瞽女(ごぜ)、じょんがら物語

滝川 魚影

文字の大きさ
21 / 65

十九 お告げ

しおりを挟む
おつげ

  しゃく しょ ぞう しょ あく ごう
 かい ゆう   とん じん 
 じゅう しん    しょ しょう
 いっ さい  こん かい ざん 

 ハマにとって春治の死は、『ただの死』ではなかった。
 自らの体の大部分を喪失したに等しく、つまりそれは、ハマ自身の死を意味した。
 事実、ハマが『目』を失った時、手を引いて歩かせ、毎日のように浜まで連れて行ってくれたのは、春治であり、その時は春治がハマの目となった。盲目になっても変わらずハマであり続けられたのは、春治が居たからなのである。
 そして、ハマの長い瞽女修行中、不在の間もハマを陰ながら見守り続け、そして修行が全て終わった時、目の見えない女を漁師の嫁として受け入れたのは、春治であった。
 いつなんどきも、春治はハマの光だったのだ。
 しかし、その光は一瞬のうちに失われたのである。
 完全に失われた光は、いくら泣いても戻っては来ない。そう解っていても、涙は次から次へと溢れ、流れていった。
(だども、誰責められよか)
 それは、誰のせいでも無かった。
 それでも、事実として、春治は死んだのであり、決して戻っては来ないのであった。
 唯一、その責を探すとすれば、それは信心を疎かにしたこと、であった。
 仏の供養を怠ったこと。
 とくにハマの場合は、弁天様への信心を疎かにしたこと。
 そう直感したからこそ、ハマは、弁天様の罰が当たった、と断じたのであった。
 それは、人として、二度とは繰り返せない過ちであった。
 そもそも、春治と所帯を持った事すら、瞽女の道に外れた所業なのではないか、と。
 それなのに、自分の事だけを思い、信心を忘れたのは事実であった。
 そしてさらに、辰治の亡き兄、清太の命日に、夫を漁に出させた事は、立浪の嫁としてあるまじき大失態としか言いようが無かった。
 健常な、当たり前の嫁であれば、そういう事態は避けられたのかも知れない、とハマは自分を責めたのである。
 そういうことを自問していると、乳飲み子タケは泣く。
 お乳をくれ、と泣くのだった。
 それは皮肉めいた事だった。
(こんげな出来損ねえの母求めて泣くとは)
 しかし、そんなハマの内心とは裏腹に、タケは穏やかに乳を飲む。
(有り難いこと)
 理屈や言葉では、説明できないことだった。
 タケは、新しい光なのだ。
 その光はまた、春治が残した光であり、これからも生き続ける光なのであった。そして、ハマはそれを守って行かなければならない。
 そう思い至ったハマは、もはや悲しんでいる暇など無かった。
 朝起きれば、まず、仏に教を上げ、近所の者たちが立浪の仏前に参り、御詠歌を上げれば、それを教えてもらい、自らも御詠歌を唄う。
 喪が明け、立浪の商いが再開されると、芸姑の仕事を一切断らずに引き受けた。
 常連客はすぐに戻り、これまで以上に立浪をもり立てようと新しい客を紹介するなどしてくれた。
 そして、タケが二歳(数え)になると、ハマは近隣の村々を門付けして周り始めた。
 立浪丸のイワシを卸してきた庄屋の紹介で、百姓の嫁らを必要に応じて手引として雇った。
 祭りや、急な祝い事などの際に、ハマに声がかかり出向いていく。次第にそれが話題となり、あちこちから呼ばれるようになった。
 ところが、そのことが知れ渡ると、心無い噂も立ち始めた。
「はぐれ瞽女だろ」
「いや、あれは破門になって出戻った瞽女で、浜瞽女というらしいよ」
 そういう根も葉もない噂であった。
 しかし、ハマはそういう噂を気にしなかった。
「わたしは、盲芸姑めくらげいこのハマです」
 そう自らを紹介したものである。
 いや、そう表向きは言っていた。
 しかし、内心は、私は今でも瞽女、と思ってもいたのである。
 瞽女というのは、やはり終身なのである、と。途中で辞めることは、弁天様の教えに背くことだ、と。
(だから・・・)
 神仏を敬い、芸の修行に励むこと、それが自らの生きる道だと、ハマは決意し、弁天様に誓ったのであった。
 しかし、本人の神聖な願いに反して、世間は下世話な讒言ざんげんが絶えないことであった。
「俺も、あの人の先代の芸姑さんの御座敷呼ばれたことあるども、美人でね。その娘だーすけってわけでねえども、今のあの人も、美人だねえ。目が見えればもっと・・・」
 歳の頃が、二十三、四と言えば、女盛りだから、元来器量良しのハマには無理も無い言われようであった。
 それに、ハマが門付けに着ていく着物は、ほとんどが母の形見であり、それは良いものばかりだった。
「おかっちゃ、あんげきれいな着物着られるんだら、私も瞽女さの修行に出てえ」
 村々の娘たちも、そんなことを言い出す始末。
「おめは目が見えるすけ無理だ」
 最も、そんな世間の受け止め方など、ハマにはどこ吹く風だ。
 どんな受け止め方でも、自分の芸を見てくれて、祝儀が得られれば、これからも芸を続けられるし、立浪も安泰なのだ。
(それに、タケ丈夫に育てていかんばいけねえ)
 有り難いのは、タケが病気も無く、すくすくと育っていることであった。
 それはもちろん、サエをはじめ立浪の女中たちが代わる代わるタケの面倒を見てくれているからであったが、それだけではない、何か生まれ持った強さがタケにはあるように、誰もが感じたものであった。
「おタケ坊は、夜泣き一つしねえよ、ほんと」
「やっぱり、ほら、イタコのおシゲさんにみてもろうて、おハマさんが身重の時に、たんとイワシと昆布ば食べたすけ」
 
