【完結】end roll.〜あなたの最期に、俺はいましたか〜

みやの

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第5章

#1

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 会うべきか会わないべきか。

 周藤夫妻に散々説得され、俺は今大学病院の近くにある喫茶店で一人項垂れていた。

 あのあともカオリさんが文月さんを呼ぼうとして止めて、今度は周藤が文月さんが嫌なら佐々木先生呼ぶぞ、と脅してきて止めるのが大変だった。

 二人を制止しながら、俺が「わかった!」と頷くまで同じことを繰り返されて、俺は勢いで「会ってやる」と頷いてしまったのだ。

 だがしかし。

「会うの、やだなぁー……」

 だって今までは、カウンセラー……というか医者だったから安心して身を任せられた。
 彼が俺と康祐さんの距離を守ってくれていたから、俺も彼と自分の距離を弁えようと思って身を引いたのに。

 ……いや、まあカオリさんに言われた通り康祐さんを言い訳にしていた部分もあるし、でも康祐さんを忘れたくない気持ちも本当だし。

 でもさ、本能が求めるほどの相手なわけさ。

 康祐さんが薄れるに決まってるじゃん……。
 人間の細胞は3ヶ月で生まれ変わるという。

 俺の体はもう、康祐さんが触れてくれていた細胞ではない。
 病院によって矯正された体で、本能が蝕んでいる朽ちようとしている貧相な体。

 だからこそ、心くらいはまだ康祐さんのモノでいたいじゃないか。

「はぁー……」

 喫茶店のテーブル席を贅沢に一人で使わせてもらいながら、俺はテーブルに突っ伏した。

 深く息を吐けば、動悸が治る気がした。
 もはや、なんの動悸か分からないけれど。

 カランコロ、喫茶店の扉が開いてマスターの「いらっしゃいませ」という声が聞こえる。

(やっぱ帰るか……いや、うーん)

 帰ったとしても、周藤夫妻にまた怒られるのは明白だし……。
 かと言って忙しいであろう文月さんを呼んでまで何を話すと言われたら、それもまた分からないし。

 告白するつもりがないのに、「俺たち運命の番ですよね」と笑って言うのはおかしいと思うし。

 (うーん)

 ってかなんか、甘い匂い?
 ……マスターがデザートでも作ってるのか?
 いや、やけに濃い気がする……バニラの香り……?
 
 テーブルに額を擦り付けながら考えていると、「あの」と聞こえる。
 一層濃くなった匂いに頭を悩ませながら、(俺か?)と思い、顔を上げた。

「え゛⁉︎」
「しー……」

 店内ですよ、と人差し指を口の前に持ってくるジェスチャーをしながら、我が物顔で俺の向かいに腰を下ろした。

「ふ、文月さん、なんで……」

 俺の問いに答える前に、そばに来ていたマスターに「アイスコーヒー1つ」と注文する。

 マイペースは変わらないようだった。

「美澄さんのご友人?の方から病院宛に連絡が入って」

(カオリさんだな……)

 あの夫婦の行動力と俺への信頼のなさに息を吐いた。
 申し訳ない気持ちのまま文月さんを見る。

 落ち窪んだ目、血色のない顔色。
 お揃いの不調具合に俺は鏡を見ている気分になった。

 でもなぜか、彼の甘い匂いが心地よくて母親に抱きしめられた時のような安心感が俺を包む。
 その匂いのおかげなのか、頭痛が引いていった。

(ちょっと眠い……)

 ふ、と体の力が抜けてソファ椅子に背を預けて文月さんを見る。

 文月さんもさっき見た時より、少しだけ落ち着いた顔をしていた。
 甘い香りが二人を包んでいるのが嫌でもわかった。

 何も知らないマスターは甘い香りに割って入り、コーヒーを文月さんの前に置く。

 からんっと氷の溶ける音が聞こえた。
 文月さんは一口ストローで吸って、「はぁ……」と深く息を吐いていた。

「あの……」
「はい」

 相変わらず単調でぶっきらぼうの彼は、甘い香りにホッとしているのかあまり頭が回っていなそうだった。
 眠そうに目を細めている。

 その姿がどこまでも俺と一緒で、思わず笑ってしまう。

「んふふ」

 俺が笑うと、文月さんは不思議そうな顔で首を傾げる。

「?」

 俺は「いえ」と言って、オレンジジュースを飲んだ。

「文月さんさ、部屋壊したりした?」
「部屋?」

 文月さんは一瞬、俺の台詞の意味を考えていたがすぐに思い当たったのか、クスッと笑う。

「部屋は壊しませんでしたね。……まあ、ペンは何本か折りました」
「ペン?」

 声を出して思わず笑えば、文月さんも堪えられなかったようで、くすくす肩を揺らして笑う。

「美澄さんは部屋を壊したんですか?」

 文月さんの問いかけに、俺は肩をすくめる。

「もうボロッボロです、賃貸なのに」
「賃貸なのに?」

 ふはっと文月さんが吹き出す。
 きっと俺らは今、頭が回っていない。

 お互いが寝不足と疲労と飢餓で、甘い香りに身を任せているだけなんだろうな。

「文月さん」

 俺は、自分の右手をテーブルの上に出して手のひらを上に向けて、文月さんが見えるようにした。
 

「康祐さんが言ってたんです。『手のひらを見せられる相手は、自分が心を開いてる証拠だよ』って」

 
 文月さんは俺の顔を見つめて、口を噤む。
 

「文月さんは、俺に手のひら見せられますか?」

 
 微笑みながら問いかける。
 
 文月さんは少し、黙り込んだあと今は白衣を着ていないのに普段、胸ポケットがある位置に手をやろうとして、止めていた。

 そのまま、俺の手の横に文月さんの手が並んだ。
 手の甲が向けられている。

 筋張った、綺麗な男性の手だった。
 周藤とも、カオリさんとも、――もちろん康祐さんとも違う。

 ……その白い甲を見ていたらなんでだろうか。

 康祐さんと喧嘩をした時以上に、どうにもできないほど、胸が痛んで苦しいと、思った。



 「俺の話を、しても良いですか」


 文月さんの言葉に、頷くしかなかった。
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