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第1章
#3
しおりを挟むいい年をして何も話せない自分の代わりに一通りカオリさんが病状を話すと、黙って聞いていた医師は言葉を発した。
「では、周藤さん。美澄さんと2人にしてもらえますか」
「えっ」
「えっ」
俺とカオリさんは思わぬ台詞に驚き、俺は思わず医者の顔を見てしまった。
「2人でお話させて頂きたいのです。私はアルファですが、隣室にベータの看護師が控えております。周藤さんは診察室を出たところにあるソファでお待ちください」
あ、勿論医療従事者用の抗フェロモンワクチンは打っていますのでご安心を、だなんて聞いてもいないことをにこやかに話す医者。
「いやでも先生、要くんは初めてですし……」
カオリさんが困ったように眉を寄せながら言うと、医者は穏やかにカオリさんを見る。
「初めてだからこそ本人からお話をお聞きしたいのです。彼でなければ言えない事もあるでしょう。プライバシーは守りたいので」
カオリさんは何も言えなくなり俺を見て「大丈夫?」と声をかけてくれた。
これ以上彼女を困らせる訳にはいかないと考え、俺は「大丈夫です」と返した。
カオリさんは心配そうな顔をしつつも「……外にいるからね」と安心するような声をかけてくれて部屋を出ていった。
看護師も気を利かせて隣室に移動してしまい、完全に俺と先生の2人きりだ。
一気に心拍数が増して、目を合わせられなくなる。
自然と、顔が俯き自分の手が視界に入った。
自分の右手薬指に付けられた、皮肉にも診察室が鈍く反射するシルバーリング。
「美澄さん。周藤さんから大体の身体的病状はお聞きしました」
「……」
「私はここではオメガの診療も担当しておりますが、実は一般の精神科も兼任しておりまして……。ですので今度は、美澄さんのお話をそういった意味でお聞きしたいのですが、よろしいですか?」
「……」
よろしくないです、帰ります。
そう言ってしまいたかった。言えるわけないけれど。
「美澄さん。ゆっくりでかまいません。この部屋が心地悪ければ別の診察室を開けさせます」
「……いえ、ここで、かまいません」
有無を言わさぬその言い方では俺はこう言うしかなくなる。
震える手と、冷や汗を感じつつ、目を瞑る。
「ゆっくりでかまいません。何も気にせず、こうなってしまった原因を大まかに。いちばん辛いと思うこと、苦しいと思うことを言える範囲で教えてください。喋り方も気にせず、思いついた言葉を吐き出すだけでもかまいません」
医師は穏やかに言う。
「……あの、」
「はい」
すかさず相槌を打ってくれる。
「話したくない時は、……どうしたらいいですか」
俺の言葉に、先生はキョトンとする。
睨まれるかな、なんて思って俯いていたら頭上で「ふふ」という笑い声が聞こえて思わず顔を上げた。
「あ、すみません。……正直に言っていただけて嬉しいです。では今日はここまでにしましょうか」
「え?いいんですか……?」
自分で言ったものの、そんなあっさり聞いてくれるとは思わなかったので驚くと、先生は笑顔のまま「はい」と答えた。
「言えないのではなく、言いたくないのであれば仕方ありません。無理に聞き出してすぐに回復するような事でもありませんし」
……そんなもん、なのだろうか。
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