ヴァルキュリア・サーガ~The End of All Stories~

琉奈川さとし

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ママ

第七十九話 守るべきもの③

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 僕は街道を駆けめぐった。巨大飛行艇アルキメデキスから距離と角度を測り、相手の姿が見え、また、正確な弾道が取れるポイントを探す。

 何せ相手は空高く飛んでいる、なら重力を考慮して軌道を測定しなければならない。丁寧に銃の照準で調べていると、側面を取るに最低でも最適な2階建ての一般家屋が必要であり僕はそれを見つけた。

 僕はかんぬきを、L118A1を発射して壊し、扉を蹴破る。

「なんだ! 誰だお前は」

 家屋に住む家族が食事中だった。問答する暇はない、それに僕と現地人では言葉が通じない、なら実力行使だ。父親と見える男の頬をかすめるように、銃を放った。

 石造りの家に銃声が木霊こだまし轟音になる。飛び上がり驚いた父親と母親と息子は、叫びながら奥の部屋に引っ込み、扉を閉めた。……そうだそれで良い。

 僕は急いで二階へ続く階段を上った。廊下の右手と左手に部屋がある。方角を確認して、左手側にある奥の部屋の扉を蹴って、中に入った。人は誰もいない。

 どうやら子ども部屋のようだ、ベッドと粗末な棚とおもちゃらしきものがある。中を見分し、おあつらえ向きに窓は正面にある。外から見た構造とほぼ一致する。窓の戸を開けようとするが、戸が下から30度余りしか上方にしか開かない。

 銃で扉の片方のちょうつがいを壊し、また、粗末な戸だ、ぶら下がった木の窓部分を、力任せに引きちぎると壊れた。それを家の外に捨てて、アルキメデキスを見あげる。

 ちょうど角度的にヴィオネスが見えた。距離はおよそ450~480メートル、距離は遠いが角度的にこれなら今の僕なら精密狙撃が可能だ。

 僕はベッドを横に立てて、上に布団を丸めておく。その上にL118A1の銃身バレルを置いた。銃の発射の反動を和らげるためと、長い銃身バレルを固定するためだ。
 
 スコープをのぞく。もちろん僕は光学機器は作れない、ただのプラスチック板でのぞいても役立たずだ。だが照準を合わして、目標の確認はできる。
 
 ヴィオネスの上半身を狙うか。いやここからだと側面だ、弾道は重力に沿ってずれていき、角度的に腕に当たって、上半身に届かないかもしれない。

 照準を下に持って行く。優秀なスナイパーは良いポジションをとった場合、銃を設置した時点で仕事は終わっている。後は照準を合わせて引き金トリガーを引くだけ。

 一つ呼吸をし、心を静める。僕は鋼の心臓をもっている、そう暗示をかけ、引き金に触れる。銃とからだが一体になる感覚、そして訪れる静寂。

 一秒が幾万秒に凝縮され、自分の心臓の鼓動すら遅い。──なんという神聖な静けさだ! この瞬間、僕はこの戦場の支配者だ、脳内でドーパミンが騒ぐが、この一体感は解けない。

 獲物がスローモーションで動く、そして瞬きするのも惜しんで、目標と照星が一致したその時、引き金トリガーを絞る。
 
 一気に撃鉄が上がり撃針がカードリッジの雷管を激しく叩く。薬莢やっきょうの中で無煙火薬が発火し燃焼し、ガス爆発が起こり、弾丸が銃口へと強靭な運動エネルギーを得て飛び出していく。

 旋条せんじょうに刻まれたライフリングに影響されて回転しながら直進し、弾丸は銃から外へ発射される。その刹那、鼓膜を切り裂かんばかりの銃声が鳴り響いた。
 
 そのスピードは850メートル毎秒。0.5秒ほどでヴィオネスの足へと届く。すぐさまヴィオネスの左足がふっとんで体が崩れ落ちる! そのような小さな影を僕は見た。

「グハッ⁉」
 
 足らしきものは天空の彼方に飛ばされ、ヴィオネスはいつくばって、少しうごめき、アルキメデキスが傾き、滑り落ちるように転がっていく。
 
「グアアァ――――!!」

  街中に響く絶叫、なんとか両手でアルキメデキスにしがみついたようだ。右足を懸命に動かし斜面を上ろうとする。
 
 手ごたえを確認し、僕はボルトハンドルを掴みボルトレバーを引き排莢はいきょうをする。弾倉マガジンから持ち上がったカードリッジをボルトレバーで押し込み装填そうてんした。

 照準を合わす。後は引き金トリガーを引くだけ。鉄の心臓は銃身バレルとつながっている、そして僕の魂のおもむくままに引き金トリガーを絞った。勢いよく回転しながら飛び出す弾頭、瞬く間に、ヴィオネスがのぼろうとして上げていた右足がふっとぶ。

「ガアアアァ――!!」

 悲鳴に近い絶叫、空気が張り詰める。気づかないうちに僕は汗をかいていた。呼吸をコントロールし、照準をヴィオネスの背中の心臓部に定める。

「終わりだ」

 引き金トリガーを絞った瞬間上半身の一部がふっとび、肉片と血が飛び散る影を見た。アルキメデキスが消え、ヴィオネスとルリアははるか彼方、地面へと落下する。僕は窓の四角形から顔を出して確認する。
 
