【本編完結済み】朝を待っている

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それからの二人

同棲初日の話4

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「……っ、ちょ、ちょっと待て」

 そうひたりと額に手を当て、やばい、目眩してきた。と太一が呟く。
 その言葉に、どれがいい? なんて家具屋の寝具コーナーに並ぶベッドを見ていた亮は慌てて太一の腰に腕を回し、心配げな表情を見せた。

「え、気分悪い?」
「いや、気分ていうか、ちょっと……」
「大丈夫? 救急車呼ぼうか?」
「そうじゃなくて、なにここ……」
「えっ?」

 “何”と問われ、亮が思わずすっとんきょうな声を上げる。
 その、何とは何だ。と言わんばかりのリアクションに、太一は堪らずガバッと額にあてていた手を離しては、亮の耳をむんずと掴んだ。

「バカ高ぇんだけど!!」

 なんて流石に小声で、しかし耳元でそう叫ぶ太一。
 それに亮がビクッと体を跳ねさせ、耳いった……。と小さく呟いた。


「なにこの金額……、ゼロが……ゼロが……」

 目に飛び込んできた恐ろしい金額にふるふると震えながら、まじで目眩してきた。なんて言っては太一がぎゅっと自身の体を抱き、怯えていて。
 そんな姿に亮は、なんだ。気分悪いわけじゃないんだ。なんてホッとした表情をし、安心させるよう微笑んだ。

「大丈夫だよ。俺のカードで払うから」
「そのカードだって親の金だろ!」
「え、うん」
「……いや、うんて……」
「高すぎるって怒るだろうなと思ったけど、やっぱ怒られちゃった。でもずっと前に言ったと思うけど人間は体が資本だから、良い睡眠を得るにはそれなりの投資も必要だよ」
「……でも、ここは流石に……」
「もちろん値段で決めてる訳じゃないよ? 高くても良くないモノはあるからね。でもそういう所は絶対に衰退していくし、だからこそずっと高水準にある一流の物にはやっぱりそれなりに一流の理由があるからさ。それにここのブランドはうちが提携して手掛けてるし、巡りめぐってうちの利益にもなるから、許して?」
「……」
「それと、暮らしやすい環境作りだって資本に関わってくる。だから家具はおざなりにはしたくない」

 だなんて真っ直ぐ、太一の葛藤を投げ捨てるよう言い切ってくる亮。
 その金持ち故の、しかし至極真っ当な意見に太一は目を瞬かせたあと一度唸り、それから数秒後、渋々小さく頷いた。

「……分かった……」

 そう呟き、亮の言い分に納得はしたものの、やはり自身が育ってきた環境とは余りにも違いすぎていまいち理解が追いつかない。と太一はズキズキ痛みそうな頭をかかえつつ、けれども一応は亮の言い分に今回は身を委ねる事にした。


「……じゃあ家具はお前が決めろ。俺にはそこらへんの良し悪しは分かんねぇから」

 なんて切り替え、真っ直ぐ亮を見つめる太一。
 その言葉に、他人の考えを真摯に受け止めて、そして自身も納得できたら素直に受け入れようとする太一のそういう所、大好きだなぁ。なんて亮は心の中でひとりごちふわりと微笑んでは、でも、と一番近くにあったベッドに倒れ込んで太一の腕を引いた。


「わっ、」
「どう?」
「……どうって……、ふわふわで気持ち良い……」
「ん。はい、じゃあ次」
「わ、だから引っ張んなって、……こっちはちょっと……固い?」
「そうだね。太一は柔らかいのが好き?」
「え?」
「決めろって言ってくれたけど、二人で使うものなんだからやっぱり太一も気に入ったものじゃなきゃ。でしょ?」
「……ま、まぁ……、そう、だな……」
「ね。じゃあ柔らかめと固め、どっちが好き?」
「……ふわふわのが、好き……」

 亮の言葉に、ぽわりと頬を染め視線を俯かせながら、ぼそりと太一が呟く。
 そんな純粋無垢で愛らしい仕草とふわふわという擬音のパンチ力も相まって、……かっわいすぎる……!! と亮は悶えつつも、にへらと笑っては太一の手をぎゅっと握った。