 そうした日々が過ぎていき、明治十五年(一八八二年)、辰治、春治の命日が近づく、八月八日の明け方、ハマはとても不思議な夢をみた。
 なぜ奇妙かと言えば、いつもは無い、見える自分の夢だったからだ。
 夢枕に現れたのは、弁天様であった。
 姿、声は、亡き母タケに似ていなくもない、とハマは想った。
 その夢とは、お告げ、だった。

 朝、いつものようにハマは仏壇の前に座り、お経を上げ始めた。
 その直後。
 前上方から、ハマは強い熱を感じた。
 間もなく、その熱の正体が、強い光であることにハマは気づく。
(不思議だ。光は見えないはず)
 体が、急にこわばる。
 光は更に強くなっていく。
 ハマは、自らを解放するように、目を開いた。
 光の正体は、後光であった。弁天様の後ろから刺す光。
 まるで、ハマ自身に圧がかかるような強い光は、力そのものであった。
「聴きなさい」
(はい)
「お前の子は、もうすぐ五つになります。それは成るべくして成るのです」
 ハマには、すぐに意味が分からない。
「しかし、ここにこのまま居たのでは、それすらままならないことでしょう」
(はあ)
「船に乗って、北へ行きなさい」
(はあ、北・・・)
「そうです。行く先は、トサミナト。もう一度言います。トサミナト・・・・・
 そうして光とともに、弁天様は消えた。

「ハマ、どうしたんだ。うなされて」
 サエの呼ぶ声がした。
「・・・」
 ハマは震えていた。
「なんだ、おっかない夢でもみたのか」
「いや、大丈夫」
 ハマは、その夢の事をしばらくの間、自分の中に留めておいた。すぐに人に話せるようなものではないと思ったからであり、何しろ、本心から恐ろしかったのだった。
 しかし、その夢の記憶は、忘れようとしても全く無理なほどに強烈だったのである。
 夢は、時間が経っても色褪せること無く、ハマの脳裏に焼き付いていて、ほんの一糸手繰たぐろうものなら、光を伴ってただちに蘇ってくるのだった。それに、弁天様がハマに告げた、一言一句もすべて鮮明に浮かび上がる。
 三回忌の法要が過ぎ、十日ほどだった頃だったろうか。
「立浪のおかっちゃ、弁天様のお告げがあったんだ」
 ハマは、諦め、まるで白状するように言った。
 そして、全てを話し始めた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜

上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■ おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。 母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。 今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。 そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。 母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。 とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください! ※フィクションです。 ※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。 皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです! 今後も精進してまいります!

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

処理中です...