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第13話 街へ行きます

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朝食を済ませた後、一旦部屋でゆっくりしたら、いよいよ街へお出かけである。

身だしなみを整えて、玄関へ向かうと、玄関前にはダークブラウンの落ち着いた馬車が用意されていた。

うわぁ~、初めての馬車。馬車だー。
ワクワクしちゃう。
ケント様に手をひかれ、馬車に乗り込む。
馬車はゆっくりと走り出した。

きっといい馬車なんだろう。
車輪の音が小さく、揺れも想像していたほど揺れはしない。
それでも前後左右に振動があり、体に力が入る。

私の様子を見かねたのか、ケント様が自分の席に置かれたクッションまで私に渡してくれる。
ロナと護衛のダレンも真似してクッションを渡そうとしてきたけれど、そんなにいらないからね。そんなに置く場所ないから。
でもその気持ちが嬉しい。

窓から景色を楽しむ。
デリーノ伯爵領は王都から馬車で1時間ほど離れたのどかな場所であるらしい。
ポツポツと点在し、辺りは農地の場所もあれば、森が広がる地域もある。
森の木々は葉がシュっと尖っていて、針葉樹なのかな……
冬は寒い地域なのかもしれない。

景色が移り変わるので、窓の外をずっと見ていられる。

馬車の速度がゆっくりになり、道は石畳に。道沿いには家が立ち並ぶ地域に入った。
道の端を歩く人々が見える。
茶色、白、黒、灰色など落ち着いた色合いの洋服を着ている人が多い。

店内には明るい色合いのドレスを纏う女性がいるが、お付きの女性や護衛がすぐ側にいるので、貴族もしくは裕福な家庭のお嬢様なのかもしれない。

ロナが候補にあげていた落ち着いた色合いの洋服を選んで正解だったわ。
少なくとも洋服で目立つことはないだろう。

馬車が止まり、先に降りたケント様が手を差しのべてくれる。
商家の若夫婦って設定だったわね。
なんだか照れる。

石畳って結構歩きにくいものね。
辺りのお店に気を取られている私は,爪先を石の隙間にひっかけ、つんのめって転びそうになる。
その度にケント様が引っ張って、何とか難を逃れている。

「やはり女性は柔らかいな」
なんてケント様が変な発言をしたものだから、私とロナ、ダレンは変な空気に包まれる。

腕を引かれたので、もしや私の腕がプニプニしてた?大丈夫かな?と心配になる。
そしてなんだか恥ずかしくなる。
柔らかいって何? 柔らかいって。

やはりケント様は発言が残念な人である。
ケント様の発言は聞かなかったことにして、みなでスルーする。

そのまま歩いていると、ガラス細工の小物が並ぶお店をみつけた。
店頭に置かれたバラの形のランプがとてもキレイだ。
星座が掘られた大きな器もステキ。
棚の隅に置かれた気泡が入った小さなガラス入れ物が目にとまる。
気泡が入ったデザインなんて面白いな。
中が少しぼやけて見えるのも味があって好きだな。

突如 私が見ていた入れ物が持ち上げられて、誰かに奪われていく。
「あっ」
店内で声をあげてしまった。
慌ててペコリと頭を下げる。

茶色のエプロンをつけた店員が動かしていた。
誰かに買われたのかと入れ物を視線が追いかける。

「ふっ、ふふっ」
私の耳がケント様の小さな小さな笑い声をとらえた。

「リナ、心配いらないよ。あれが気に入ったんだろう?」
心配いらないって、どういうこと?と疑問に思っていると、先程の店員がやってきて、
「お買い上げありがとうございます」と、
ケント様へスカイブルーの包装紙に包まれたモノを手渡した。

えっ、私が目をつけていたのに、ケント様が先に買っちゃったの?
でも仕方がないか。
すごくステキな小物入れだったし、そもそも私はお金を持ってないし……

あっ、そうだった。
街へ行きたいと連れてきてもらったものの、私はお金を持っていないじゃない。
これじゃ買い物できない!
見ることしかできないじゃい!
どうしてそんな大事なことに今まで気がつかなかったんだろう。

店を出て、馬車に乗り込んだところで、
「リナ、はい、プレゼント!初めて街へ出かけた記念に」
珍しくキザなことを言って、ケント様がくれたのは、スカイブルーの包み。
あの気泡が入った小物入れだ。

「僕の仕事をサポートしてくれているお礼。ほんの少しだけど……賃金だ。これからの買い物に使ってくれ」と、濃い水色の小さなポシェットを渡してくれた。
中にお金が入っているのが見えた。

「えっ、いいんですか?ありがとうございます」
この世界で初めて手にしたお金。自分が働いて手にしたものだと示してくれたケント様の気遣いに嬉しくなる。
自分で稼いだお金なら気兼ねなく、好きなように使える。

ケント様、ダンス以外はダメダメだと思っていたけれど、いい人だ、素敵な人だ。
好きになってしまったら、好きになってさかまったら、どうしよう。

早速 ポシェットを肩にかけると、
「それじゃダメです。すぐに盗られてしまいますよ」とロナが肩から斜めにかけ直してくれた。
「必ず前にくるように、手で押さえるようにして持ってくださいね」と教えてくれた。

ケント様がプレゼントしてくれたポシェットだもの。
盗られることのないように、しっかりと持っておく。

それからは果実水を飲んだり、美味しそうな果物とクリームがはさまれたパンを買って食べたり、気軽な街歩きを楽しんだ。

デリーノ邸へ戻ってロナから聞いたのだが、
私たちの周りには怪しげな人がちらほらと様子を見ながら近寄ってきていたらしい。
だが、ダレンがするどく目を光らせてくれていた為、近寄ってくることはなかったらしい。

「ロナは怪しい人に気づいていたの?すごいね。私には全くわからなかった」と伝えると、
「こう見えても私、少しだけ武術の心得があるんですよ。そう見えないでしょう?普通の男性には引けを取らない自信があります」とロナは自慢げに胸をはった。




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