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二 光とともに
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ひかりとともに
「カッカ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ」
小走りの下駄の音が聞こえてきた。
ハマの脳裏には、その足音の主、春治の浅黒い面長の顔が鮮明に映し出されたのであった。
「おっしょうさんの宴会、はじまったか」
そんなことを言いながら、ハマが手伝う、宿の台所に駆け込んでくる、春治の想い出も同時に、ハマの頭に浮かんだ。
しかし、今は違う。
春治が毎日やってくるのは、魚料理「立浪」の裏にあるハマの家の玄関先であった。
「おっかちゃ、春にいちゃ来たみたい」
タケはハマの枕元を立って、玄関に歩いていった。
玄関に出てきたタケを、春治は、物を乞うように、無言で見上げた
「春ボウ、来たのかい。さあ、お上がり」
朝の地引網漁が終わり、飛んできたのだった。今町の鱪漁へ行っている、父、辰治の分まで働かないといけなかった。
前の春治なら、おっしょうさんが目の前に立っているのだから、それでドギマギしてしょうがなかったが、今はそういう気持ちも忘れ去ったようだ。
この十日あまり、春治は母親に足止めをされても聞かずに、ハマの元にやってくる。
「伝染るといけないから、行っちゃあだめだよ。おタケさんにきつく言われてんだからさあ」
麦秋で、もうすぐ梅雨入りの頃だった。ちょうど、「漬入」が始まったばかり。
そんな時分に、ハマは高熱を出して寝込んだ。
熱が出始めた頃、これから鱪漁が始まるというので、魚料理「立浪」はテンヤワンヤだった。
二、三日寝ていれば治るだろうと高をくくったのがいけなかった。
そんな訳で、タケが医者にみせるのが遅くなったことに輪をかけ、村には当時、この手の流行り病をまともに診断できる医者が居なかった。
その結果、診立て違いで、手遅れになった。
辰治が今町の弥平から聞いてきた二人目の医者は、間もなく、ため息とともに言った。
「なんで、いま少し早く来なかったがね。こんでは、熱で目がやられてる」
本当の診立ては、麻疹だった。
麻疹は、昔から「麦秋のころに罹る」と言われてきたものである。
ハマはこれによって、視力のほとんどを失ったのである。
辛うじて判別できるのは、明暗くらいになった。
「春にいちゃん、やっと来た」
ハマは布団に起き上がって、まるで、春治を咎めるように言う。
「うん」
春治は、そう言ったっきり、次の言葉が出ない。
包帯。
何度見ても、ハマの目を塞いでいる「包帯」が、春治には痛々しく見えて仕方がないのだ。
現在の医学であれば、全く意味のない包帯だった。
ところが、ハマにはそんなことは分からないし、医者も周囲も、その場しのぎに、ハマに言い聞かせた。
目が見えないはずなのに、ハマには春治の視線が分かる。
「包帯のことか。もう少しで取れる、この包帯。すっかり良なったら、取れる。そうだね、おっかちゃ」
「ああ、そうだあ」
春治は、そのやり取りから、なんとなく不自然さを読み取った。
包帯は本当に取れるのか、と。
その動揺した春治の表情を見て、タケがいたたまれなくなってきて言った。
「まだ病み上がりだから、春ボウ悪いねえ、明日また来てよ、伝染るといけないし」
今日こそは、包帯が無くなっていると想っていた春治は、傍目にも分かるぐらいガックリ肩を落としてゆっくり立ち上がった。
「また明日ね、春にいちゃ。もうすぐ漬入始まっから、おっかちゃの宴会あっから。また一緒に聴きに行こうね」
「うん」
ハマ、数え六歳の初夏であった。
光の殆どを失ったのである。
しかし、これは、ハマがずっと後になって回想したことだが、まだ見えていた、とハマは言った。
記憶の中では。
それは、鮮明に聴こえるようになった音、声に、脳が補正して絵をつけるからだろうと思われる。
