赤に咲く

12時のトキノカネ

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「何で貴方がいるの?!」

イツの姿を見たレーシアがヒステリックな悲鳴をあげる。
それにイツが一瞬顔を顰めるが、予想内だったのか直ぐにいつもの柔和な表情に戻りレーシアに微笑む。

レーシアは握り締めた毛布だけが唯一自分を守る壁のようにベッドの端によってまるで暴漢を見るように青ざめている。そんな目で見られたことのないイツは怯むが突然、あまり親しくない男性が部屋にいる状況に女性が驚くのは無理はないと理性で自分を諭し好きな相手の真っ向からの拒絶に落ち込みそうになる自分を励ます。

「えっと、寝起きで悪いんだけど昨日ギルド前の食堂に来たのは覚えている?」

完全拒絶の呈のレーシアにぎこちない口調で確認を求めてくるイツにレーシアは記憶を手繰り頷いた。

「よかった。で、俺にビンタしたのは覚えてる?」

記憶にあった。というか昨日は仕事終わりにあの忌まわしい噂と職を失ったショックで半ば真っ白になりついで訪れたイツへの怒りで殆どそれだけでレーシアの心を占めていて周りを見る冷静さなどすべて失って普段なら考えられない治安の悪い場所にある冒険者ギルドの屯する食堂へたった一人で怒りに任せて押しかけたのだ。おとなしいレーシアの普通なら考えられない行動だ。
まず男性に会いに行くなんて考えられない。

しかも場所は荒くれ者が集うギルドの男たち御用達の食堂。
普通の血なまぐささとは無縁の生活を送るレーシアのような女性が堂々と入るような場所ではない。

さらに会いに行ったのは噂でもちきりの相手であるあの整いすぎた綺麗な顔で女をはべらせハーレムを築いているという女の敵のようなイツだ。
冷静さが僅かにあれば会いに行けば噂に油を注ぐようなものだと理解できる。
それさえも忘れてただ怒りのままにイツがいるだろうイツたちのたまり場の食堂に押しかけイツの姿を見て爆発した怒りにイツを叩いた。

その記憶は鮮明でレーシアも忘れていない。

でもそこから自分の家にイツがいる。その状況まで繋がらないので困惑していた。
こんな親の敵のようなにくい相手が家の中にいるなんて。
一つ間違えば恐慌を起こしかねない状態にレーシアはいた。

「君は俺にビンタした後、俺の胸倉をつかんで嘘つきと怒鳴ったんだ。そしてその後、泣き崩れて何事かわめく様につぶやいた後、意識を失って倒れたんだ」

そうだ。たった数時間であまりにも替わった自分の置かれた状況と激しい怒りに飲まれてレーシアは精神の消耗のピークを超えて、意識を失った。
なんとなく理解できた。

「だからってどうして貴方が私の家にいるのよ」

「倒れた女性をそのままにしておけないよ。命に別状はなさそうだったし、俺が抱き上げて君を家まで連れてきたんだ。鍵は大家さんが貸してくれた。君は倒れた後、熱を出したから一晩看病した。それがこれまでの経緯だ。大丈夫?理解できる?」

大家さんに鍵?

一晩看病?

ここまでイツが私を抱えて移動してきたの?
イツはこの街では有名人だ。当たり前だ、この街の主の領主の三男というだけで人は萎縮してしまうし何か粗相が合ったらと顔を覚えて近づかない。
その上で冒険者としてSクラスという最上級で強いと有名だし、イツを英雄呼ばわりして崇める連中もいる。
さらに持ち前のその端正な顔から女性は群がるし色恋の噂はいつもイツの周りで繰り返されて話題持ちきりだ。

そんな男性に街の中で抱き上げられているだけで一日でその子は町での有名人になる。さらに家にまで来て、いつも碌に出てこない大家が出てきて対応したなんて結構な騒ぎだったのではないか。そして部屋に入り…、イツは一晩看病したという。つまり一晩、未婚の男女が一つ屋根の下過ごしたことは明白。

あのとんでもない噂でレーシアはイツの女呼ばわり。

その状況下で、これでは

あーもう一度気絶しそう。

レーシアがそらを仰ぐのも無理はない。


恥ずかしさと絶望で、死んでしまいたい。



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