【本編完結済み】朝を待っている

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第四章

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 そうして、バイトに励みつつ夜に遊んでばかりだった夏休みが終わり、未だ夏休みの気分が抜けないまま始まった、新学期。

 昼のじゃんけんは、『俺と太一で行くよ』という亮の一言によって廃止され、その代わり、お前ら飲み物班な。と龍之介と優吾はジュース担当にさせられている(なので龍之介と優吾はどっちが四人分のジュースを買いにいくか、二人でじゃんけんしている)。
 亘は相変わらず何を考えているのか今一掴めない為たまに屋上に来ない時もあり、明は生徒会に入っているので忙しいらしくいつも少し遅れてやってくるので、各々好き勝手に屋上で過ごす事が常になっていた。

 そうして、いつの間にか夏が過ぎ去った秋雲を眺めていた太一は、隣に座っていた亮がすんと小さく鼻を鳴らして口元を手で覆った事に、ん? と少しだけぽやぽやとした瞳を向けた。
 そんな太一から目を逸らし、いや、なんて言い淀んだあと、

「……太一、今日なんか、いつもより甘い匂いする」

 とぼそり呟く亮。
 それに、あ……、と太一は呟き、ボボッと顔を赤くしてしまった。


 ……そろそろ、発情期だから……。でもまだ二週間ぐらいあるのに。

 なんて思いながらも、自分でも少しダルいぐらいしか感じていなかった変化をいち早く察する亮の、きっと魂の番いだからだろうその気付きに何とも言えない空気が漂う。
 けれども、そのギクシャクとした空気を打開するよう、そうだ。と亮が声をあげた。

「今日ちょっと用事があってさ、その帰りにそのまま運転手さんに頼んで太一とご飯食べに行こうかと思ってるんだけど、大丈夫?」
「へっ、あ、用事あるなら今日はいいって。ていうかほんとお前こそ毎日大丈夫なのかよ? 」
「俺が太一と食べたいだけだって」

 そう甘い笑顔で言われてしまえば何も言い返せず、うぐっと押し黙った太一。
 そんな太一を、やはり亮は蕩けてしまいそうな笑顔のまま見つめていた。



 そんな会話をしたその日の、夜。

「お疲れ様」

 いつもの様に、バイト終わり店の横に立って待っていた亮にそう声を掛けられ、太一もまた、うん。と返事をする。
 それから、こっちに車停めてもらってるから。と言っては歩き出す亮の後ろを、太一も付いていった。

 商店街を出た所に一目見て高級だと分かる車がガードレールに寄せて停まっていて、夜を反射して艶々と光る漆黒のボディがなんとも綺麗で気が引けてしまう太一を他所に、颯爽と後部座席へ乗り込んだ亮がほらと手招きをする。
 それに太一もおずおずと車の中へ入った。


「何食べようか」
「……な、なんでもいい」
「え、なんで緊張してんの?」
「いやするだろ普通に。こんな車乗ったことないもん俺」
「ははっ、なにそれ可愛い」

 乗ったことのない高級車にカチカチに固まってしまった太一を見ては、小馬鹿にしたようにさらりと可愛いなんて言う亮。
 それがムカついて肩に一発パンチを入れた太一は、それでもそのお陰で緊張がほぐれ、ふっと笑った。

 それから、じゃあラーメン。またかよ。なんてやり取りをし、どうせだったら少し遠出しようよ。なんて歩きでは行けないラーメン屋まで連れていってもらい、二人は腹を満たした。
 その間運転手さんはずっと車で待っていて、申し訳ないやら気まずいやらの気持ちでいっぱいになりながら車へ戻った太一は、そのまま送ってくれるというのでやはり申し訳なくなりながらも、その申し出をありがたく受け取る事にした。


 繁華街を抜け、車が細い十字路を曲がり、夜道をライトが明るく照らしてゆく。

 エンジン音もせず、静かな空間のなかそわそわと落ち着かない様子で亮を見れば窓枠に肘をつき夜を見ていて。
 その二人分ほど空いた距離がなんだからしくなく、それでも太一もそっと亮から視線を逸らして、窓の外を見た。


 時刻はもう十一時を過ぎている。

 家々の、低い塀。
 裸電球だけの、街灯。
 何年も前から貼り付けられ破れかけた、選挙のポスター。

 そんなどこか田舎臭い雰囲気の中を金魚のように泳ぐ車が狭い路地へと入り、それから親戚の家の前でぴたりと停まった。


「ありがとうございました」

 運転手にそう声を掛け、じゃあ、と太一が扉を開ければなぜか亮も車を降り、

「帰すの遅すぎたから、親戚の人に俺からすみませんって謝るよ」

 なんて言ってくるので、太一は何を言ってるんだお前は。と首を振った。


「いやいいって」
「でも遅くまで連れ回しちゃったし、親戚の人も心配してるんじゃない?」
「ないない。つうかお前も早く帰れよ」
「いやでもやっぱり、」

 なんて押し問答を繰り広げていれば突然ガチャリと玄関の扉が開き、物凄く不機嫌そうな顔をした叔母が出てきて、太一はやばい。と表情を曇らせた。

 しかし亮はこれ幸いといった表情をして近寄り、こんばんは。と頭を下げるだけで。
 そんな亮の態度に、いやだからお前なんなんだよ。未成年を連れ回しちゃった大人みたいな対応すんなよ。なんて太一が内心呟く。
 そんな亮をじろりと眺めては、物凄く嫌そうな顔をした叔母が開口一番、