その後も、ハマの想像する力は日に日に強くなっていったようだ。
光の代わりに得たもの、であった。
そんなことを当時は考えることなく、ハマはただ幼さゆえのたくましさで、目が見えていた、ついこの間と変わらず、母に話し、春治に話しかけた。
この夏も漬入が一段落した頃、変わらず労いの宴が用意された。
春治とハマは、いつもの場所で盗み聴きだ。
「ほんと、おっしょうさんの唄はあ、良いもんだなあ」
目が見えなくなって、春さんと同じように母の唄が良く聴こえるようになったのかもしれません、とハマは後に振り返る。
母の三味線と唄。
廊下に漏れる灯りと、二人が居る暗がり。
目をつむって聴き入る、春治の浅黒い面長の横顔。
それらがすべて一緒になって、ハマに見えているのだった。
そして、唄に聴き入る春治の心が、手にとるように分かるのだった。
だからこそ、母の唄と三味線が、その美しさを増して、ハマに聴こえ、感じることができるのだった。
「あたいも、やっぱり、おっかちゃみたいに、芸者さんになるよ」
「うん、そうだ。それが良いよ」
それは、まさに二人だけの約束だった。
目が見えなくなってから、ハマは、周囲の視線から「悲しい気持ち」を感じ取るようになった。
当時は、「同情」の意味も分からなかったが、後から想えば、それは同情の眼差しであった。
そして、船宿周りで、あの笑い話をする者は、もう居なくなった。
「おハマちゃ、春ボウのお嫁さんなるて、かわいいことお」
目が見えなければ、漁師の妻にはなれない。
それは、あえて言うまでもなく、当たり前のことだった。
春治やハマも、子供ながらに、それを感じはしていたかも知れない。けれども、幼さゆえ、その重大さに打ちひしがれることなく、その時その時を楽しむ天真爛漫さがあったのだ。
一方のタケは、冗談ではなく、本気でハマに自分の跡継ぎに成ってもらうことを真剣に考え始めていた。
そして考えた挙げ句、目の見えない我が娘に、自分が唯一してあげられることは、それくらいしか無い、と決心したのであった。
自分がいつ死んでも、ハマが生きていくためには、その道しかない、と。
しかし、目が見えないハマに、どうやって三味線や唄を教えると言うのか、であった。
「おタケさん、イタコさんに、見てもろうたら良いんでねっかね」
そう、助言したのは、他ならぬ春治の母、サエであった。
六万部村に、よく当たるイタコが居る、と云うことだった。
長患いしている者、そしてその親、妊婦、または不幸の後の遺族たち、災難続きの家の者たちなどが、そのイタコを頼って、遠くからでもやってくるのだと云う。
タケは、その年の暮に、意を決してそのイタコの元を訪れたのであった。
イタコ、おシゲさんは、いつも来ているであろう老婆たちに囲まれて、居間の奥に、掘り炬燵を挟んで座っていた。
痩せ型で、小柄だが、キリッとして背筋がのび、独特な威厳を湛えた居住まいで、人の話に耳を傾けていた。
「柿崎村から来た、佐藤タケだ。よろしゅうお願いします」
(柿崎に佐藤、もと武家さん、あったか)
当時は、まだ平民は苗字を許されていなかった。シゲはそのことを瞬時に考えながら、言葉を繋いだ。
「ほう、おタケさんか。そっちは娘さんかね」
おシゲさんは、盲目であったが、タケの後ろに隠れているハマが、まるで見えるように、いきなり尋ねた。
「あ、そうです。この娘のハマを見てもらいに来ました」
「そうか、おハマちゃんか。何歳になる」
「六っつです」
「そうか、いつから、目が見えねえの」
ほんとに、何でもお見通しであった。
「この夏から」
「そうか、なんだって、みじょげにねえ。だども、心配いらねえ、な。オラもこうして生きてるしな、目なんて見えねえ人は、いっぱい居て、みんな、どうにかこうにか生きてるすけ」
開口一番の、その言葉に、タケは励まされ、胸が熱くなった。
この頃の日本は、本当に盲人が多かった、と云う。この時から十五年ほど時代は下るが、明治天皇の有名な逸話が、新潟には残っている。
