【完結】end roll.〜あなたの最期に、俺はいましたか〜

みやの

文字の大きさ
96 / 112
第9章

#3

しおりを挟む

「すみません、急に押しかけてしまって」
「本当ですよ。あんな勢いでインターホン鳴らす人、初めて会いましたよ」

 二人でカップやグラスにそれぞれ口をつけながら、軽口を叩く。

 そのやりとりになんだか懐かしい気持ちになる。

 僅かに鼻を掠めるバニラの香りに気付きながら、コーヒーのエッセンスとして楽しむくらいの余裕はまだあった。

(頓服飲んでおいて正解だったな)

 文月さんと自分の間の香りの中に、文月さんが焚いてくれた康祐さんへの線香の香りが混じる。

 半袖姿の文月さんの額には汗が滲んでいて、どうしてか焦って俺の家にきたことが分かる。

「今日はどうしたんですか?もう匂いがなくなってしまいました?」

 ホットコーヒーにした俺は、カップをソーサーに置き直して文月さんに問う。

 彼は「いえ、それは問題ないです」と相変わらず硬い口調で言った。

「じゃあどうして?」

 純粋な疑問をぶつければ文月さんは、僅かに眉を寄せて表情を歪めながら、バッと勢いよく頭を下げた。

(え)

 今度は驚きすぎて声が出なかった。

「ちょ、っと……どうしたんですか?」

 驚きすぎて喉が詰まり、変な言い方になってしまった。

 けれど、顔を上げない文月さんの肩に触れようとしたが、それはなんとなく怖くてやめた。

 また、ヒートが急にきてしまったり、強い香りを嗅いでしまったら俺は本能の元に欲を無理やり曝け出されてしまう。
 
 ……そんな醜い姿をこの人に見せたくなかった。
 
 文月さんは頭を下げながら口を開く。

「この間、中庭で朔と話していましたよね」
「え、ああ」

 なんだ見ていたのか。

 まあ、あの中庭なら院内の廊下からどこからでも見ることができる。

 文月さんが見ていても不思議ではない。

 文月さんはゆっくりと顔を上げて、きゅっと眉を寄せたまま下唇を少し噛んでいた。

「……俺、殴っちゃいました」

「ん?」

(殴っちゃいました?)

 この人の話題転換は唐突なんだよな。

 俺がため息を吐いて、文月さんを見つめる。

「ちょっと全く理解が追いついてないです。順番に説明してくれません?」

 そう告げると、文月さんはハッとした顔をして「そ、そうですよね」とやっと体裁くらいは取り繕う気になったのか、俺から顔をそらしてグラスにあるアイスコーヒーを一気飲みした。

(それそうやって飲むもんじゃないだろう……)

「お代わりいりますか?」

 そう聞けば、文月さんは「す、すみません」と、どっちとも取れる返事だったので、ちょっとムカついた俺は問答無用でお代わりを作りに行くことにした。

「それで?一体どうしたんですか?朔さんに何かありましたか?」

 キッチンから作業をしながら声を掛ければ、文月さんは「いえ」と返事をする。

「……なんでが美澄さんといるのかと思って結城さんに聞きに行ったら、あの人が仕組んだことだって知って……」

 (朔って呼び捨てか……)

 まあ元パートナーだもんな。

 手元で氷をグラスいっぱいに入れていく指先が冷えて少し痛かった。

「俺、カッとなって殴ってしまって」
「え?」

 その台詞に俺は思わず注ごうとしていた熱々の熱湯をこぼすところだった。
 
「な、殴ったんですか?結城先生を?」

 一旦ポットを置いてそう聞けば、文月さんは「はい」となんでもないような顔で言った。

(結城先生を殴った?なんで?)

