瞽女(ごぜ)、じょんがら物語

滝川 魚影

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〇 凱旋公演「三津橋蓮の世界」

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がいせんこうえん「みつはしれんのせかい」


 約五〇〇席の会場は、満席間違い無しだった。
 中央最前に招待席がある。その後方には、地元テレビ局のカメラが入っていて、さらにその後方の中央通路際に大型プロジェクターが置かれていた。ステージ後方にあるスクリーンに映像を映すためである。
 一九九八年九月十九日土曜日、上越教育大学(旧第二師範学校=新制新潟大学高田分校)、講堂。
 観客の中には、外国人も多い。
 日本では、その業界の人間にしか知られていない、ほぼ無名の三味線奏者のパリ凱旋公演の開演を待つ観客たちであった。
 この公演自体、もともとパリ第八大学の教授の持ち込み企画から始まった。
 その教授も、パリの地下道で、三津橋蓮の津軽三味線を聴いた内の一人だった。
 手元には、三津橋蓮のプロフィールも配られている。

【『三津橋蓮』プロフィール】
 一九五五年山形県生まれ
  父は、津軽三味線奏者の三津橋蓮太郎
  母は、民謡歌手(芸名)立浪春子
 六歳で、父母に師事。
 県立高等学校卒業後、明治大学へ進学
 大学在学中、複数のアマチュア音楽大会で入賞
 (大学卒業年、母死去)
 卒業後帰郷し、父の三味線教室で講師する合間、初の欧州旅行。各地で多数の大道芸に触れる。
 一九八三年、再渡欧。三味線のストリートライブを行う。
 一九九五年、パリの地下道で三味線のゲリラライブ。パリ大学の音楽教授に見いだされ、パリの小ホールやライブハウスで演奏するようになる。
 来年、一九九九年、ウィーン楽友協会(ブラームス・ザール)でコンサート予定
 
 会場の灯りが落ちる。
 ステージ奥のスクリーンに映し出される、パリ地下道の三味線ストリート・ライブ。
 通行観客の歓声、そして拍手。
 調弦。
 それは、ただ音を合わせる意味だけではない。
 津軽三味線の心意気を示す、音出し、いや意地の見せ場。
 音の大きさ、強さで、観客を引き付ける最初のポイントなのだ。
 かつて、坊様ボサマたちがお寺の境内で、その昔、名うてのジョンガラ三味線弾きが、野外の民謡大会で、音比べをしたように。
 
 ベンゲンゲンッ、ベベゲンッ
 ベン、ベン、ベン、ベベベゲンッ・・・

 スピーカーから出る、調弦の音。
 その存在感。
 映像は徐々にフェイドアウト。
 そして入れ替わり、被さるように、ステージで生の調弦が始まった。

 ベ、べ、ゲン
 ベ、べ、べ、ゲンッ
 ベンゲンゲンッ、ベベゲンッ
 ベン、ベン、ベン、ベベベゲンッ

 その調弦に、会場観客の声が静まった。
 調弦それ自体が、観客を圧倒する。
 音の強さ、太さ。
 調弦は続く、これでもか、と。
 それにより、観客の準備も整う。
 そして調弦はそのまま、そこから溢れ、流れるように、じょんがらに変わっていく。
 「ハッ」
 一つ掛け声。
 凱旋公演は、幕を切った。
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