【本編完結済み】朝を待っている

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最終章

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「あ、は、っ、ふぁ……、ぁ、」

 溶かすように快楽が脳を占め、息が苦しい。と滲む汗で髪の毛を額に張り付けながら、頬を朱に染め荒い息を溢す太一が、とろりと蕩けた表情をしてはふるふると睫毛の先を震わせる。

 それを見下ろし、ごくりと唾を飲み込んだ亮は、まさか。と顔を赤らめながら口を開いた。

「……太一、もしかして、イッた……?」

 なんとか理性を繋ぎ止め優しく問いかければ、ふ、と息を吐きながら小さく恥ずかしそうに太一が頷く。

 それがとても可愛くて、亮は鳩尾にくるような衝動にンンッと喉を鳴らしては、

「か、かわいい、かわいい、かわいい」

 と語彙力全て無くしたかのように可愛いとしか口に出来ず、しかし太一をぎゅううぅ、と抱き締め、すりすりと頬擦りをした。

「本当に可愛い。大好き。愛してる。本当に好き。……ねぇ、抱きたい。お願い太一、今から俺の家来て」

 なんて懇願し、

「実はこの近くに大学入って一人暮らしするために借りてる部屋があるんだ。まだ何もないけど……」

 と眉を下げながら、……一旦そこに連れ込んでもいい? と亮が太一の掌をとって、チュッと口付けをする。
 その切羽詰まった言葉と亮の見つめてくる綺麗な琥珀色の瞳にドクドクと心臓を鳴らしては、まだ俺だって全然足りない。と蕾がひくつくのを感じつつ、こくこくと太一は頷いた。


「……ん。連れてって」

 思わず漏れた声は、耳を覆いたくなるような甘ったるい声で。
 それに、みっともなく情けない。と太一が恥ずかしさに顔を俯かせていれば、ありがとう。と耳元で囁いた亮が、不意にぐっと太一の体を抱き上げた。

「……下着、ぐちゃぐちゃだろうし抱っこするね」

 突然の浮遊感に驚き目を見開いている太一を見ては柔らかく微笑んだ亮が、ちゅ。と一度キスをしてくる。

 その顔があんまりにもだらしなく、それでもとても愛しくて。
 子どものように抱っこされている自分に、くっそダサいしはずい……。と太一は顔を真っ赤にしながらも、しかし必死に亮にしがみつき、……ん。と呟いた。





 ──そうして、亮に抱き抱えられたまま校庭の方へ向かえば、一気に喧騒が耳に入ってくる。 それを聞き、ようやく現実に戻った思考で、……あ、あんな場所でなんて事を。と太一がまたしても顔を赤くしていれば、

「あ、亮!もーお前どこ居たの!?ほら見てよこれ! お前にってめちゃくちゃ俺花とか押し付けられてんだけど! もう花に埋もれて圧死するとこだっ、って、え、なんで太一のこと抱っこしてんの!?」

 だなんて首に花輪を沢山付け、両手にも大量の花を抱えていた龍之介が人一倍身長が高い亮を見つけ声を掛けたが、太一を抱えているのを見て、目を見開いた。


 その横には、優吾と、来ていた明が居て。
 そして二人とも亮と太一を見て目を丸くしたが、しかしすぐに察したのか含み笑いをし、その三人の表情に太一は、は、恥ずか死ぬ……! と顔を真っ赤にした。

 もう誰に見られようが誰に後ろ指さされようが平気だと思っていたが、友人である奴らにはこんな姿見られたくなかった。と恥ずかしさで泣きそうになった太一だったが、下着はぐちゃぐちゃできっとそろそろズボンにも染みを作ってしまうだろうと分かっているので、降りるに降りれず。

「あ、もしかして太一、具合悪い、」

 だなんて心配しかけた龍之介に、「違うから!」と慌てて否定したが、じゃあ何故。と見つめられてしまい、……まじでお前がどうにかしろ。と太一は亮の肩に顔を埋め丸投げした。

