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第10章
#2
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すき焼きといえばなんだっけ、と思い出すところからしなければならなかった俺は、自分が存外、食にこだわりを持っていなかったことを知った。
スマホで【すき焼き】と検索をして、やっと(あ、そういうやつだった)と思い返す。
そういえば、康祐さんとも何度か食べた気がする。
食材をぽんぽんカゴに放って、お肉は高いやつをたくさんカゴに入れた。
こういう時、働いていて良かったと思う。
自分だけだと、物欲もないからか金の使いどころがわからない。
イロハちゃんにも何か買ってあげたかったけど、今はまだ生後2ヶ月程度のはずだから他人が与えていいものがない。
(さっきチラッと見えたオムツでも買ってくか……)
いくらあっても大丈夫だろうし。
おむつ替えをたまたま見ていたおかげで、使っているオムツの銘柄とサイズが記憶に残っていた俺は、とりあえずそれを探して全部をレジに持って行った。
運転免許はあってもゴールド免許のペーパードライバーだから、周藤に車は借りず来てしまった。
それなのに確実に……。
「か、買いすぎた……」
両肩が抜けてしまいそうな重さに辟易しつつ、スーパーを出たところにあるベンチに腰をおろして空を仰ぐ。
もう真っ暗だなぁ。
この時間だと吐く息も、もう白い。
そんなことをしていても仕方がない。
「はぁー……」
行くか、と思いながら荷物を持ち立ち上がると、見覚えのある後ろ姿が目に入り「え」と小さく声が漏れる。
トレンチコートに黒い手袋をして黒いスキニーを着ている背の高い人物。
咄嗟に足が動いたけれど、そのまま駆け寄ってしまって良いのだろうか。
そう思っているうちに、行こうとしている場所が同じなことに気づいて、俺は遠く後ろから彼の後ろ姿を追いかける形になってしまった。
バス停に着けば、人間は自分たちしかいない。
トレンチコートの色がバス停の灯りのおかげでベージュだということが分かった。
バスが来るまであと10分程度。
「あの……」
控えめにそう声を掛ければ、読書をしていた彼は俺を見上げる。
「っえ、美澄さん?」
驚いた彼は目を見開きながら席を立つ。
「お久しぶりです」
そう言って笑うと、彼も律儀に「お久しぶりです」と言う。
何故か、どうぞ、といった仕草でバス停のベンチへ座るよう促される。
「ずいぶん、荷物が多いですね」
そう言われ、俺は頬をかきながら答える。
「今から友人の家で鍋をやるんです」
「え゛」
文月さんは至極驚いた、と言いたげに目も口もぽかんと開けて俺を見る。
俺はその表情の意味がわからず「どうしました?」と首を傾げれば、彼は決まりが悪そうに「あ、いや……」と動揺しまくっている。
しかし意を決したのか、俺に向き合って「実は」と言った。
何故かそのタイミングで、プシューっと音を鳴らしてバスが停まる。
俺たちは少し固まったけれど、バスの運転手の案内の声が聞こえたから、二人で顔を見合わせて「とりあえず乗りましょうか」と笑った。
文月さんは「半分持ちます」と言って、荷物を持って先に乗車した。
俺も追いかける形で乗車し、文月さんの隣の席へ腰を下ろす。
「ありがとうございます」
「いえ」
「それで?文月さんも家こっち方面だったんですか?」
続きを促すように問えば、文月さんは「いや」と少し躊躇いながらバスの乗客を見渡していたが、最後に俺を見た。
「実は、美澄さんの家に行こうかと思っていたんです」
「え゛」
今度は俺が驚きの声をあげる番だった。
しかし、バスの車内で上げてしまった声は意外にも響いてしまい、俺は誰にも見られていないのに頭を下げて口を押さえた。
文月さんは苦笑して「シー、ですよ」と言う。
(こいつ、ちょっと楽しんでるな?)
そう思いながら気を改めて、文月さんに向き直る。
「あ、でも俺……これから友人の家で鍋を作らなきゃいけないので……」
「そのようですね。また日を改めます」
「あ、じゃあやっぱり家は同じ方面だったんですね」
気まずい話題を転換させようとそう言えば、文月さんは「いいえ」と首を横に振り「反対方向です」と言った。
「へ、いや、え、今は?」
なんで同じバスに乗っているのかと聞けば、文月さんは俺の持つビニール袋とオムツを指差した。
「半分持って送って行きますよ。乗り掛かった船ですから」
そ、それは……。
「それは申し訳がなさすぎる……」
そう項垂れると、文月さんはくすくす笑って「あと、」と付け足した。
「美澄さんといると、頭痛が和らぐので」
「……っ」
そう言われたら、俺もそうだ。
というか当たり前の反応なのだ。
運命の番、ってやつなのだから。
今俺にヒートが起きていないのは、念の為最近は頓服を飲んでから外に出ているからだ。
今日ももちろん、バイト中にアルファらしき客が来た時に一応飲んだ。
頓服も残りわずか……。
「……俺も、寝不足が解消されそうです」
そう小声で伝えれば、文月さんはクスッと笑って「ですね」と言ってくれた。
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