「じゃあふわふわのベッドの中でどれが一番気持ち良いか、他のも試してみようよ」
「……ん」
「……あー、もうほんとかわいいね、太一は」
「っ、は、はぁ!? なにがだよ!」
「全部が」
「……お前ばかにしてんだろ」
「えっ、してないよ! 本気だよ!」
「うそつけ!!」

 だなんだ言いあいながらも、立ち上がりそしてまた寝転びを繰り返した二人は、笑みを浮かべながら楽しみつつ家具を選んでいった。



 そうして、亮にリードされ、ああでもないこうでもないと言いながらもある程度の家具を選び終えた、あと。
 ……もう金額は見ない。と心に決めたもののお会計時太一が視線を逸らしながらも冷や汗を流していれば、

「今から運んでくれるって」

 と爽やかな笑顔で亮が言った。

「え」
「ん?」

 太一の呟きに、ん? とにこやかな笑顔で亮が見つめてくる。
 その笑顔に、……普通こんな大きな物ってその日には無理なんじゃ。と言いかけたが、しかしまた精神が削られそうな返事しか返ってこなさそうだったので、黙って頷くだけにした太一は気分を変えるよう、「よーし! じゃあ次は雑貨用品だな!」なんて意気込んだのだった。



 ──が、しかし。食器類や雑貨類もまたしても理解しがたい値段の店に連れて行かれ、そしてやはり亮にゴリゴリと押しきられなんだか意気消沈してしまっていた太一だったが、「荷物は今から斎藤さんが運んでくれるから、一旦ちょっと近くをゆっくりブラブラして、また迎えに来てくれるの待ってようか」なんて言ってきた亮の言葉に、とうとうブチッと血管が切れる音を聞いた。


「っ、お前なぁ!!」
「わっ、なに」
「斎藤さんに頼りっぱなしで申し訳なくねぇのか!! このばか!!」
「えっ、でも斎藤さんは俺のバトラーだから、」
「うるっせーー!! バトラーだかなんだか知らんが、事あるごとに斎藤さんに頼むな!! つかここは日本だっつうの!! 日本語で言えばか!!」

 雑貨屋から出てきた往来の真ん中で、もう言わせてもらう!! とわしわし自身の髪の毛を掻き乱し叫んだ太一はそれから、車で待っていてくれた斎藤さんに向かって、

「いつも本当にありがとうございます! でも今日はもう迎えは大丈夫ですから! 少し休んでください!!」

 なんて頭を下げた。

「あと、とりあえず夕飯の買い物は俺の知ってるとこでするから! これはまじで絶対もう譲らないから!!」
「え、それはいいけど、でも帰りは……、」
「んなの電車なりなんなりで帰れば良いだろ!!」 

 そう息巻き、太一が亮の腕を引いて走り出す。
 そんな太一に引きずられ驚いた顔をした亮に、斎藤さんも呆気に取られたあと、しかし微笑ましそうに笑っては二人に向かって深々とお辞儀をした。

「かしこまりました! お預かりしているお荷物をご自宅まで運んだあと、私は休ませて頂きますね!」

 だなんて少し声を張り上げた斎藤さんの声が、穏やかな午後の風に溶けては優しく消えていくばかりだった。




 ***



 それから太一に引きずられ、「とりあえず家の近くまで戻るから電車乗るぞ!」と切符を買ってもらった亮は、あれよあれよと言う間にごった返している電車のなかに押し込まれ、うっ、と顔を歪めた。

「……た、たいち、どうせ家の近くに行くなら斎藤さんに送ってもらっても良かったんじゃ、」
「うるせーって言ってんだよ。てかお前電車あんま乗ったことねぇとか、どうなってんだよ」
「だって昔から送迎してもらってたから、って待って、息苦しくなってきた……」
「はぁ? まだ休日にしちゃ空いてる方だぞこれ」
「えぇ? 嘘でしょ……。俺、電車苦手かも……」

