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2 愛を知らない二人の出会い
───────だれか。だれか助けて。殺されて、みんな殺されて·········
「いやぁぁあああっ────────!」
「ッ、───────シル、セシルッ!」
「────しぇ、どりっくさま・・・。」
セシルはラズベル候爵家の敷地内に建てられた彼女の離れで目を覚ました。
セドリックが身寄りのないセシルのために作った彼女のための宮。
「セシル、また魘されていましたよ。大丈夫ですか?」
「っは········い。もう、だいじょうぶ、ですから·········」
目覚めてすぐ、美しい紫色の瞳が覗き込んでいる事に気付きはしたが、彼女には反応する余裕がない。
額はぐっしょりと汗で濡れ、鼓動も早く、息も切れている。
「少し休みなさい。次に何かあればすぐに呼ぶのですよ」
セドリックはセシルの額の汗を手で拭い、身体の魔力の安定を確認すると、立ち上がって離れを出る。
そして自分の邸の執務室へと直行した。
執務室を開ければ、候爵家の有能な執事ジェイドが彼の隣に立つ。
「セシル様は未だ悪夢に魘されますね」
「あぁ、一族を皆殺しにされて自分だけ生きているのです。夢にも見るでしょう、」
「はい。まだお若いのに········お辛いでしょうね」
セドリックがセシルに会ったのは彼が中立国の魔法学園に在籍していた、十七歳の事だった────。
セドリックはルドアニア皇国ラズベル侯爵家の嫡男として生まれた。
銀色の髪に紫色の瞳。魔法にも武術にも優れ成績は優秀。水魔法の応用である氷魔法と風魔法を最も得意とするが、彼はこの世界でも数少ない無属性魔法の使い手でもある。
そう、彼は術者と呼ばれる特別な人間。
この美しい銀髪はレベロン王国にいるシャルロン公爵家の持つ銀と同じだと聞いている。
彼らとは遠い血縁関係だ。
ラズベル候爵家同様に魔力量、魔法共に優秀で王国では有名であると教えられてきた。
それだけ優秀であるならばその嫡男と魔法学園では一緒になるだろう。そう考えて、自分の身分が気付かれないように変幻魔法を使って入学した。
そのため本来の素性を知るものは皇国の人間と学園長以外はいなかったのだ。
それが功を奏したのか、中立国では冒険者の友人が多かった。口調や性格を変えれば、いつものセドリックとは違う気さくな明るい少年の出来上がり。というわけである。
──────────ある雨の降る日の夕方。
セドリックはその日も酒場にいた。その時、とある話を聞いたのだ。
オッドアイをもつ美しい白猫の少女を連れて熊獣人の商人が来ている。という話を。
「人身売買は中立国では特に違反だぞー」
「そうだそうだー!!」
大声で笑いながら話す冒険者を横目にセドリックは立ち上がった。
「っじゃ!僕は先に失礼しますねー」
セドリックは店から出るなり、その熊獣人の痕跡を探る。雨が降る日は人通りもいつもよりは少ないから見つけやすいだろう。
大通りから路地裏に入り、少し暗い角を曲がって。
そうして暗がりの先にいたのが、セシルだった。
すぐにわかるその能力。彼女の美しい碧と翠の瞳から魔力が溢れている。そしてそれは美しい宝石のように輝いていた。
凝視され身の危険を感じたのであろう彼女は、セドリックの身体が動くやいなや駆けだした。
セドリックもすぐに彼女を追いかけて走る。すぐ目の前まで迫った揺らめく尻尾を掴もうと手を伸ばした。───────が、それを掴む事は叶わない。
伸ばした手を遮る形で大きな影が現れたからだ。
「兄ちゃん、この子になんか用か」
それが酒場の冒険者が話していた熊獣人ノア。
大きな体格に毛むくじゃらの身体で、彼の手にはその体格に見合わない小ぶりの斧が握られている。
木こりか何かをして商人として此処にいるような外見をしているが、その斧が魔力を通しやすいように特注で作られている物だとセドリックは見抜いた。
「いや、すまない。怖がらせてしまったよね。あまりに美しい子猫だったんで話しかけようとしただけなんだ。僕はセドリック、Sランクの冒険者なんだけど。君たちの噂を聞いてね。彼女は君の猫かい?」
セドリックは冒険者証を取り出し、熊獣人に見せる。
「ああ。どうせ俺がこいつを人身売買しようとしているとか、そんなところだろう」
「違うのかい?ここら辺ではこんな子猫珍しいからね」
「俺はノアだ。こいつを此処まで送り届けただけさ」
「送り届けた?」
『よろしく、ノア』と微笑み手を差し伸べるも、熊獣人のノアはそれを無視した。そして後ろに縮こまって隠れているセシルを覗き込んで彼女に声をかける。
「お嬢ちゃん。こいつはここいらでは有名な冒険者だ。俺でも知ってらあ。ここまで有名じゃ嬢ちゃんに乱暴したりはしねえよ」
確かに高ランクの冒険者証は身分証明書になる。
なるにはなるが、こんなに簡単に人間を信じていいのか?とセドリックは思うが口には出さない。
それから一週間、最初は全く話してくれなかった白猫セシルも、こうも毎日通いつめれば少しずつ心を開いてくれたらしい。
そして彼女がセドリックを信頼し、十分に懐いてきた頃、ノアが突然頭を下げてきたのだ。
「嬢ちゃん。俺も仕事があるんでな。ずっと此処にお前さんと一緒に居てやることはできねえんだ」
「っ、はい········わかっていま、しゅ、」
「─────で、俺は考えたんだが。
セドリックさんよお、冒険者として彼女が成人するまで匿ってやってくれないか。成人するまで必要な金なら俺が出すから」
「は?いやいや、お金は要らないよ。彼女が理由ありで逃げているのは分かった。匿うことくらいなら良いけど··········、セシル?」
「・・・はい、」
「僕でいいの?僕が、怖いんじゃないのかい?」
「········国には、もう、帰りたくないので··········匿ってくださるのなら。っ、それに········しぇ、どりっくさまは、つよいのですよね?」
「強い?んー、まあ、そこそこには」
「・・・ころされない、ですよね?もう、みたく、ないのです。だれかが、ころされるのは、、」
そんな言葉をぽつりぽつりと呟く、悲壮感漂う彼女を見てセドリックはノアに向き直った。
「分かった。僕が責任をもって彼女を匿おう。」
そして、セシルに微笑みかけて手を差し出す。
「セシル、僕が匿ってあげます」
自分が殺される心配より、他人が殺されるのを見たくないなどと。そんな甘い世界ではないのに。
皆、自分が殺されないように必死に生きているこの世界で、君はそんな事を気にするのですね。
心が綺麗で優しい純粋無垢な僕の白猫。
───────大丈夫。
皇国に帰国したら直ぐに君だけの宮を作って。
そこで、匿ってあげよう。
誰にも目につかず、君が成人してからも、ずっと。
そしてその美しい『魔眼』だけは使って皇国のための成果にしましょうか。
そうすれば、あの御方もお喜びになる。
こうして、セドリックは白猫を手に入れた。
これが互いに愛を知らない、二人の出会い。
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