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8 妖精姫の怒り
ヴィクトールは後宮の中に足を踏み入れた。婚約者であるリリアーナが此処に入ってから、彼女を訪れるのは二回目だが、全くいい思い出がない。と彼はため息をつく。
元々此処は前皇帝である父が側室達を押し込んでいた、謂わば女の園のような場所だ。幼い頃からここで過ごし、少年になってからも父に連れられて何度も来たことはあるがその時も全く良い思い出はなかった。
そして、自らの手で全てを終わらせたのも此処だ。
ヴィクトールには複数の女性を愛でる気はない。この穢れた離宮を使う気は到底なかったのだが、臣下達が早まって準備したため『慣らし五夜』までの仮としてリリアーナに宛がっているだけだ。
彼女の私室に入ると、扉は開けたまま、そこに護衛のシャルロッテを立たせておく。
「リリィ、」
「·······」
「リリィ、怒りを鎮めてくれ」
「貴方も、あの方と同じ考えなのですか」
「セドリック、か」
コクリと頷く彼女にヴィクトールはとりあえず椅子に座るように促してから、口を開いた。
「そうだな。というか、貴女をあまり危険に晒したくない。それにセシル嬢は此処にいるべきでは──「それは何故ですか?彼女が獣人だから?それとも彼女はただ匿われているだけでいいと?」」
事実、婚儀前のリリアーナが居るこの後宮には、基本的にメイドや護衛を除いて後宮に入る女性以外が入室することは出来ない。夫となる皇帝であっても気軽に入ってはいけないとされているのだ。
大前提として、皇国の後宮は皇帝との婚儀を終えた皇后の後に解放され皇帝が選んだ側室達が入る女の園。婚儀を終えてしまえば、皇帝の管理下に入る。
まあ、そう考えている時点で俺も過去の模範に囚われているのだろうな。とヴィクトールは目を伏せた。
「いや、そういう意味では・・・」
リリアーナが皇城に来た時に、後宮の権限をリリアーナに。と指示したのは他ならぬ自分なのに。
ヴィクトールは未だに上手く御せない彼女との関係構築に頭痛を感じこめかみを押さえた。
瞬間、リリアーナの魔力が大きくゆらぐのが分かった。いや、リリアーナの、というよりはヴィクトールの魔力である。
リリアーナは初夜に向けて、ヴィクトールのあまりに強い魔力に慣らすため、毎晩医師により彼の魔力液を注入されているのだ。大分馴染んできたらしいヴィクトールの魔力(それ)が彼女から漏れ出している。
「っ、リリアーナ、落ち着いてくれ。セシル嬢と友になりたいのなら、それは構わない」
「・・・そうでした。セシル嬢にジョシュア様と結婚するように指示を出したのは陛下ですか?」
もう”ヴィクトール”という名も呼ばなくなったリリアーナを見て、深く重いため息をつく。
「いや、まあそうだが。それは、セドリックが婚約者を決めたと進言したからだ。結婚するというのに、奴の家に他の女性がいるのは、少し問題だろう?」
「それは、彼女の気持ちを知っていての事なのですか・・・?」
確かにこの件でヴィクトールに当たるのは間違っているだろう。彼の言う事は正しい。
結婚した男の家に、他の女が居たら誰だって嫌だろう。
けれど。それ以上に、リリアーナは心に傷を負っていたセシルの味方になってあげたかったのだ。
完全に私情ではあるが、セシルに何も告げず急に婚約を決めたセドリックにも、勝手にセシルに婚約を打診したヴィクトールにも怒っていた。
「・・・気持ち、とは」
リリアーナからの返答が、自分の想像していた物とは大きく異なりヴィクトールは目を丸くした。目の前の彼女の怒りは依然全く静まってはいない。
「セシル嬢が、セドリック様をお慕いしているという事、分かっていらっしゃいながらも、縁談を?」
「───は?いや、、うん・・・?」
正直、ヴィクトールは混乱していた。
皇帝陛下である彼が他人の、それも臣下の家族の気持ちを汲み取ることは皆無だ。セドリックの事はよく分かっているつもりだっだが、流石にセシルに関しては彼任せにしていたし・・・と彼は頭の中で考える。
「それはあまりにも突然だったようですね。彼女も急に陛下から振られた話に気持ちの整理が出来ていないようでした。もう少々お時間は頂けないのですか?」
「いや、その、、」
「せめて、彼女が気持ちをセドリック様にお伝えするまでは」
「それは、そうなのだが・・・、─────」
歯切れ悪く口をどもらせるヴィクトールにリリアーナは痺れを切らして立ち上がった。
そして、彼は観念して一言衝撃の事実を告げる。
「─────今日は、奴の初夜なのだが・・・、」
その瞬間、リリアーナの身体から、ヴィクトールの魔力が漏れ出した。
「───っ!なんですって?!今日が、、初夜?」
リリアーナは既に皇国の閨教育を受けている。
この国で貴族令嬢が”初夜”を迎えるという事は、つまりセドリックの相手の女性は『慣らし五夜』を既に終えているのだろう。
そして、初夜を終えれば、直ぐに夫婦となる。
「待て、リリアーナ、鎮めろ。自爆するぞ、」
いくらヴィクトールの魔力が馴染んではきているといっても、それは彼の魔力を今後受け入れるのに抵抗がなくなるという意味にすぎない。
それに彼女は魔法が使えないのだ。魔力の制御など到底できるはずがない。
リリアーナの瞳が光り、取り込んでいたヴィクトールの魔力が放出され部屋中に充満していく。
魔力制御できずに、完全に闇に吞まれているのであろう彼女の首筋にヴィクトールは手刀を落とす。
そして、彼女を気絶させた。
すとん、と力の抜けた彼女を受け止めて、部屋に充満した魔力を直ぐに自分の元へ集めるとシャルロッテを呼ぶ。
「シャル、魔力安定剤を持ってこい。あと、彼女が目覚めた時には傍にいてやってくれるか」
ヴィクトールはリリアーナを寝台に横たえてから、後宮を出た。
「・・・セドリック、お前、何を考えているんだ。」
彼の呟いた声はもちろんセドリックに届くはずはない。念話を使っているわけではないのだから。
ヴィクトールは首を横に振って、執務室へと歩き出す。もう成人した一人の男の決断だ。皇帝である自分が今更首を突っ込むわけにもいかない。
遅かれ早かれ、同じ展開にはなっていただろう。
そう単純に考えていたヴィクトールはその時はまだ知らなかったのだ。
この日の夜、セシルがセドリックに軟禁され囚われることになるなど。
初夜を迎える一人の男がそんな奇行に走るなどと、想像できるはずもなかったのである。
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