 そうぼやいては、慣れない電車の人の近さに亮がげんなりとした表情を浮かべ始めている。
 そんな亮を見て逆に少しだけ気分が良くなったのか、太一はにししっと歯を見せて笑ったあと、亮の腕を引いた。

「しょうがねぇなぁ。俺にくっついとけよ」

 だなんて言った太一の笑顔と、ふわりと香る、甘い匂い。
 それからぴたりと密着した体に、亮は一度目を見開き、……電車もいいかもなぁ。なんて直ぐさま掌を返すような事を考えながら、すりっと太一の肩に頭を寄せた。


「ちょ、それは近すぎ、だろ……」
「えー、でも後ろから押されるし」
「いや、笑ってんじゃん。嘘だろぜってぇ」
「いいじゃん。……太一、良い匂いする」
「っ、か、嗅ぐなよ」
「不可抗力だから」
「……ていうか一緒に風呂入ったんだから、お前もおんなじ匂いだろ……」
「っ、……なんでそういう事を今言うかなぁ~……」
「は? お前から言い出したんだろうが」

 だなんてボソボソと寄り添いながら、話している二人。
 その様子を近くに居た高校生ぐらいの年の女の子が聞いてしまったのか、真っ赤に顔を染めていた事を、二人は気付きもしなかった。





 ──そうして、いちゃつきながらも電車を降り、近所のスーパーで太一が何気なく、『何食べたいんだ?』と聞いた時も、亮がリクエストした和食という言葉に、『ん~、じゃあ肉じゃがでいいか』と言っては太一が食材を吟味している時も、そして二人してガサガサと買い物袋を鳴らしもう暗くなった道を歩いている今ですらだらしない笑みを見せている亮に、……お前何なの。と言いたげに太一は肘で亮を小突いた。


「あのさ、お前さっきからなんでそんなへらへらしてんの?」
「へ?」
「だから、なんでそんな笑ってんのって」
「えっ、俺笑ってた?」
「無意識かよ」
「……あはは、だったみたい。楽しくて弛んじゃったのかな。……俺、こういうの初めてだからさ」
「こういうの?」
「誰かと一緒にスーパー行って買い物したり、こうして買い物したあと一緒に道を歩いたり、そういう、なんだろ、皆が当たり前にしてる事、したことなかったから」

 そう呟いた亮が、

「だから、凄く嬉しいし、楽しい。確かに何もかも斎藤さんに頼んでたらこういうの出来ないね。ありがとう太一」

 だなんて本当に嬉しそうに微笑んだので、太一は小さく目を見開いたあと、胸を締める愛おしさに、とん。と亮の腕に自分の肩をぶつけ、はにかんだ。

「……そんなん、これから毎日すんだから礼とか言う事じゃねぇっての」
「っ、そっ、か……、うん、うん、そう、だね……。うん……」


 そう穏やかな柔らかい笑みを浮かべながら呟いた太一の言葉を噛み締めるよう、何度も小さくこくこくと亮が頷いている。
 それがやはりどこまでも愛らしく、太一は抱き締めたい衝動に駆られながらも、とん。ともう一度亮の腕に自身の肩をぶつけた。


 穏やかな月に照らされた夜道に、伸びていく二人の影。
 ガサガサと響く、二人の手に握られた買い物袋達。

 その慣れない光景のなか、隣には嬉しそうに笑う太一がいて。
 こんなにも平凡で、けれど自分にとっては初めてのとびきり特別な体験に、これが幸せってことなのか。と亮は目尻を和らげながら、そっと太一の耳に顔を寄せた。

「……ねぇ、家に着いたらさ、お帰りって言ってくれる?」
「当たり前だろ」
「……そっか」
「そうだよ」

 またしても軽やかな口調で、けれどもやはり穏やかな笑顔のまま、肩を優しくぶつけてくる太一。
 そんな太一に、亮は本当に嬉しそうに、まるで生まれて初めて宝物を貰った子どものように純真な顔で、ふふっと幸せそうに笑ったのだった。




 
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