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第五章
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しおりを挟む冬の厳しい寒さが吹き荒れる、十二月。
未だ明けない暗い道を自転車のライトで照らしていた太一は、その先に座り込んでいる男の姿を目にした途端、眉間に皺を寄せた。
「おはよ」
「……また外で待ってる……」
挨拶を返さず、しかしぽつりと呟いた太一は、ダウンジャケットに身を包み鼻の頭を赤くして玄関先に座り込んでいる亮を見て、溜め息を吐いた。
太一が早朝の新聞配達をしていると知ってからというもの、こうして待つようになった亮。
それに、
「なんで待ってんの? 昨日も風邪引くから待つのやめろって言っただろ」
と語気を強める太一だったが、
「大丈夫。俺頑丈だから」
なんて返され、またしても太一はため息を吐いた。
「いやそういうことじゃねぇんだけど……」
そう呟く太一の、寒さのせいで少々呂律が回っていない拙い喋り方がおかしいのか、亮は不機嫌そうにしている太一を見てもニコニコとしたまま、しかし突然話題を振った。
「ね、クリスマス皆で遊ぼうって昨日龍之介と話ししたんだけど、太一も来るよね?」
「クリスマス?」
「そ。まぁ優吾は彼女居るから無理かもって言ってたけど」
「えっ、あいつ彼女居んの?」
「しょっちゅう変わるけどね」
「……へぇ、なんか意外」
「優しいしノリいいし、まぁ顔も良いし龍之介ほど馬鹿じゃないからね優吾は。でもしょっちゅう浮気する女癖の悪さがネックなんだよねぇ」
「つうか亮も彼女居るんだろ? それなのにクリスマス野郎同士で遊んでていいのかよ」
「なんで居る前提なの? 居ないよ彼女なんて」
太一の言葉に目をぱちくりと瞬かせ、居ないよ。と亮が笑う。
だが居ないなんて言うにはその良すぎる顔と甘い笑顔に、太一は思わず、嘘こけ。と突っ込んでしまった。
「居ないって」
「まじかよ」
「まじだよ」
「ふーん」
「わー全然興味なさそう。ていうかそれより、クリスマス。一緒に行くでしょ?」
立ち上がり、自転車に股がっている太一の顔を覗き込んでくる亮。
それに太一は小さく目を伏せて、無理。と呟いた。
「え、なんで」
「……発情期、たぶん、そこらへん」
そう俯く太一に亮は一瞬視線をさ迷わせたが、それからまたいつもの笑顔に戻り、そっか。ならクリスマス当日は無理かぁ~。なんて言ったかと思うと、
「じゃあ龍之介達にずらそうって相談するよ」
と言うので、太一は慌てて、いやいいから! と断った。
「なんで俺に合わすんだよ! 普通に皆で遊べばいいだろ」
「えー、だって太一居ないとつまんないし」
「……なんだよそれ。でもとりあえず俺は不参加って事で」
「えー……」
「……じゃあ、大晦日、とか、は? それならもう発情期終わってるし……」
残念そうにする亮に、初めて太一から会おうという提案をする。
そうすれば亮はまたしても驚いた表情をしたあと、「いいの? やったー! じゃあ大晦日ね、絶対ね!」 なんて笑ったので、その子どもみたいなはしゃぎっぷりに太一も笑った。
「じゃあ、俺もう行くから」
「あ、うん。ごめんね。バイト中なのに」
「いやもうあとは戻るだけだし。じゃあ学校で」
「うん。またあとでね」
そう言いながら、太一の首に巻かれている自分のマフラーがほどけかけている事に気付いた亮がそっと腕を伸ばし、
「寒いから風邪引かないでね」
なんてマフラーを巻き直し、太一を見る。
以前貸したマフラーを返されそうになって、いや、マフラーも太一が使ってよ。と半ば強引に受け取らなかったそのマフラーがもこもこと太一の首もとを暖めている姿にふっと笑い、赤くなっている鼻の頭が可愛い。なんて破顔しながら、バイバイ。と手を振る亮。
そんな亮に耳の縁を赤くし、……さんきゅ。と呟いた太一は、まだまだ暗い夜めいた道を自転車で駆けていった。
それからあっという間に十二月の後半に入り、しかし太一は発情期のせいで学校へ行けず、結局そのまま冬休みに入ってしまった。
クリスマスだと街が浮かれている最中絶望にも似た気持ちで過ごしていた太一だったが、
【 雪、綺麗だね 】
という一文と共に雪山にダイブし埋もれている龍之介と亘、それからその横で雪まみれで項垂れている明をバックに甘いマスクで一人だけ一切雪が付いていない格好のまま笑っている亮の自撮り写メが送られてきて、きっとまたどうせくだらない事をしているのだろうなとすぐ分かるその写真に太一はひとりぼっちの寒くて冷たい物置小屋の煎餅布団の上で、それでも少しだけ和らいだ笑みを浮かべたのだった。
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