 そう思いながらもとりあえず、目の前の作業に集中してアイスコーヒーを再び完成させてソファに戻る。

 どうぞ、という形式的なやりとりだけ済ませて「それで?」と話の続きを促した。

「なんで殴っちゃったんですか」

 そう聞きながら文月さんの右手を見ると、人差し指から薬指までの第二関節に絆創膏が巻かれていた。

(本当に殴ったのかよ……)

 まざまざと見せつけられ、尚更疑問の色が濃くなる。

 文月さんは喉が乾いていたのか、アイスコーヒーをまた煽る。

 カラン、と氷がグラスに当たった。

「俺の……あ、いや、美澄さんに何させてんだよってムカついて」
「え?」

 あっけらかんと言ったその台詞は特大爆弾ではなかったか?と、目を丸くするも、文月さん的には普通のことだったみたいで話を続けていく。


(特大爆弾を急に落とすのは血筋か?)


 と、かつての佐々木先生とのやりとりを思い出しながら、黙って文月さんの話を聞くことにした。
 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

たとえ運命じゃなくても、僕は

mimi
BL
「僕は自分の気持ちを信じたい。 たとえ運命から背を背けようとも」 音楽大学に通うΩの青年・相田ひなた。 努力家の先輩αと、 運命の番だと告げられた天才α。 運命か、愛情か―― 選ぶのは、僕自身だ。 ※直接的な描写はありません。

欠陥αは運命を追う

豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」 従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。 けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。 ※自己解釈・自己設定有り ※R指定はほぼ無し ※アルファ(攻め)視点

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡

泡にはならない/泡にはさせない

BL
――やっと見つけた、オレの『運命』……のはずなのに秒でフラれました。――  明るくてお調子者、だけど憎めない。そんなアルファの大学生・加原 夏樹(かはらなつき)が、ふとした瞬間に嗅いだ香り。今までに経験したことのない、心の奥底をかき乱す“それ”に導かれるまま、出会ったのは——まるで人魚のようなスイマーだった。白磁の肌、滴る水、鋭く澄んだ瞳、そしてフェロモンが、理性を吹き飛ばす。出会った瞬間、確信した。 「『運命だ』!オレと『番』になってくれ!」  衝動のままに告げた愛の言葉。けれど……。 「運命論者は、間に合ってますんで。」  返ってきたのは、冷たい拒絶……。  これは、『運命』に憧れる一途なアルファと、『運命』なんて信じない冷静なオメガの、正反対なふたりが織りなす、もどかしくて、熱くて、ちょっと切ない恋のはじまり。  オメガバースという世界の中で、「個」として「愛」を選び取るための物語。  彼が彼を選ぶまで。彼が彼を認めるまで。 ——『運命』が、ただの言葉ではなくなるその日まで。

ノエルの結婚

仁茂田もに
BL
オメガのノエルは顔も知らないアルファと結婚することになった。 お相手のヴィンセントは旦那さまの部下で、階級は中尉。東方司令部に勤めているらしい。 生まれ育った帝都を離れ、ノエルはヴィンセントとふたり東部の街で新婚生活を送ることになる。 無表情だが穏やかで優しい帝国軍人(アルファ)×明るいがトラウマ持ちのオメガ 過去につらい経験をしたオメガのノエルが、ヴィンセントと結婚して幸せになる話です。 J.GARDEN58にて本編+書き下ろしで頒布する予定です。 詳しくは後日、活動報告またはXにてご告知します。

王太子殿下は命の恩人を離したくない

まんまる
BL
セネシス王国の第一王子レイヴィンは、10歳になった時、父王から側近候補のエース公爵家のオリバー、スペット侯爵家の コルトン、そしてガナー伯爵家のサランを紹介される。 4人は親睦を深める中、自分達だけで街に遊びに行く計画を立て、実行した。 楽しい一日を過ごすうち、四人はかけがけのない親友になる。 しかし、王城へ帰ろうかという時、レイヴィンを狙った暴漢に襲われてしまう。 その時、レイヴィンを庇って犠牲になったのは、かけがえのない親友だった。 成長したレイヴィンは、事件の前と変わらない態度で接してくれる友への切ない気持ちが、罪の意識からなのか恋なのか分からず戸惑う。 二人が自分の気持ちに気付いた時、一度分かたれた人生がもう一度交わる。 受けに負い目がある王太子レイヴィン(α)×傷を負った伯爵令息サラン(Ω) 短いお話の予定です オメガバースは話の流れで触れる程度です Rは15程度ですが※付けます ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。 Xアカウント(@wawawa_o_o_)

処理中です...