【完結】end roll.〜あなたの最期に、俺はいましたか〜

みやの

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第8章

#5

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 ぼんやり陣痛室の扉を見つめていると、パタパタという足音が聞こえる。

「?」

 そちらに目をやれば、周藤がものすごい形相で走ってきていた。

「要!」

 でかい声で呼ばれ俺は思わず「しっ!」と言い返す。
 周藤はハッとした顔で口を押さえた。

 久しぶりにちゃんとみた友人の顔は泣き腫らしたのが丸わかりで俺は笑う。

「ぷはっ、」
「な!」

 笑った俺に周藤は心外だ、とでも言うような反応を示す。

「よかったな、周藤。おめでとう」

 笑ってそう言えば、周藤はまた涙の膜を張り鼻の頭を赤く染めながら言った。

「要」
「ん?」

 首を傾げれば、周藤は真剣な顔をする。
 似合わないな、と思いながら見つめ返した。

「抱っこしてやってくれないか」
「……ん?」

 言われている意味がわからず「お前を?」と眉を寄せれば「違うわ!」とチョップされた。

 俺は、もう一度「何を?」と聞く。
 周藤は困ったように笑った。

「俺たちの子供を、に決まってるだろ」

(お前らの子どもを……?)

「いやいやいや、俺抱っこできる立場じゃないから!気使わなくていいよ!なんならもう帰るしさ」
「要」

 周藤の眼差しは俺を見透かしているようで、今は少し怖かった。
 思わず目を逸らしてしまう。

「お前が、妊娠できない体質なのは……康祐さんから聞いてた」

(あの人、どこまで手を回してるんだよ……)

 天国の康祐さんにまた恨み言が増えてしまった、と思いながら「……うん」と返事をする。

 周藤は「でも」と言った。

「……でも、新しい命に触れるくらいいいだろ?あの子は、お前がカオリのそばにいてくれたから、生まれてきてくれたんだ」

 自分がそばにいてやれなかったことを悔やんでいるのだろうか。

「いや、俺がここまでできたのは、もうずっとお前たち夫婦に命を救われてきたからだよ。……だから、守りたかった。それだけだからさ」

 お前がいっぱい抱いてやれよ。と笑って肩を叩けば、周藤は気が狂ったのか、不意に俺をぎゅっと抱きしめた。

「ちょ、すど――」

「要、カオリの願いなんだ。今、待機してもらってる。お願いだから、一度でいい。抱っこしてやってくんないか」

 (カオリさんの?)

「カオリがナーバスだったのお前から聞いてたのに何もしてやれなかった。カオリ、陣痛室でずっと言ってたんだ。『要くんにも抱っこさせたいの』って」

「……っ」

「頼む、要。嫌がらせとか思わないでくれ。ただ、カオリの願いを叶えてやって欲しいだけなんだ」

 周藤はこう言ってるけど、結局きっと、新しい命を抱くことができない俺を気遣ってくれてるんだろうな。
 
 そうじゃなきゃ、他人に抱かせるなんて――。

「カオリさんは良くても、親族の方たちは……?」

 俺から体を離し、周藤は涙を袖で拭いながら「全員抱っこできたよ」と言った。

「行こう、要」

 周藤は躊躇う俺の腕を掴み、ついでにマスクを受け取った俺は何も抵抗できないまま分娩室へと入ることになってしまった。

 慌ててマスクをつけ、引っ張られるがままに部屋に入れば、親族らしき人たちが一斉に俺をみた。

「要くん……」

 疲れた声のカオリさんに、俺は自然と近づく。
 カオリさんはいつもの元気なカオリさんではなかったけど、笑って俺の手を握ってくれた。

「ほんとうに、ありがとう……。要くんのおかげで、げんきに、うめたよ……」

 汗でべったり張り付いた前髪を整えてやると、カオリさんは気持ちよさそうに目を細めた。

(命懸けで産んだ母親……)

 視界が滲む。
 疲労で辛そうなカオリさんの姿もだんだん、波に飲まれるように視界が歪んでいく。

「頑張ったね、……カオリさん」

 カオリさんは、くしゃっと笑って目に涙を浮かべた。
 
「……っ、うん」

 カオリさんは顔を周藤に向ける。

「……ヒロくん」
「ああ」

 周藤は意味が伝わったのか、助産師と何かを話して俺に青いビニール製のエプロンと帽子と手袋を渡してくる。

「つけて」

 有無を言わさない周藤の言葉に、俺は一瞬躊躇ったがカオリさんからも「要くん」と言われてしまったので、仕方なくエプロンたちをつけた。

 格好だけ見れば助産師とお揃いだ。

「じゃあ、首はこう支えて……」

 助産師は急に俺に赤子を渡してこようとするので俺は、慌てて落とさぬように受け取る。

「じゃあ離しますね」

 助産師はサバサバとそんなことを言うので、自分との温度差に戸惑う。
 
 ……でも、康祐さんと付き合っていた時、実は密かに赤ちゃんの抱っこ方法とかを検索しまくっていたから、抱き方はなんとなく知っていた。

 俺は、周藤夫妻の親族たちにも見守られながら助産師が手を離した赤子の重みを噛み締める。

 「……っ」

 腕の中でふにゃふにゃと、目を瞑ったまま小さな口と手を動かして生きている命がある。

 この重さは、何にも例えられない。
 どれに近い、だなんてわからない。

 ただただ腕の温かさ、赤子の体温が心にまで沁みてくる気がして、俺は涙が止まらなかった。

 なんで人の子供を抱いて泣いているのかわからない。

 友人の子どもだから?

 ……いや、違うか。

 俺は、自分の命を投げ出そうとした。
 自分の命を軽く見積もっていた。

 いざとなれば、死んででもカオリさんを守ると決めてそばにいた。

 でも違う。

 この腕の中の、まだお猿さんみたいなこの子どもの命が尊くて、清らかで儚いから、涙が出るんだ。

 必死にカオリさんのお腹の中で生きていたこの子に比べて俺は、まだまだ未熟だと痛感させられる。

「ふゃぁ……」
「……うん」

 自然と返事をしてしまう。

 なんで、だろう。

(こんなに小さい……壊れてしまうよ……)

 俺は、壊れないように涙で見えない子どもの顔を必死に覚えようとした。

「要」
「……っごめ、大丈夫……落とさないから……っ」

 泣いても拭えないから必死に止めたいのに、どうしようもない。

「……要くん」

 カオリさんの声に、俺は涙を流したまま、子どもを抱いて振り返った。

 

「……これからもその子と、生きていこうね」

「……っ」



 康祐さん。
 赤ちゃんってものすごく可愛かったよ。
 重さがね、軽いのに重いんだ。
 目が開いていないのに、必死に手と口を動かしててね。
 足首には『周藤カオリベビー』って書かれててね。

 ……康祐さんとの子ども、産んであげられなくてごめんなさい。

 こんなにも愛おしい存在を、分かち合えなくてごめんなさい。

 俺ばかり、幸せな思いをしてごめんなさい。

 あなたとの『命』もきっと、愛おしい重さだったんだろうね。

 ね、康祐さん……。



「……お誕生日、おめでとう」


 
 小さく呟けば、赤子は「ふゅ」と顔を歪める。
 泣き始めた赤ちゃんに笑いかけ、助産師に戻した。


 俺はその場にいた全員にお礼を言って「バイトがあるから」と嘘をつき病院から逃げるように帰った。
 
 

 
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