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「あー、夏休みだってのに補習なんて行きたくないよ。」

 俺、黒川 夜(くろかわ よる)は照りつける太陽の光に目を細めながら俯き不満をもらす。

 高校2年生の夏、数学のテストでひどい点数(詳細は秘密)を取ってしまったせいで、教師の愛川かえで先生から補習を言い渡されてしまった。

 俺の他にも3名の生徒が補習を受けるらしい。教科が分かれているので、生徒と教師の地獄のマンツーマンだ。

「これから2週間、8時から15時までみっちり勉強だなんてどうかしてるよなー。」

 進学校である白新高校に通う俺は、数学以外は普通になかなかの出来(と思っている)であるのだが、数学だけは苦手だ。

 だって生きてく上で使わなくね?

「言い訳だけどねー。はぁー……。」

 20分ほど歩くと高校に着く。ワイシャツの下に着た、母親がスーパーで買った安物の肌着にうっすら汗がにじんできていた。

 10分前に教室に着いた俺は不本意ではあるが教科書とノートを机に広げ、先生を待つ。携帯電話を持ってきてはいけないということで、家から持ってきていた漫画を読みながら時間をつぶしていると、

 ガラガラガラッ……

 教室の入り口が開いた。

 入ってきたのは愛川先生と……誰だ?

 愛川先生の後ろには、艶やかな金髪に、この世のものとは思えない美しい容姿をした見知らぬ女性がいた。

 その女性は先生の右肩に右手を乗せ、こちらを薄ら微笑みを浮かべ、見つめていた……。

 何故か先生の目は焦点が合っておらず、こちらを見ているようでどこか別の場所を見ているようだった。

 なんかやばくないかこれ……。

 心の中で逃げる準備をする。

 幸い夏の日射を避け、窓から遠く出口に近い席に座っていた。

 ふいに先生が口を開く。

「黒川ぐん……ぎょうヴぁ補習し、じます。頭の悪い子はいでぃまぜん!」

 ヨダレを垂らしながら怒気の混じった声だった。

 明らかに様子がおかしい。

 俺は恐怖を感じ、逃げ出そうと席を立った。

「あら、補習はまだ終わっていませんよ?」

 金髪の美しい女性が、琴を弾いたような、透き通った声で喋りかけてきた。

 まるで心に直接呼びかけてくるような、脳に刻み込まれるような。

 そんな美しさのある声だった……。

 直前まで走り去ろうとしていた俺は、何故か席に座ってしまっていた。

 先生の右肩を掴んでいた手を離すと、先生は崩れるようにその場に倒れてしまった。

 俺は駆け寄ろうとしたが体は動かない。

 ゆっくりとした足取りで絶世の美女が歩み寄ってくる。

 こ、こわい……。

 体が言うことをきかず、逃げたくても逃げれない。

 膝がガクガクと震えている。

 美女は俺の机の前に立つと、

「大丈夫ですよ? 何も怖くはありませんから。」

 と、世の男性なら誰でも虜にしてしまいそうな微笑を浮かべた。

 右手をこちらにゆっくりと近づけ、俺の頭に触れた。

「あ……。あぁぁ……。」

 恐怖で自分の口から勝手に声が出る。

 脳が限界を迎えたのか、そこで俺の意識は途切れてしまった。
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