明治十一年(一八七八年)、九月十六日、当時二十七歳の明治天皇が、北陸巡幸のため新潟を訪れ、「その御姿をひと目でも」と集まった沿道の様子をご覧になり、侍医に、どうしてこのように目が悪い人が多く居るのか、と言われ、原因を調べるように命じられた、というのである。そして、その治療・予防の研究の費用として、金千円をお下賜になられた。
それほどまでに、当時の新潟には眼病で失明した人が多かったというのだった。
タケは、本題の依頼を打ち明けた。
「私は、柿崎村の料理屋で芸妓しております。目がみえんくなった娘、跡継ぎにさせてえども、目が見えねえもんだがら、なして教えたらいいものか分からねえのだっす。何か良いやり方はあっろうか」
「ちょっと待ってくんなせ、おタケさん。順序良う話してくれるか」
シゲはタケを制した。先ほどから頭に去来した事を整理するように、押し黙った。
「やっぱり、柿崎には武家さんで、佐藤という家はねえね。おタケさんは嫁いで、柿崎に来たわけでねえね」
イタコの本領であった。
「はい、私には夫はいません。江戸で芸姑したったときに身籠って、それで、生まれ故郷に戻ってきました。生まれは、六万部だっす。潰れましたが、元は庄屋でした」
シゲは頷いた。合点がいったようだった。
「ああ、あそこの家のね。そうそう、元は武家さんだね、あの家は。これで、話がやっと通った」
イタコというのは、透視力のような能力もさることながら、途方も無い記憶力を持っているものである。そういうもの全ての能力を発揮して、占うのである。
「そうかそか、良う解った。おハマちゃんは、器量も良いし、この子はなあ、強いすけ、瞽女さに、修行出したら良い。高田の瞽女さによ」
ハマの、瞽女修行は、おシゲさんのこの一言で決まったのであった。
折しも、時代は幕末に向け慌ただしくなった頃であった。
「文久の政変」(文久三年=一八六三年八月十八日)を経て、朝廷と徳川幕府は、改元の議論の真っ只中にあった。
タケが高田に向かったのは、年が明けた文久四年(一八六四年)の藪入りの頃であり、「元治」への改元の前年の事であった。
それは、ハマの「新しい光」の始まりであった。
「カッカ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ」
小走りの下駄の音が聞こえてきた。
ハマの脳裏には、その足音の主、春治の浅黒い面長の顔が鮮明に映し出されたのであった。
「おっしょうさんの宴会、はじまったか」
そんなことを言いながら、ハマが手伝う、宿の台所に駆け込んでくる、春治の想い出も同時に、ハマの頭に浮かんだ。
しかし、今は違う。
春治が毎日やってくるのは、魚料理「立浪」の裏にあるハマの家の玄関先であった。
「おっかちゃ、春にいちゃ来たみたい」
タケはハマの枕元を立って、玄関に歩いていった。
玄関に出てきたタケを、春治は、物を乞うように、無言で見上げた
「春ボウ、来たのかい。さあ、お上がり」
朝の地引網漁が終わり、飛んできたのだった。今町の鱪漁へ行っている、父、辰治の分まで働かないといけなかった。
前の春治なら、おっしょうさんが目の前に立っているのだから、それでドギマギしてしょうがなかったが、今はそういう気持ちも忘れ去ったようだ。
この十日あまり、春治は母親に足止めをされても聞かずに、ハマの元にやってくる。
「伝染るといけないから、行っちゃあだめだよ。おタケさんにきつく言われてんだからさあ」
麦秋で、もうすぐ梅雨入りの頃だった。ちょうど、「漬入」が始まったばかり。
そんな時分に、ハマは高熱を出して寝込んだ。
熱が出始めた頃、これから鱪漁が始まるというので、魚料理「立浪」はテンヤワンヤだった。
二、三日寝ていれば治るだろうと高をくくったのがいけなかった。
そんな訳で、タケが医者にみせるのが遅くなったことに輪をかけ、村には当時、この手の流行り病をまともに診断できる医者が居なかった。
その結果、診立て違いで、手遅れになった。
辰治が今町の弥平から聞いてきた二人目の医者は、間もなく、ため息とともに言った。
