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俺の滑舌がやばすぎる

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「次から気をつけてくださいね。こちら、会計になります」

 店員さんの冷たい視線が胸に突き刺さる。
 伝票を貰ったアルが目を丸くしているので、おそらくランデルの酒代が高くついたのだろう。
 ここの勘定は俺が代わりに立て替えておいて、明日水増しして請求してやるとしよう。

「けっきょうしゅりゅ?」
※結構する?

「えっ? はっ、はいっ! アルは、勇者様と……結婚するっ・・・・・!」

 ……ん?
 そうじゃないんだが?

「「「うおおおおおおおお! めでてえじゃねえか!」」」

「皆さん、ありがとうございますっ!」

 ……んん? 
 俺は、会計がいくらになったか聞いただけなんだけど。
 おい客、「坊主、一杯奢るぜ!」じゃないんだよ!
 俺の意思とは関係なく物事が進んでいく。

「勇者様、幸せになりましょうねっ!」

「……しょうぢゃにぇ」
※……そうだね

「「「若い二人の素晴らしい門出を祝って、皆で乾杯しようじゃないか!」」」

 アルが、嬉しさ一杯の笑顔を浮かべて抱きついてきた。
 いい匂いがするし、肌が柔らかくて気持ちがいいのだけれど、とてつもなくまずい状況になっているのは理解している。
 でも、あらがえるわけがない。
 同じシチュエーションで断れる男が居るのなら紹介して欲しいくらいだ。

 周りの客が全員、優しい顔で拍手を送ってきている。
 さっきまで怒っていた店員までもが、「おめでとうございます!」なんて人の気も知らずに祝いの言葉を投げかけてくる。

 全てを諦めた俺は、会計を済ませてアルと二人で酒場を後にした。
 今は何も考えたくないというのと、ゲロ掃除をさせられたことに少し腹が立っていたのもあり、ランデルは置き去りにしてきた。

 いい大人なのだから自分の足で帰れるだろう。
 明日になれば、いつも通りのランデルに戻っているはずだ。
 勇者と共に魔王を討伐する大隊を率いる大隊長の老兵として、責任感のある言動を見せてくれると期待している。

 宿に戻り、受付に一人宿泊者が増えることを告げて追加の料金を払うと、ダブルベッドがある別の部屋に変更してくれた。
 部屋に入ってベッドで横になると、体中から疲労を感じた。
 精神的な疲労九割、肉体的な疲労一割といったところだろうか。
 隣に潜り込んできたアルと少し会話をしていると、いつの間にか眠りについてしまった。

 朝起きると、久しぶりにベッドで寝たからか清々しい気分だった。
 大きく背伸びをして体を左右に倒してみると、長旅で溜まっていた疲れやコリが取れていた。
 色々ありすぎて配信の事をすっかり忘れていたのに気付いた。
 半日ぶりに配信を再開しようとすると、やけに待機人数が多かった。
 一度離れた視聴者が戻って来る事はほとんど無いに等しい。
 おかしいとは思ったが、配信を始めた。

勇太:おはようございます。
コメ:挨拶はいいからアルテグラジーナちゃんの事を教えろ!
コメ:今日も同じ店に行ってアルテグラジーナちゃんを指名しろ!
コメ:お前みたいな弱小配信者があんな美人とお楽しみだったなんてマジでムカつく! 氏ね!
コメ:お金ならいくらでも払います。アルテグラジーナちゃんとパーティーを組んで下さい。
コメ:それいいな! 一緒に冒険しろカス!

 酷い言われようだ。
 ふと横を見ると、布団から目元だけを覗かせた美しい女がこちらを見ている。
 昨晩の出来事が現実であると再認識させられ、どうしたらいいか分からず頭を抱えてしまった。

「おはようございます、勇者様」

「うん、おひゃよう」
※うん、おはよう

 挨拶をするのは気分がいいものだ。
 今日も俺は現実逃避を貫こうと思う。

コメ:うらやま死刑!
コメ:誰かこいつの所に行って罪をつぐなわせろ!
コメ:氏ね! マジで氏ね!
勇太:アルは、炎眼の死神アルテグラジーナという名前の四天王です。
コメ:アル呼び許せん! ふぁっ?
コメ:四天王?www
コメ:お前の冒険滅茶苦茶じゃねえか!w

 一気に視聴者数が伸びて一万人になった。
 登録者数は十五万人を超えている。

 宿から出て、馬車を守る大隊が待つ方へ向かうと、遠くからでも分かるほど綺麗に隊列を組んで待機していた。

「みんにゃ、おひゃよう!」
※皆、おはよう!

「「「勇者殿、おはようございます!」」」

 やはり、挨拶は気持ちがいい。
 清々しい一日の始まりを感じさせてくれる。

「ありぇ、りゃんぢぇりゅは?」
※あれ、ランデルは?

「はっ! まだ見えておりません。勇者殿と一緒だったのでは?」

 騎士の一人が答えてくれたが、あの後ランデルがどうなったのかを俺は知らない。
 何も知りたくない。

 金ピカ鎧に着替えさせられたが、ランデルが現れる気配は一向に無かった。
 しばらくすると、ランデル捜索部隊が結成された。

 街の中から、ランデルを呼ぶ声がする。
 いい歳をした大人が迷子扱いだ。
 酔いつぶれて倒れたハゲジジイを無理やりにでも宿まで連れて帰るべきだったかもしれない。

 自分の行いを反省していると、遠くに、両脇を抱えられた青い鎧の男が見えた。

 ランデルが、真昼間の大通りを無理やり引きずられるようにズルズルと歩いてくる。
 うな垂れた老兵のハゲあがった頭頂部は、鏡のようにキラキラと陽光を反射し、見るも無残な姿であった。
 哀愁あいしゅうが漂うその光景を見ていると、なんだか悲しくなってきた。
 昔、親族が集う飲み会で、親戚のおじさんが同じような状態になった時、「人間、ああなったらお終いだよ……」と父親が言っていたのを思い出した。
 ふと隣のアルの横顔を見ると、ゴミを見るような目をしていた。

 隊の近くまで来たランデルは、支えてくれていた両脇の騎士に小さく礼を言い、千鳥足ながらも自分の足でやってきた。

「りゃんぢぇりゅ、ぢゃいぢょうびゅきゃ?」
※ランデル、大丈夫か?

「ユートルディス殿、一度城まで帰りましょう! なんかもうよく分かりませんので、とりあえず王に頼ることにします!」

 ぶっ壊れちまった……。
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