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第4章
#10
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それに本能を選んでしまったら、運命に抗いたいと戦ってきた自分たちを否定することにもなる気がして嫌だった。
「周藤たちには申し訳ないんだけど、やっぱさ……」
葉擦れの音を聞きながら、シマトネリコの花がもう咲いていないことに気づき、目を瞑った。
光を遮断すれば少し、頭痛が和らぐ気がしたから。
「やっぱ、本能に食い殺される――その方が俺らしくて、良いと思わない?」
わざとらしく笑って言えば、二人は何も言わず唇を噛んで俺を見つめる。
「こうやって衰弱するのも、もうそれが俺でさ。そうやって生涯を終えるの。たまにニュースで見るじゃんか?飢餓で亡くなったオメガの話」
だからベータ性への遺伝子組み換えが推奨されてるわけだけど。
「でも、俺あれいいなあって思うんだよな。自分の本当に大切なものを見失わなかった結果、亡くなったってだけだからさ。かっこいいじゃんね」
周藤は、なんとか声を出せたと言ったように搾り出すような声で俺に言う。
「……お前は良くても、相手さんはどうすんだよ」
本当の番は、一人で死なせるのか、と周藤は言う。
ふと、文月さんの顔を思い出す。
端正な彼の顔が歪んだところは見たことがない。
きっと、俺の知らない文月さんがたくさんいるはず。
そして彼にもきっと、バース性で苦労したことがあったんだろう。
エンドロールの話も、大切な人がいなきゃできないだろうと思う。
あの万年筆も、遠目からだけど名前が印字されているのが見えたことがある。
自分で印字などまあ、ほとんどしないだろう。
きっと彼にも大切な人がいるんだ。
邪推なんかではなく、俺の本能的な直感がそう思っている。
どういう関係性なのか俺が知る由はない。
知る意義もないから。
「……彼は顔もキャリアも揃ってんだから、どうにだってなるよ」
「それはお前の勝手な思い込みじゃんか」
周藤の少し怒った声に、俯く。
まあそう言われたたら、そうなんだけどさ……。
「要くん」
カオリさんの静かな声が、広場の賑わいを背景にして真っ直ぐ俺の耳に届いた。
少しだけ、顔を上げる。
カオリさんは、眉尻だけを下げ笑いながら言った。
「……もう、康祐さんを言い訳にするのは、やめようよ」
「え……」
カオリさんの言葉が、自分の中で噛み砕けなかった。
(康祐さんを言い訳に……?)
俺が?
……いや、それは……的を射ているかもしれない。
「康祐さんが要くんに言ったの?俺が死んでも、お前は俺の恋人でいろよって。そんな酷い人だった?」
カオリさんは幼子を諭すような優しい声音で、俺に語りかける。
いつの間にか俺の隣に来て、俺は周藤夫妻に挟まれる形でベンチに座っていた。
カオリさんが俺の手を握る。
「あたし、康祐さんと話してそんな意地悪な人には思えなかったなぁ。だって『俺に何かあったら要をよろしく』ってあたしに言ってくるような人だよ?」
そんな人がさ、とカオリさんは続ける。
「……要くんが本能に食い殺されるのを黙って見てられるかなぁ」
なんでだろうか。
康祐さんが亡くなってから、彼の知らなかったことが次々と分かるのは、少々皮肉すぎやしないだろうか。
俺は俯いて、カオリさんの手を無意識に握り返す。
俺と同じオメガなのに、俺よりも小さくて細くて華奢な女性の愛らしい手。
周藤が守っている、彼女の手は残酷なほど暖かくて優しい。
「康祐さんってさ、本当に要くんのこと大好きだったのよ。本当に愛してた。あなたたちは本当に本物の愛をちゃんと育んでた。それは、あたしとヒロくんが証明できる」
周藤は頷いて、俺とカオリさんの手の上に、自分の手を重ねた。
大きくてごつい手は、俺の手もカオリさんの手も簡単に包み隠してしまう。
土建屋になってさらに、ごつくなったかもしれないな。
「要。前に進んだって誰も何も思わねぇよ。本能に従う恋愛だって良いじゃん。俺にはできないから、羨ましいよ」
細胞レベルで惚れる相手がいるってさ。
と、周藤は俺の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「ま、カオリには俺で我慢してもらうけどなー!」
あっけらかんと言う周藤に、カオリさんは「ほんっと、なんで捕まっちゃったかなぁ」と笑っている。
俺はカオリさんを見た。
「ねえ、カオリさん」
「ん?」
優しく首を傾げる彼女に、どこか母親の面影を見た。
「……本物の運命の番が現れたら、どうする?」
俺の問いに、周藤の緊張が背中越しに伝わってきた。
その緊張が俺にも移った気がして。生唾を少し飲み込んだ。
カオリさんは、男二人の緊張感などないかのようにケラケラ笑い始める。
俺らが呆気に取られていると、笑いすぎて溜まった目尻の涙を拭いながらカオリさんは言った。
「こちとら本能に勝つつもりで結婚してんだから、食い殺される気なんてさらさらないわよ!」