「人の家の前に車停めて、なんなの。近所迷惑を考えなさい」

 と怒鳴った。


「すみません」
「制服着てるって事は、なに、友達なの」
「はい」
「……こんな夜中近くまで……。常識ってもんがないのあんた達は」

 はっきりとトゲを刺す叔母の物言いに、亮まで悪く言われてしまった。と太一が申し訳なさそうに亮を見たが、それでも亮はにこやかに笑っているだけだった。

 それからずいっと一歩前に出て、

「すみません、僕が連れ回しちゃったんです」

 なんて言った亮。
 それに太一が慌てて、違う。と声をあげようとしたが、それを手で制した亮がちらりと太一を見ては、大丈夫だよ。と言いたげな表情をしては、また叔母に向き合った。

「非常識でした。すみません」

 そう頭を下げる亮のそれでも醸し出される圧に、ようやくアルファだと気付いたのか、少しだけ怯んだ叔母が、「……分かればいいのよ、分かれば」なんて視線を逸らす。
 そこで太一はホッとし、ほらお前早く帰れよ。と亮の背中を押そうとしたが、亮はそれだけでは由としなかった。


「僕、近衛亮っていいます」
「……あ、あぁそうなの」
「はい。すぐ近くの家に住んでます。……今日は遅くまで太一君を帰さなくてすみませんでした」
「え、ち、近くのって、」

 亮の近衛という名字と、近くの家というワードに、叔母が慌て始める。
 それがなぜか分からず、いいからもう帰れよ……。と太一が眉を下げていれば、叔母が恐る恐るといった様子で口を開いた。

「も、もしかしてあなた、あの近衛財閥の、」
「あぁ、うちをご存じなんですね。ありがとうございます」

 叔母の言葉にまたしても亮が頭を下げ、しかしその瞬間態度を一変させあわあわとし始める叔母に、太一はその時ようやく、どうやら亮の家は相当に有名な家なのだな。と気付いたのだった。


「あらやだ私ったら! 近衛さんの息子さんにとんだご無礼を、すいません!」
「いえ、僕が悪いので。本当にすみません。ちゃんとご連絡出来れば良かったんですけど、太一君携帯持ってないですし、しかも電話番号も知らないみたいで連絡の取りようがなくて……、それなのにこんな夜遅くまで、本当にすみませんでした」

 そう困ったように笑う亮に、はぁ? 電話番号とか聞かれてねぇよ? と太一が眉間に皺を寄せていれば、叔母がまずい、という顔をしそれから慌てて取り繕うよう、

「そ、そうなのよぉ~、この子ったら、こっちがいくら携帯持ちなさいって言っても持たないって言ってて、ほんともぉ~私達も困ってまして、」

 なんて言ったので、太一は目を丸くしてしまった。


「あ、そうなんですか? だめじゃん太一、心配かけちゃ」
「……へぁ?」
「バイトとかしてるし夜遅くなりやすいんだからさ、やっぱり携帯持ちなよ。……あずまさんもその方が安心しますもんね?」

 ちらりと表札を見て名字を呼び、同意見ですよね。と叔母に無言の圧をかける亮。
 それに叔母がまたしても慌てて首を縦にしては、

「そ、そうよ太一君。携帯ぐらいちゃんと持ちなさい。少しは頼ってくれてもいいのよ!」

 なんて絶対に本心ではないだろうが亮の手前そう言わざるを得ない台詞を吐いたので、太一は呆気に取られながらも、コクコクと頷いた。

 そんな太一に微笑み、良かった。これで連絡出来るね。なんて言っては、

「じゃあ夜も遅いのでこれで失礼します。今日は本当にすみませんでした」

 とまたしても丁重に頭を下げ、車に乗り込む亮。
 そんな亮に叔母も頭を下げ、それから太一をちらりと見ては、今度携帯ショップに行きましょうね。と白々しい笑顔を浮かべ家のなかへと入って行ってしまったので、太一は一人ぽつんと道に立ち、……なんだこの展開。と呆けてしまった。


 そんな太一に、車の窓を開け顔を覗かせた亮が、

「携帯買ったら番号教えてね。じゃあまた明日。おやすみ」

 なんて笑うので、こいつまさかここまで計算してたのか? と顔を引きつらせつつも、なんと言っていいのか分からず、太一は、「……あ、あぁ、おやすみ」なんて気の抜けた声で呟いた。


 そうして、未だ整理が追い付かないといった様子の太一を残し、ゆっくりと進んでゆく車。
 車内は相変わらず静かで、時折ウィンカーを出す音だけが響いてゆく。
 そんな中、小さく微笑んだままの亮が、

「斎藤さんごめんね、こんな遅くまで付き合わせちゃって」

 と運転手の名を呼びごめんと謝ったが、しかしそれに斎藤さんと呼ばれた運転手は目を細め微笑み、

「とんでもございません。少しでも坊っちゃまのお役に立てたのなら、むしろ光栄で御座います」

 なんて返事をしたのだった。

 そんな斎藤さんに、坊っちゃまはやめてって。と言いながらも、亮が笑う。
 それから窓枠に肘をつき空を眺めては、……甘いなぁ。とくらくらしてしまいそうな太一の残り香に目を閉じた亮は、自制心を保つよう窓を開けては深呼吸をしたのだった。




 
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