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十九 お告げ
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おつげ
我 昔 所 造 諸 悪 業
皆 由 無 始 貪 瞋 癡
従 身 語 意 之 所 生
一 切 我 今 皆 懺 悔
ハマにとって春治の死は、『ただの死』ではなかった。
自らの体の大部分を喪失したに等しく、つまりそれは、ハマ自身の死を意味した。
事実、ハマが『目』を失った時、手を引いて歩かせ、毎日のように浜まで連れて行ってくれたのは、春治であり、その時は春治がハマの目となった。盲目になっても変わらずハマであり続けられたのは、春治が居たからなのである。
そして、ハマの長い瞽女修行中、不在の間もハマを陰ながら見守り続け、そして修行が全て終わった時、目の見えない女を漁師の嫁として受け入れたのは、春治であった。
いつなんどきも、春治はハマの光だったのだ。
しかし、その光は一瞬のうちに失われたのである。
完全に失われた光は、いくら泣いても戻っては来ない。そう解っていても、涙は次から次へと溢れ、流れていった。
(だども、誰責められよか)
それは、誰のせいでも無かった。
それでも、事実として、春治は死んだのであり、決して戻っては来ないのであった。
唯一、その責を探すとすれば、それは信心を疎かにしたこと、であった。
仏の供養を怠ったこと。
とくにハマの場合は、弁天様への信心を疎かにしたこと。
そう直感したからこそ、ハマは、弁天様の罰が当たった、と断じたのであった。
それは、人として、二度とは繰り返せない過ちであった。
そもそも、春治と所帯を持った事すら、瞽女の道に外れた所業なのではないか、と。
それなのに、自分の事だけを思い、信心を忘れたのは事実であった。
そしてさらに、辰治の亡き兄、清太の命日に、夫を漁に出させた事は、立浪の嫁としてあるまじき大失態としか言いようが無かった。
健常な、当たり前の嫁であれば、そういう事態は避けられたのかも知れない、とハマは自分を責めたのである。
そういうことを自問していると、乳飲み子タケは泣く。
お乳をくれ、と泣くのだった。
それは皮肉めいた事だった。
(こんげな出来損ねえの母求めて泣くとは)
しかし、そんなハマの内心とは裏腹に、タケは穏やかに乳を飲む。
(有り難いこと)
理屈や言葉では、説明できないことだった。
タケは、新しい光なのだ。
その光はまた、春治が残した光であり、これからも生き続ける光なのであった。そして、ハマはそれを守って行かなければならない。
そう思い至ったハマは、もはや悲しんでいる暇など無かった。
朝起きれば、まず、仏に教を上げ、近所の者たちが立浪の仏前に参り、御詠歌を上げれば、それを教えてもらい、自らも御詠歌を唄う。
喪が明け、立浪の商いが再開されると、芸姑の仕事を一切断らずに引き受けた。
常連客はすぐに戻り、これまで以上に立浪をもり立てようと新しい客を紹介するなどしてくれた。
そして、タケが二歳(数え)になると、ハマは近隣の村々を門付けして周り始めた。
立浪丸のイワシを卸してきた庄屋の紹介で、百姓の嫁らを必要に応じて手引として雇った。
祭りや、急な祝い事などの際に、ハマに声がかかり出向いていく。次第にそれが話題となり、あちこちから呼ばれるようになった。
ところが、そのことが知れ渡ると、心無い噂も立ち始めた。
「はぐれ瞽女だろ」
「いや、あれは破門になって出戻った瞽女で、浜瞽女というらしいよ」
そういう根も葉もない噂であった。
しかし、ハマはそういう噂を気にしなかった。
「わたしは、盲芸姑のハマです」
そう自らを紹介したものである。
いや、そう表向きは言っていた。
しかし、内心は、私は今でも瞽女、と思ってもいたのである。
瞽女というのは、やはり終身なのである、と。途中で辞めることは、弁天様の教えに背くことだ、と。
(だから・・・)
神仏を敬い、芸の修行に励むこと、それが自らの生きる道だと、ハマは決意し、弁天様に誓ったのであった。
しかし、本人の神聖な願いに反して、世間は下世話な讒言が絶えないことであった。
「俺も、あの人の先代の芸姑さんの御座敷呼ばれたことあるども、美人でね。その娘だーすけってわけでねえども、今のあの人も、美人だねえ。目が見えればもっと・・・」
歳の頃が、二十三、四と言えば、女盛りだから、元来器量良しのハマには無理も無い言われようであった。
それに、ハマが門付けに着ていく着物は、ほとんどが母の形見であり、それは良いものばかりだった。
「おかっちゃ、あんげきれいな着物着られるんだら、私も瞽女さの修行に出てえ」
村々の娘たちも、そんなことを言い出す始末。
「おめは目が見えるすけ無理だ」
最も、そんな世間の受け止め方など、ハマにはどこ吹く風だ。