かつての周藤と同じ満面の笑みで勝ち誇ったように笑うカオリさんが、太陽よりも眩しく感じた。
「周藤たちには申し訳ないんだけど、やっぱさ……」
葉擦れの音を聞きながら、シマトネリコの花がもう咲いていないことに気づき、目を瞑った。
光を遮断すれば少し、頭痛が和らぐ気がしたから。
「やっぱ、本能に食い殺される――その方が俺らしくて、良いと思わない?」
わざとらしく笑って言えば、二人は何も言わず唇を噛んで俺を見つめる。
「こうやって衰弱するのも、もうそれが俺でさ。そうやって生涯を終えるの。たまにニュースで見るじゃんか?飢餓で亡くなったオメガの話」
だからベータ性への遺伝子組み換えが推奨されてるわけだけど。
「でも、俺あれいいなあって思うんだよな。自分の本当に大切なものを見失わなかった結果、亡くなったってだけだからさ。かっこいいじゃんね」
周藤は、なんとか声を出せたと言ったように搾り出すような声で俺に言う。
「……お前は良くても、相手さんはどうすんだよ」
本当の番は、一人で死なせるのか、と周藤は言う。
ふと、文月さんの顔を思い出す。
端正な彼の顔が歪んだところは見たことがない。
きっと、俺の知らない文月さんがたくさんいるはず。
そして彼にもきっと、バース性で苦労したことがあったんだろう。
エンドロールの話も、大切な人がいなきゃできないだろうと思う。
あの万年筆も、遠目からだけど名前が印字されているのが見えたことがある。
自分で印字などまあ、ほとんどしないだろう。
きっと彼にも大切な人がいるんだ。
邪推なんかではなく、俺の本能的な直感がそう思っている。
どういう関係性なのか俺が知る由はない。
知る意義もないから。
「……彼は顔もキャリアも揃ってんだから、どうにだってなるよ」
「それはお前の勝手な思い込みじゃんか」
周藤の少し怒った声に、俯く。
まあそう言われたたら、そうなんだけどさ……。
「要くん」
カオリさんの静かな声が、広場の賑わいを背景にして真っ直ぐ俺の耳に届いた。
少しだけ、顔を上げる。
カオリさんは、眉尻だけを下げ笑いながら言った。
「……もう、康祐さんを言い訳にするのは、やめようよ」
「え……」
カオリさんの言葉が、自分の中で噛み砕けなかった。
(康祐さんを言い訳に……?)
俺が?
……いや、それは……的を射ているかもしれない。
「康祐さんが要くんに言ったの?俺が死んでも、お前は俺の恋人でいろよって。そんな酷い人だった?」
カオリさんは幼子を諭すような優しい声音で、俺に語りかける。
いつの間にか俺の隣に来て、俺は周藤夫妻に挟まれる形でベンチに座っていた。
カオリさんが俺の手を握る。
「あたし、康祐さんと話してそんな意地悪な人には思えなかったなぁ。だって『俺に何かあったら要をよろしく』ってあたしに言ってくるような人だよ?」
そんな人がさ、とカオリさんは続ける。
「……要くんが本能に食い殺されるのを黙って見てられるかなぁ」
なんでだろうか。
康祐さんが亡くなってから、彼の知らなかったことが次々と分かるのは、少々皮肉すぎやしないだろうか。
俺は俯いて、カオリさんの手を無意識に握り返す。
俺と同じオメガなのに、俺よりも小さくて細くて華奢な女性の愛らしい手。
周藤が守っている、彼女の手は残酷なほど暖かくて優しい。
「康祐さんってさ、本当に要くんのこと大好きだったのよ。本当に愛してた。あなたたちは本当に本物の愛をちゃんと育んでた。それは、あたしとヒロくんが証明できる」
周藤は頷いて、俺とカオリさんの手の上に、自分の手を重ねた。
大きくてごつい手は、俺の手もカオリさんの手も簡単に包み隠してしまう。
土建屋になってさらに、ごつくなったかもしれないな。
「要。前に進んだって誰も何も思わねぇよ。本能に従う恋愛だって良いじゃん。俺にはできないから、羨ましいよ」
細胞レベルで惚れる相手がいるってさ。
と、周藤は俺の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「ま、カオリには俺で我慢してもらうけどなー!」
あっけらかんと言う周藤に、カオリさんは「ほんっと、なんで捕まっちゃったかなぁ」と笑っている。
俺はカオリさんを見た。
「ねえ、カオリさん」
「ん?」
優しく首を傾げる彼女に、どこか母親の面影を見た。
「……本物の運命の番が現れたら、どうする?」
俺の問いに、周藤の緊張が背中越しに伝わってきた。
その緊張が俺にも移った気がして。生唾を少し飲み込んだ。
カオリさんは、男二人の緊張感などないかのようにケラケラ笑い始める。
俺らが呆気に取られていると、笑いすぎて溜まった目尻の涙を拭いながらカオリさんは言った。
「こちとら本能に勝つつもりで結婚してんだから、食い殺される気なんてさらさらないわよ!」
かつての周藤と同じ満面の笑みで勝ち誇ったように笑うカオリさんが、太陽よりも眩しく感じた。
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