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高田屋三代目の襲名披露があった翌年の春、清右衛門の姿は、江戸にあった。
清右衛門の俳句の同志であり、盟友の松田壮雪が句集を発行するということで、祝賀の会席に招待されたのだった。
清右衛門は、扇吉を伴って、出席した。
「壮雪先生、この度は、おめでとうございます」
「静風さん、はるばるお越しいただき、ありがとうございます」
「何の、御礼を言わなければいけないのは、私の方でございます」「この度は、私の拙句を歌集に入れていただき、光栄の極みに存じます」「本当に、ありがとうございます」
「いや、静風さんの句のおかげで、私の句集にも花が添えられた、と言うべき」「感謝しております」「おや、そちらは」
壮雪が、清右衛門の後ろを覗き込みながら訊ねた。
「ああ、これは扇吉さんではございませんか、見違えました」「その節は、大変お世話になりました」
「こちらこそ、その折には、いろいろ俳諧の心を教えていただき、ありがとうございました。この度は、本当におめでとうございます」
「ありがとう。しかし、扇吉さん、また一層ご立派になられて」
「いえ、何事においてもまだまだでございます」「これからも、ご指導よろしくお願いいたします」
「湘風先生、ご自慢の甥子さんですからな」
清右衛門が割って入った。
「そうそう、今回、先生にお招きいただいたおかげで、少し足を伸ばして、鴫立庵の湘風先生のところへ行ってまいりました」
「どうでしたか、湘風さんは」
「まさに、水を得た魚」
「そうでしょう、そうでしょう」「私も、お伺いしたいものですな。今度はもう少しゆっくりと」「小沢村にもまた行きたいものです」
壮雪は、このようにして列席の客人全てに挨拶をして回っていた。
「扇吉、先生、何か疲れておられるようには感じないか」
不意に、清右衛門が扇吉に聞いた。
「さようですか、私にはそのようには」
後で思い起こせば、それは、清右衛門の霊感のようなものだったかもしれなかった。
合わせて、清右衛門はその時、壮雪はもう旅には出ないだろうことを直感したのだった。
残念ながら、その悪い予感は的中することとなる。
その翌年、壮雪は、流行り病に倒れ帰らぬ人となった。
齢五十歳であった。
清右衛門の留守中のある日、きちは草吉庵の一室で文机に向かっていた。
庵は、清右衛門がきちのために建ててくれたもので、彼女は、ここを紅風屋の献立を考えたり、手習い、生け花をする場所として使っていた。
この夜は、歌を作っていた。
それは、きちの前々から構想の一つだった。
清右衛門も、このことに全面的に賛成していた。
「わたしは、紅風屋をいつか、何人かの芸妓が芸も披露する旅籠にしたいのです」「もちろん、遊び女を抱える、というのではありません」
「それは分かっているよ、きち」
「それで、紅風屋ならではの唄、それに合わせた踊りを作ったら、どうかと思うのです」
しばらく、考えて、清右衛門は手を鳴らした。
「それはいい考えだ」「紅風屋の、紅風屋でしか観ることができない、そういう踊りだな」
きちは、この構想を文にしたため、京の瑞江に知らせた。
京の師匠、いや母に意見を聞きたかったのだ。
紅風屋の計画の時のように祝福してくれるだろうか。
きちは瑞江の便りを待ち続けた。
しかし、それは来なかった。
この年、中島屋の元女将、平野瑞江は帰らぬ人となったのだ。
それでも瑞江の命がここまで永らえたのは奇跡と言ってよかった。
きちは、瑞江に頻繁に便りを送っていた。
そうした一つ一つの嬉しい便りが、病を抱えた瑞江に、命の力を運んだに違いなかった。
紅餅の
京の花に
色添えて
鴨の水面
染め映えて
渡る川風
小袖振る
やっとのことで数行を書いた。
慣れないことで、詩作は思い通りに進まなかったが、きちには、それすらも喜びだった。
京の風情と故郷への思い、そして紅花が咲く野の野趣が織り込まれた、そういう歌にしたいと、きちは漠然と考えていた。
その年から、徐々に、女中の見習いで来る子女たちの中で希望する者には、無償で踊りの稽古を付けたりしている、きちであった。
中には、筋がよさそうな子もいた。
せんに関して言えば、やはり姉妹ということもあり、きちに似て、踊りの覚えが早かった。
加えて、背丈が少しあるぶん、きちよりも踊り映えがするかもしれなかった。
将来の紅風屋のあり様を想像するだけで、きちの心は大いに満たされていくのだった。
幸せ過ぎて、ふと全てが夢ではないか、と不安になる時があるほどだった。
実際、不安なことは何かと山積していた。
なにしろ、初めて経験することばかりだったから、当然と言ってよかった。
商いのこと以外にも、きちを悩ませていることがあった。
それは、なかなか懐妊しないことだった。
「生きようが大きく変わったせいもあるのだし、きちはまだまだ若いのだから」
清右衛門は、そう言って妻を労わった。
しかし、きちは、その後も、子に恵まれることはなかったのである。