 しかし亮はというと、

「今ちょっとお前らと喋ってる暇もないから、ごめん」

 だなんて言っては、雑踏を裂くよう歩き出すばかりで。
 そんな亮に龍之介だけ、へっ? と呆け、「ちょ、待っ、」と声を掛けようとした、その瞬間。



 突然校舎の屋上の方から野太い、

「いっ、けぇぇぇぇ!!!!!」

 という掛け声が聞こえ、その場に居た全員はびくっと体を震わせながら、上を見上げた。



 漏れず顔を上げた太一の瞳に、映ったもの。

 それは大量の紙吹雪で、ぎょっと目を見開いたその視界の先には、屋上に立ち満足げに笑っている亘の姿があり、太一は更に目を瞬かせた。

 ひらりひらりと視界を埋め尽くしていく、淡いピンク色の紙吹雪。

 それが舞い踊る桜の花弁のようで、一瞬の静寂のあと、わぁぁと歓声が渦のように校庭に響く。
 その声を独り占めしながら、にししっと歯を見せて笑った亘が、

「卒業おめでとう俺!! アンドその他の卒業生!!」

 だなんて声を張り上げている。

 そんな亘の突然の行動と馬鹿さに呆けていた太一だったが、……ぷっ、と吹き出し、なんだこれ。ともうおかしくておかしくて、声をあげて笑った。



 目の前には、顔をあげ笑っている人々。

 それがまるで美しい幸せな映画のワンシーンのようで、その光景に太一が目を細めていれば、そんななか龍之介だけがハッとしたよう、

「って違う違う、だからなんでお前太一を抱っこしてんの? 遊んでんの? てかこのあとどこ行く?」

 だなんて、間抜けな顔で聞いてきた。

「え、あ、うぅん、え、と……、」
「あーもううるさいなぁ! どこも行かないしこの状況見ろばか! 俺と太一は今からセックスすんの! 察しろ! だからお前はモテねぇんだよばか!!」

 何と返せば良いのか分からず口ごもる太一とは正反対に、亮が口悪く龍之介に噛みつくよう、言い返す。
 それから、……駄目だ笑っちゃう。と笑った亮がしかし、いやいやいやここに居たらもう駄目だ。と、

「太一、走るからしっかり掴まっててね!」

 だなんて言っては、走り出した。


 途端、ぐんっ、と動く視界のなかで見たのは、呆けたままの龍之介と、腹を抱えて笑っている優吾、そして、「公衆の面前だぞ! もっとオブラートに包め馬鹿者!」と眼鏡をクイッとあげながら亮の態度に口を出した明で。

 その変わらなさに、堪らず太一はまたしても笑い声をあげた。


 そうこうしている間にもう校門は目前で、遠くの方でゴリが亘の名を叫んでいるのが聞こえる。

 それがもうおかしくてはちゃめちゃで、そして自分だって下着をぐちゃぐちゃにしながら亮に抱っこされているという今が物凄く滑稽だと、三年前の自分では想像すらしていなかった現実に、……あーもう、人生ってほんと何があるかわかんねぇなぁ。なんて太一はずっと笑い続けた。

 それは本当に弾けるような心からの笑顔で、そんな太一の声を聞いて感極まったのか、ぎゅっと太一を抱き締めた亮が、

「……太一、大好きだよ!」

 だなんて走りながら叫ぶよう言ったので、太一もぎゅっとしがみついては、

「俺も、……俺も、世界一お前が大好きだ!」

 と叫び返し、泣いてしまいそうで空を見上げた。

 太一の瞳に映った青空には、未だ紙吹雪が舞い上がっている。

 それがとてもとても綺麗で、きっと今世界で一番俺が幸せだ。と太一は堪らずぽろりと涙を溢しながらも、父と母が見てくれているだろう空を満面の笑顔のまま、見つめ続けた。


 目に焼き付くような、青空。
 遠くで、絶えず笑い声が聞こえる。
 頬を撫でる風は優しく、抱き締めてくれている腕は温かい。

 それら全てを、今日という日を、きっとずっと一生忘れない。と太一は、亮をきつくきつく抱き締めた。


 ──もう何も怖くない。と思った、そんな晴れやかなとても美しい、朝だった。



【 完 】




 
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