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第10章
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「お邪魔しまーす」
周藤夫妻が俺の家の合鍵を持っているのと同じように俺にも合鍵が授けられていた。
それはカオリさんが妊娠して世話した時に預かったものだった。
声をかけながら靴を脱げば、室内からはミルクの匂いが充満していてなんだか少し、自分が場違いな気がしてしまう。
しかし来てしまったものは致し方がない。
差し入れ程度のものを手に持って、リビングへ行けば周藤とカオリさんはミルク作りやおむつ替えで、てんやわんやしていた。
「あ!要くん!お出迎えできなくてごめんねぇ」
寝不足なのだろうか。
すっぴんらしきカオリさんは、ボサボサの髪型でイロハちゃんのおむつ替えをしていた。
「いえ、勝手に入っちゃいました」
ビニール袋をかざして言えば、「いや正直助かる」と苦笑して言ってくれた。
台所に目をやれば、周藤がぼんやりしたままミルクを作ろうとしていて鍋でお湯を沸かしているところだった。
沸いたらしいその泡立つお湯の中にある哺乳瓶にそのまま手を伸ばそうとする周藤を見て、俺は思わず「おい!」と声をあげて周藤の手を掴む。
ビニール袋は落としてしまった。
周藤は俺の声にハッとしたのか、驚いたようにこっちを見て「へ、あ、要?」と戸惑ったように言った。
「大丈夫かよ」
そう言いながらとりあえず鍋の火を止めて、哺乳瓶掴みで救出してミルクを冷ますため空いてるスペースに置いた。
俺の声を聞いたのか、おむつ替えを終えたカオリさんが、リビングからこちらを覗きに来た。
「何今の声!」
焦った顔の彼女にも疲労の色が滲んでいて、俺は危機感を覚える。
「いや、周藤がちょっと寝不足みたいで……というか、カオリさんもだよね」
そう声をかけると、タイミング悪く赤子――イロハちゃんが泣きだしてしまい、カオリさんの返事を聞けないままになってしまった。
周藤を振り返ると、冷まし途中の哺乳瓶を見つめながらぼんやりしている。
「そんなにきつかったのか。ごめん、連絡無視しちゃってて……」
今更ながら罪悪感に駆られて俺は謝罪しながら周藤の肩に手を置いた。
本当は少し、羨望の気持ちがあった。
きっと今頃幸せな家庭を築いていて、赤ちゃんのおかげで賑やかに過ごしているんだろうって勝手な妄想で、俺は二人を孤独にさせてしまっていた。
「今日の夕飯、俺が作ってもいい?」
周藤に聞くと、彼はパッと俺の顔を見て「まじ?」と言った。
俺は苦笑しながら「うん。ちょい待って」と周藤に言ってカオリさんを覗きに行く。
「カオリさん、今日は俺が夕飯作ってもいい?」
そう言うと、イロハちゃんをあやしていたカオリさんは、「え、まじ?」と周藤と同じ反応を示したので思わず吹き出してしまった。
「うん。寒いし鍋にする?」
二人に聞こえるようにそう言えば、二人は声を揃えて言った。
「すき焼き!」
「すき焼き!」
呼応するようにイロハちゃんが泣き出したので、「お前もすき焼きか」とまだ小さい彼女に笑いかけた。
「要お兄ちゃんだよ、イロハ~」
カオリさんの声にイロハちゃんは全く興味がないようで、そっぽ向いてしまう。
その小さな頭だけ撫でて「じゃあ俺、買い出し行ってくるよ」と声をかける。
「冷蔵庫覗いちゃっていいし、そこにあるもの使っていいからね」とカオリさんに言われたが、俺は「はーい」と返事をして冷蔵庫を覗くことはせず、もう一度外に出ることにした。
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