どんな受け止め方でも、自分の芸を見てくれて、祝儀が得られれば、これからも芸を続けられるし、立浪も安泰なのだ。
(それに、タケ丈夫に育てていかんばいけねえ)
有り難いのは、タケが病気も無く、すくすくと育っていることであった。
それはもちろん、サエをはじめ立浪の女中たちが代わる代わるタケの面倒を見てくれているからであったが、それだけではない、何か生まれ持った強さがタケにはあるように、誰もが感じたものであった。
「おタケ坊は、夜泣き一つしねえよ、ほんと」
「やっぱり、ほら、イタコのおシゲさんにみてもろうて、おハマさんが身重の時に、たんとイワシと昆布ば食べたすけ」
そうした日々が過ぎていき、明治十五年(一八八二年)、辰治、春治の命日が近づく、八月八日の明け方、ハマはとても不思議な夢をみた。
なぜ奇妙かと言えば、いつもは無い、見える自分の夢だったからだ。
夢枕に現れたのは、弁天様であった。
姿、声は、亡き母タケに似ていなくもない、とハマは想った。
その夢とは、お告げ、だった。
朝、いつものようにハマは仏壇の前に座り、お経を上げ始めた。
その直後。
前上方から、ハマは強い熱を感じた。
間もなく、その熱の正体が、強い光であることにハマは気づく。
(不思議だ。光は見えないはず)
体が、急にこわばる。
光は更に強くなっていく。
ハマは、自らを解放するように、目を開いた。
光の正体は、後光であった。弁天様の後ろから刺す光。
まるで、ハマ自身に圧がかかるような強い光は、力そのものであった。
「聴きなさい」
(はい)
「お前の子は、もうすぐ五つになります。それは成るべくして成るのです」
ハマには、すぐに意味が分からない。
「しかし、ここにこのまま居たのでは、それすらままならないことでしょう」
(はあ)
「船に乗って、北へ行きなさい」
(はあ、北・・・)
「そうです。行く先は、トサミナト。もう一度言います。トサミナト」
そうして光とともに、弁天様は消えた。
「ハマ、どうしたんだ。うなされて」
サエの呼ぶ声がした。
「・・・」
ハマは震えていた。
「なんだ、おっかない夢でもみたのか」
「いや、大丈夫」
ハマは、その夢の事をしばらくの間、自分の中に留めておいた。すぐに人に話せるようなものではないと思ったからであり、何しろ、本心から恐ろしかったのだった。
しかし、その夢の記憶は、忘れようとしても全く無理なほどに強烈だったのである。
夢は、時間が経っても色褪せること無く、ハマの脳裏に焼き付いていて、ほんの一糸手繰ろうものなら、光を伴ってただちに蘇ってくるのだった。それに、弁天様がハマに告げた、一言一句もすべて鮮明に浮かび上がる。
三回忌の法要が過ぎ、十日ほどだった頃だったろうか。
「立浪のおかっちゃ、弁天様のお告げがあったんだ」
ハマは、諦め、まるで白状するように言った。
そして、全てを話し始めた。
我 昔 所 造 諸 悪 業
皆 由 無 始 貪 瞋 癡
従 身 語 意 之 所 生
一 切 我 今 皆 懺 悔
ハマにとって春治の死は、『ただの死』ではなかった。
自らの体の大部分を喪失したに等しく、つまりそれは、ハマ自身の死を意味した。
事実、ハマが『目』を失った時、手を引いて歩かせ、毎日のように浜まで連れて行ってくれたのは、春治であり、その時は春治がハマの目となった。盲目になっても変わらずハマであり続けられたのは、春治が居たからなのである。
そして、ハマの長い瞽女修行中、不在の間もハマを陰ながら見守り続け、そして修行が全て終わった時、目の見えない女を漁師の嫁として受け入れたのは、春治であった。
いつなんどきも、春治はハマの光だったのだ。
しかし、その光は一瞬のうちに失われたのである。
完全に失われた光は、いくら泣いても戻っては来ない。そう解っていても、涙は次から次へと溢れ、流れていった。
(だども、誰責められよか)
それは、誰のせいでも無かった。
それでも、事実として、春治は死んだのであり、決して戻っては来ないのであった。
唯一、その責を探すとすれば、それは信心を疎かにしたこと、であった。
仏の供養を怠ったこと。
とくにハマの場合は、弁天様への信心を疎かにしたこと。
そう直感したからこそ、ハマは、弁天様の罰が当たった、と断じたのであった。
それは、人として、二度とは繰り返せない過ちであった。
そもそも、春治と所帯を持った事すら、瞽女の道に外れた所業なのではないか、と。
それなのに、自分の事だけを思い、信心を忘れたのは事実であった。
そしてさらに、辰治の亡き兄、清太の命日に、夫を漁に出させた事は、立浪の嫁としてあるまじき大失態としか言いようが無かった。
健常な、当たり前の嫁であれば、そういう事態は避けられたのかも知れない、とハマは自分を責めたのである。
そういうことを自問していると、乳飲み子タケは泣く。
お乳をくれ、と泣くのだった。
それは皮肉めいた事だった。
(こんげな出来損ねえの母求めて泣くとは)
しかし、そんなハマの内心とは裏腹に、タケは穏やかに乳を飲む。