天は等しく、人に二物を与えなかった。
清右衛門の俳句の同志であり、盟友の松田壮雪が句集を発行するということで、祝賀の会席に招待されたのだった。
清右衛門は、扇吉を伴って、出席した。
「壮雪先生、この度は、おめでとうございます」
「静風さん、はるばるお越しいただき、ありがとうございます」
「何の、御礼を言わなければいけないのは、私の方でございます」「この度は、私の拙句を歌集に入れていただき、光栄の極みに存じます」「本当に、ありがとうございます」
「いや、静風さんの句のおかげで、私の句集にも花が添えられた、と言うべき」「感謝しております」「おや、そちらは」
壮雪が、清右衛門の後ろを覗き込みながら訊ねた。
「ああ、これは扇吉さんではございませんか、見違えました」「その節は、大変お世話になりました」
「こちらこそ、その折には、いろいろ俳諧の心を教えていただき、ありがとうございました。この度は、本当におめでとうございます」
「ありがとう。しかし、扇吉さん、また一層ご立派になられて」
「いえ、何事においてもまだまだでございます」「これからも、ご指導よろしくお願いいたします」
「湘風先生、ご自慢の甥子さんですからな」
清右衛門が割って入った。
「そうそう、今回、先生にお招きいただいたおかげで、少し足を伸ばして、鴫立庵の湘風先生のところへ行ってまいりました」
「どうでしたか、湘風さんは」
「まさに、水を得た魚」
「そうでしょう、そうでしょう」「私も、お伺いしたいものですな。今度はもう少しゆっくりと」「小沢村にもまた行きたいものです」
壮雪は、このようにして列席の客人全てに挨拶をして回っていた。
「扇吉、先生、何か疲れておられるようには感じないか」
不意に、清右衛門が扇吉に聞いた。
「さようですか、私にはそのようには」
後で思い起こせば、それは、清右衛門の霊感のようなものだったかもしれなかった。
合わせて、清右衛門はその時、壮雪はもう旅には出ないだろうことを直感したのだった。
残念ながら、その悪い予感は的中することとなる。
その翌年、壮雪は、流行り病に倒れ帰らぬ人となった。
齢五十歳であった。
清右衛門の留守中のある日、きちは草吉庵の一室で文机に向かっていた。
庵は、清右衛門がきちのために建ててくれたもので、彼女は、ここを紅風屋の献立を考えたり、手習い、生け花をする場所として使っていた。
この夜は、歌を作っていた。
それは、きちの前々から構想の一つだった。
清右衛門も、このことに全面的に賛成していた。
「わたしは、紅風屋をいつか、何人かの芸妓が芸も披露する旅籠にしたいのです」「もちろん、遊び女を抱える、というのではありません」
「それは分かっているよ、きち」
「それで、紅風屋ならではの唄、それに合わせた踊りを作ったら、どうかと思うのです」
しばらく、考えて、清右衛門は手を鳴らした。
「それはいい考えだ」「紅風屋の、紅風屋でしか観ることができない、そういう踊りだな」
きちは、この構想を文にしたため、京の瑞江に知らせた。
京の師匠、いや母に意見を聞きたかったのだ。
紅風屋の計画の時のように祝福してくれるだろうか。
きちは瑞江の便りを待ち続けた。
しかし、それは来なかった。
この年、中島屋の元女将、平野瑞江は帰らぬ人となったのだ。
それでも瑞江の命がここまで永らえたのは奇跡と言ってよかった。
きちは、瑞江に頻繁に便りを送っていた。
そうした一つ一つの嬉しい便りが、病を抱えた瑞江に、命の力を運んだに違いなかった。
紅餅の
京の花に
色添えて
鴨の水面
染め映えて
渡る川風
小袖振る
やっとのことで数行を書いた。
慣れないことで、詩作は思い通りに進まなかったが、きちには、それすらも喜びだった。
京の風情と故郷への思い、そして紅花が咲く野の野趣が織り込まれた、そういう歌にしたいと、きちは漠然と考えていた。
その年から、徐々に、女中の見習いで来る子女たちの中で希望する者には、無償で踊りの稽古を付けたりしている、きちであった。
中には、筋がよさそうな子もいた。
せんに関して言えば、やはり姉妹ということもあり、きちに似て、踊りの覚えが早かった。
加えて、背丈が少しあるぶん、きちよりも踊り映えがするかもしれなかった。
将来の紅風屋のあり様を想像するだけで、きちの心は大いに満たされていくのだった。
幸せ過ぎて、ふと全てが夢ではないか、と不安になる時があるほどだった。
実際、不安なことは何かと山積していた。
なにしろ、初めて経験することばかりだったから、当然と言ってよかった。
商いのこと以外にも、きちを悩ませていることがあった。
それは、なかなか懐妊しないことだった。
「生きようが大きく変わったせいもあるのだし、きちはまだまだ若いのだから」
清右衛門は、そう言って妻を労わった。
しかし、きちは、その後も、子に恵まれることはなかったのである。
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