「なんで、いま少し早く来なかったがね。こんでは、熱で目がやられてる」
本当の診立ては、麻疹だった。
麻疹は、昔から「麦秋のころに罹る」と言われてきたものである。
ハマはこれによって、視力のほとんどを失ったのである。
辛うじて判別できるのは、明暗くらいになった。
「春にいちゃん、やっと来た」
ハマは布団に起き上がって、まるで、春治を咎めるように言う。
「うん」
春治は、そう言ったっきり、次の言葉が出ない。
包帯。
何度見ても、ハマの目を塞いでいる「包帯」が、春治には痛々しく見えて仕方がないのだ。
現在の医学であれば、全く意味のない包帯だった。
ところが、ハマにはそんなことは分からないし、医者も周囲も、その場しのぎに、ハマに言い聞かせた。
目が見えないはずなのに、ハマには春治の視線が分かる。
「包帯のことか。もう少しで取れる、この包帯。すっかり良なったら、取れる。そうだね、おっかちゃ」
「ああ、そうだあ」
春治は、そのやり取りから、なんとなく不自然さを読み取った。
包帯は本当に取れるのか、と。
その動揺した春治の表情を見て、タケがいたたまれなくなってきて言った。
「まだ病み上がりだから、春ボウ悪いねえ、明日また来てよ、伝染るといけないし」
今日こそは、包帯が無くなっていると想っていた春治は、傍目にも分かるぐらいガックリ肩を落としてゆっくり立ち上がった。
「また明日ね、春にいちゃ。もうすぐ漬入始まっから、おっかちゃの宴会あっから。また一緒に聴きに行こうね」
「うん」
ハマ、数え六歳の初夏であった。
光の殆どを失ったのである。
しかし、これは、ハマがずっと後になって回想したことだが、まだ見えていた、とハマは言った。
記憶の中では。
それは、鮮明に聴こえるようになった音、声に、脳が補正して絵をつけるからだろうと思われる。
その後も、ハマの想像する力は日に日に強くなっていったようだ。
光の代わりに得たもの、であった。
そんなことを当時は考えることなく、ハマはただ幼さゆえのたくましさで、目が見えていた、ついこの間と変わらず、母に話し、春治に話しかけた。
この夏も漬入が一段落した頃、変わらず労いの宴が用意された。
春治とハマは、いつもの場所で盗み聴きだ。
「ほんと、おっしょうさんの唄はあ、良いもんだなあ」
目が見えなくなって、春さんと同じように母の唄が良く聴こえるようになったのかもしれません、とハマは後に振り返る。
母の三味線と唄。
廊下に漏れる灯りと、二人が居る暗がり。
目をつむって聴き入る、春治の浅黒い面長の横顔。
それらがすべて一緒になって、ハマに見えているのだった。
そして、唄に聴き入る春治の心が、手にとるように分かるのだった。
だからこそ、母の唄と三味線が、その美しさを増して、ハマに聴こえ、感じることができるのだった。
「あたいも、やっぱり、おっかちゃみたいに、芸者さんになるよ」
「うん、そうだ。それが良いよ」
それは、まさに二人だけの約束だった。
目が見えなくなってから、ハマは、周囲の視線から「悲しい気持ち」を感じ取るようになった。
当時は、「同情」の意味も分からなかったが、後から想えば、それは同情の眼差しであった。
そして、船宿周りで、あの笑い話をする者は、もう居なくなった。
「おハマちゃ、春ボウのお嫁さんなるて、かわいいことお」
目が見えなければ、漁師の妻にはなれない。
それは、あえて言うまでもなく、当たり前のことだった。
春治やハマも、子供ながらに、それを感じはしていたかも知れない。けれども、幼さゆえ、その重大さに打ちひしがれることなく、その時その時を楽しむ天真爛漫さがあったのだ。
一方のタケは、冗談ではなく、本気でハマに自分の跡継ぎに成ってもらうことを真剣に考え始めていた。
そして考えた挙げ句、目の見えない我が娘に、自分が唯一してあげられることは、それくらいしか無い、と決心したのであった。
自分がいつ死んでも、ハマが生きていくためには、その道しかない、と。
しかし、目が見えないハマに、どうやって三味線や唄を教えると言うのか、であった。