 冷たい風が僕の前髪をなでた。街の空気に散りばめられた絶叫と血。空は紅に染まり、花火のように広がった後、空は蒼く屹然きつぜんとし、赤色はすぐさま消えった。残ったのは僕の手の中にある鉄の銃のみ。

「──お前は罪も無き子どもとメリッサを傷つけた、その瞬間こうなる運命だったのだ……!」

 僕はそう言いながら自分の心を戒めつつ、仕事を終えたことに自分の女神に感謝し、落ち着いて民家を去る。……後は奴が死んだか確かめるだけだ。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 視点は変わり、哀れな敗北者へと移す。

「くそっ! なんで俺がこんな目に」

 両足を奪われ地を這うヴィオネスは血を吐いていた。このままだと死ぬ、と、恐怖に駆られながら、できるのは血を流しながら石畳の道をいずるだけ。

 狭い暗がりから人の気配を感じる。もう奴がやってきたのか、流石に彼は観念したかのように力が抜け冷たい床に横たわった。

「生きたいか?」

 脇道の影から声がする。記憶をたどるが聞き覚えのない声だと彼は思った。声は低く、落ち着いた男の声だった。ヴィオネスはのどから絞り出すように告げる。

「当たり前……だ! こんなところで……死んでたまるか!」

「君の才能は素晴らしい! だが持つべき経験と判断力が欠けている。その才、持て余している。なら私が使ってやろう」

「あいつに勝てるのか……? なら……何でもする! こんなところで……俺は死なん……!」

 ヴィオネスは声の元に近づこうとする。きらびやかな金属の装飾物に身につけた男が立っていた。

「よかろう」

 影から手が差し出されヴィオネスの体にふれる。すると、血が流れなくなった。奇跡だ、これは神からの啓示かとヴィオネスは思いふける。

「これは一体……? 俺は……生き延びられるのか……⁉」

「そうだ、神はお前を見捨てはしない。ようこそ、教会団へ。ヴィオネス君、きみを歓迎するよ」

 そう言って頬のこけた中年の男性の神父が影から現れた。神は見捨てなかった、例えそれが無邪気な殺戮者さつりくしゃだとしても。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 僕はヴィオネスの血の跡をたどり、途中で途絶えていることから、奴が死んで消えたと確信した。安心してメリッサと女の子の元へと足を運ぶ。
 
「おじさん~!」
 喜んだ声を上げながら、女の子が抱きついてきた。

「終わったのか」
 メリッサは低くハスキーヴォイスで静かに確認するものだから、少しぞくっとした感覚で刺激される。だが平然と僕は頬笑みを返す。

「ああ、確認した。ヴィオネスは死んだ」
「……そうか、今回もよくやった、見事だ」

 木箱に座っていたメリッサはゆっくり立ち上がる。

「もう怪我は大丈夫なのかい」

「母親がこのくらいでへばってたまるか!」
 冗談めかして言ったが、言葉に出すと照れてしまったのか、彼女は苦笑した。

「ママ~!」

 今度はメリッサのほうに女の子は抱きつく。

「よしよし、怖かったな。もう大丈夫だ」

 メリッサが優しく女の子の頭をなでる姿を見て、僕は頬が緩む。どうやら今回の一件でメリッサもこの子に愛着がわいたらしい。非常に喜ばしいことだし、僕も嬉しい。

「そう言えばお前、名前がまだ思い出せないのか?」

 女の子は小さく自信なさげにうなずく。

「そうかなら私が名前をつけてやろう。その黒い瞳、柔らかな黒髪、芯の強そうな眉、みんなに愛される小さな唇、そうだな……ナオコでどうだ?」

 ナオコ、その言葉を聞いたとき耳を疑った。心が張り裂けんばかりに、心臓が高鳴る。

「メリッサ……それは……!」

 僕の胸が締め付けられた。その名前は……。日向ひゅうがさんの……。

「ナオコ……?」

 女の子は可愛らしげに首を傾ける。そして満面の笑顔で、

「うん! 私、ナオコ! ママありがとう!」

 と言った。メリッサはそれを笑いながらやさしくとがめる。

「お礼ならパパに言うんだ」
「パパ?」

 メリッサは僕の方を指さす。ナオコはこちらに走ってきた。

 「パパ! ありがとう!」

 じんと響く言葉だった。パパ、温かな響き、和やかな静寂が訪れ、再度心の中でその響きを味わう。

「──そうだ僕は君のパパだ! ははは」

 僕はナオコの黒髪をなでた。そして宿へと戻るため、僕とナオコとメリッサで手をつなぐ。

 この異世界で孤独から見つけた家族。そう僕らは家族なんだ。僕が失くした家族、それが今手に入った。僕はそれを大切にしたい、例え、この世界がどんなに残酷でも、僕の綺麗な宝物達を守る。絶対に僕は守り続ける。
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