【完結】end roll.〜あなたの最期に、俺はいましたか〜

みやの

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第5章

#2

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 「俺には、パートナーがいました」

 文月さんの声に、そっと顔を上げる。
 反対に彼は、自分の手を見つめていた。


「俺の元パートナーは、運命の番じゃありません」
 

 文月さんの言葉に、なんだか自分が言われたかのような感覚になり俯く。
 喫茶店の外では、病院に行く人たちがバスから降りているところが目に入った。

 黄色いヘルメットをゆるく被った小学生たちが歩道を駆けて行く。

 そのヘルメットが太陽の光できらりと反射して、目がチカチカして俺はまた、視線を戻した。
 
 彼は話を続けている。

「でも、俺が説得するように彼を自分のパートナーにしたんです。ヒートが起きた時に、うなじを噛んで」

 高校2年生の夏でした、と文月さんは淡々と言った。

 俺は自分が差し出した手のひらを見つめる。

 白くて頼りない手がそこに差し出されている。

 文月さんはほんの少し沈んだ声音で、言葉を続けた。
 
 どうしてこの人は、こんな淡々と自分の話ができるのだろうか。
 ……もう、感情を隠す方が楽になってしまったのだろうか。
 

「……幸せは確実にありました。相手も一応、合意だった。でも、彼に運命の番が現れたんです」

 
 パッと顔を上げれば、文月さんの表情は誰かを思い出すような静かな情が確かに滲んでいて……儚いと思った。

 文月さんは息を吐いて、テーブルに差し出した自分の手を握りしめて言った。


「番が二人になった彼は狂ってしまいました。俺とはパートナーを解消できたけれど、俺と過ごした日々が……後遺症になってしまいました」


 声は普通なのに、手だけは抑えきれていない何かを表すかのように、強く握られ震えている。

 からん、と氷がグラスに当たる。俺はふと思った。
 
 周藤夫妻も、俺を見ている時こんな気持ちだったのだろうか。

 痛々しくて、だと――。

 「後遺症……」

 俺の呟きに文月さんは頷く。

「だから俺は、精神科医になろうと思ったんです」

 彼のために、と小さく付け加えた彼の姿はなんだか小さく見えて、俺は何も言ってやることができなかった。
 手に触れることさえも、出来やしなかった。

「……浅はかで、傲慢な子供特有の稚拙な考えで医大に入ったんです。頭だけは良かったから」

 今のは、俺を笑わせるために言ったのだろうか。
 でも、俺は笑えなかった。

 自分の過去だって笑える距離にはまだないのに、勝手に人の過去を笑えるわけがない。

 文月さんは一瞬視線を窓の外にやったあと、再び顔を戻して言葉を続けた。


「ある時、彼の『本物の番』に言われたんです」


 文月さんは笑って、……ついに手を引っ込めた。

 引かれた手の血色は、あまり良くないように見えたのは、気のせいだろうか。


 
 
 ――『お前のせいで俺らの人生が狂ったんだ』って。



 からん、とお店の扉の開く音が聞こえ、またマスターの「いらっしゃいませ」の声が聞こえる。
 日常はいつだって繰り返される。

 どこかの誰かは言う。
 時が解決してくれる、と。

 でも……その時はいつ来るのだろうか。

 過去と現実の折り合いがつけられていない俺たちの温度差は、実は同じだったのかもしれない。
 
 自嘲気味に言う彼と俺の、違うところはどこだろうか。
 まるで俺と鏡のように自分を責めていた。
 
 ……彼もまた『本能』と戦っている。
 


(なんで、バース性なんてものがあるんだろうな……)
 


 そんなもんなければ、
 今頃俺は『大切な人を亡くしたただの人』になれたはずで、
 文月さんは『大切な人とずっと過ごせた人』になれていたはずなのに。
 
 

 テーブルの上には、俺の醜い手だけが間抜けにも手のひらを天井に向けたまま残され……冷えていった。


 

 
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