「おタケさん、イタコさんに、見てもろうたら良いんでねっかね」
そう、助言したのは、他ならぬ春治の母、サエであった。
六万部村に、よく当たるイタコが居る、と云うことだった。
長患いしている者、そしてその親、妊婦、または不幸の後の遺族たち、災難続きの家の者たちなどが、そのイタコを頼って、遠くからでもやってくるのだと云う。
タケは、その年の暮に、意を決してそのイタコの元を訪れたのであった。
イタコ、おシゲさんは、いつも来ているであろう老婆たちに囲まれて、居間の奥に、掘り炬燵を挟んで座っていた。
痩せ型で、小柄だが、キリッとして背筋がのび、独特な威厳を湛えた居住まいで、人の話に耳を傾けていた。
「柿崎村から来た、佐藤タケだ。よろしゅうお願いします」
(柿崎に佐藤、もと武家さん、あったか)
当時は、まだ平民は苗字を許されていなかった。シゲはそのことを瞬時に考えながら、言葉を繋いだ。
「ほう、おタケさんか。そっちは娘さんかね」
おシゲさんは、盲目であったが、タケの後ろに隠れているハマが、まるで見えるように、いきなり尋ねた。
「あ、そうです。この娘のハマを見てもらいに来ました」
「そうか、おハマちゃんか。何歳になる」
「六っつです」
「そうか、いつから、目が見えねえの」
ほんとに、何でもお見通しであった。
「この夏から」
「そうか、なんだって、みじょげにねえ。だども、心配いらねえ、な。オラもこうして生きてるしな、目なんて見えねえ人は、いっぱい居て、みんな、どうにかこうにか生きてるすけ」
開口一番の、その言葉に、タケは励まされ、胸が熱くなった。
この頃の日本は、本当に盲人が多かった、と云う。この時から十五年ほど時代は下るが、明治天皇の有名な逸話が、新潟には残っている。
明治十一年(一八七八年)、九月十六日、当時二十七歳の明治天皇が、北陸巡幸のため新潟を訪れ、「その御姿をひと目でも」と集まった沿道の様子をご覧になり、侍医に、どうしてこのように目が悪い人が多く居るのか、と言われ、原因を調べるように命じられた、というのである。そして、その治療・予防の研究の費用として、金千円をお下賜になられた。
それほどまでに、当時の新潟には眼病で失明した人が多かったというのだった。
タケは、本題の依頼を打ち明けた。
「私は、柿崎村の料理屋で芸妓しております。目がみえんくなった娘、跡継ぎにさせてえども、目が見えねえもんだがら、なして教えたらいいものか分からねえのだっす。何か良いやり方はあっろうか」
「ちょっと待ってくんなせ、おタケさん。順序良う話してくれるか」
シゲはタケを制した。先ほどから頭に去来した事を整理するように、押し黙った。
「やっぱり、柿崎には武家さんで、佐藤という家はねえね。おタケさんは嫁いで、柿崎に来たわけでねえね」
イタコの本領であった。
「はい、私には夫はいません。江戸で芸姑したったときに身籠って、それで、生まれ故郷に戻ってきました。生まれは、六万部だっす。潰れましたが、元は庄屋でした」
シゲは頷いた。合点がいったようだった。
「ああ、あそこの家のね。そうそう、元は武家さんだね、あの家は。これで、話がやっと通った」
イタコというのは、透視力のような能力もさることながら、途方も無い記憶力を持っているものである。そういうもの全ての能力を発揮して、占うのである。
「そうかそか、良う解った。おハマちゃんは、器量も良いし、この子はなあ、強いすけ、瞽女さに、修行出したら良い。高田の瞽女さによ」
ハマの、瞽女修行は、おシゲさんのこの一言で決まったのであった。
折しも、時代は幕末に向け慌ただしくなった頃であった。
「文久の政変」(文久三年=一八六三年八月十八日)を経て、朝廷と徳川幕府は、改元の議論の真っ只中にあった。
タケが高田に向かったのは、年が明けた文久四年(一八六四年)の藪入りの頃であり、「元治」への改元の前年の事であった。
それは、ハマの「新しい光」の始まりであった。
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