪念を振り払い、頭をタオルで拭きながらリビングへと戻ってきた亮は、ソファに座り今にも寝てしまいそうになっている太一の姿に、またしてもうぐっと喉を詰まらせた。
 しかしそのあと亮は深く息を吐き自分を戒め、そっと優しく声をかけた。

「泊まっていく? ゲストルームあるよ」

 その亮の声にハッとした太一が、「……いや、」と声をあげたが、その声もふにゃりと柔らかく。それに亮はふっと表情を和らげた。


「でもこんな状態で歩けないんじゃない?」
「……いや、かえる」

 頑なに帰ると呟く太一に、ひどく優しい表情で向かいのソファに腰掛けた亮が、強情だなぁ。と笑う。

「本屋のバイト、何時から?」
「……くじ」
「じゃあその一時間前に起こしてあげるから。泊まっていきなって。ほら、立てる?」

 そう声を掛けても、太一はもう生返事しか返さなくて。
 どの口が帰るなんて言ったんだか。なんて苦笑し、よっこいしょと立ち上がって亮は太一の体に腕を回した。


「太一、腕だけ俺の肩に回して」

 抱き上げ、お姫様抱っこの体勢でそう亮が囁けば、

「……ん……」

 と呟きのろのろと腕を肩に回した太一。

 それからすりっと亮の胸元に顔を寄せ、

「……あったけぇ……いいにおいする……」

 なんてもう意識は夢の中なのかふにゃりと微笑み寝息を立ててしまった太一に、亮は堪らず息を飲んだあと、またしても何度も何度も深呼吸をしながら天を仰いだのだった。




 
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