(有り難いこと)
理屈や言葉では、説明できないことだった。
タケは、新しい光なのだ。
その光はまた、春治が残した光であり、これからも生き続ける光なのであった。そして、ハマはそれを守って行かなければならない。
そう思い至ったハマは、もはや悲しんでいる暇など無かった。
朝起きれば、まず、仏に教を上げ、近所の者たちが立浪の仏前に参り、御詠歌を上げれば、それを教えてもらい、自らも御詠歌を唄う。
喪が明け、立浪の商いが再開されると、芸姑の仕事を一切断らずに引き受けた。
常連客はすぐに戻り、これまで以上に立浪をもり立てようと新しい客を紹介するなどしてくれた。
そして、タケが二歳(数え)になると、ハマは近隣の村々を門付けして周り始めた。
立浪丸のイワシを卸してきた庄屋の紹介で、百姓の嫁らを必要に応じて手引として雇った。
祭りや、急な祝い事などの際に、ハマに声がかかり出向いていく。次第にそれが話題となり、あちこちから呼ばれるようになった。
ところが、そのことが知れ渡ると、心無い噂も立ち始めた。
「はぐれ瞽女だろ」
「いや、あれは破門になって出戻った瞽女で、浜瞽女というらしいよ」
そういう根も葉もない噂であった。
しかし、ハマはそういう噂を気にしなかった。
「わたしは、盲芸姑のハマです」
そう自らを紹介したものである。
いや、そう表向きは言っていた。
しかし、内心は、私は今でも瞽女、と思ってもいたのである。
瞽女というのは、やはり終身なのである、と。途中で辞めることは、弁天様の教えに背くことだ、と。
(だから・・・)
神仏を敬い、芸の修行に励むこと、それが自らの生きる道だと、ハマは決意し、弁天様に誓ったのであった。
しかし、本人の神聖な願いに反して、世間は下世話な讒言が絶えないことであった。
「俺も、あの人の先代の芸姑さんの御座敷呼ばれたことあるども、美人でね。その娘だーすけってわけでねえども、今のあの人も、美人だねえ。目が見えればもっと・・・」
歳の頃が、二十三、四と言えば、女盛りだから、元来器量良しのハマには無理も無い言われようであった。
それに、ハマが門付けに着ていく着物は、ほとんどが母の形見であり、それは良いものばかりだった。
「おかっちゃ、あんげきれいな着物着られるんだら、私も瞽女さの修行に出てえ」
村々の娘たちも、そんなことを言い出す始末。
「おめは目が見えるすけ無理だ」
最も、そんな世間の受け止め方など、ハマにはどこ吹く風だ。
どんな受け止め方でも、自分の芸を見てくれて、祝儀が得られれば、これからも芸を続けられるし、立浪も安泰なのだ。
(それに、タケ丈夫に育てていかんばいけねえ)
有り難いのは、タケが病気も無く、すくすくと育っていることであった。
それはもちろん、サエをはじめ立浪の女中たちが代わる代わるタケの面倒を見てくれているからであったが、それだけではない、何か生まれ持った強さがタケにはあるように、誰もが感じたものであった。
「おタケ坊は、夜泣き一つしねえよ、ほんと」
「やっぱり、ほら、イタコのおシゲさんにみてもろうて、おハマさんが身重の時に、たんとイワシと昆布ば食べたすけ」
そうした日々が過ぎていき、明治十五年(一八八二年)、辰治、春治の命日が近づく、八月八日の明け方、ハマはとても不思議な夢をみた。
なぜ奇妙かと言えば、いつもは無い、見える自分の夢だったからだ。
夢枕に現れたのは、弁天様であった。
姿、声は、亡き母タケに似ていなくもない、とハマは想った。
その夢とは、お告げ、だった。
朝、いつものようにハマは仏壇の前に座り、お経を上げ始めた。
その直後。
前上方から、ハマは強い熱を感じた。
間もなく、その熱の正体が、強い光であることにハマは気づく。
(不思議だ。光は見えないはず)
体が、急にこわばる。
光は更に強くなっていく。
ハマは、自らを解放するように、目を開いた。
光の正体は、後光であった。弁天様の後ろから刺す光。
まるで、ハマ自身に圧がかかるような強い光は、力そのものであった。
「聴きなさい」
(はい)
「お前の子は、もうすぐ五つになります。それは成るべくして成るのです」
ハマには、すぐに意味が分からない。
「しかし、ここにこのまま居たのでは、それすらままならないことでしょう」
(はあ)
「船に乗って、北へ行きなさい」
(はあ、北・・・)
「そうです。行く先は、トサミナト。もう一度言います。トサミナト」
そうして光とともに、弁天様は消えた。
「ハマ、どうしたんだ。うなされて」
サエの呼ぶ声がした。
「・・・」
ハマは震えていた。
「なんだ、おっかない夢でもみたのか」
「いや、大丈夫」
ハマは、その夢の事をしばらくの間、自分の中に留めておいた。すぐに人に話せるようなものではないと思ったからであり、何しろ、本心から恐ろしかったのだった。
しかし、その夢の記憶は、忘れようとしても全く無理なほどに強烈だったのである。
夢は、時間が経っても色褪せること無く、ハマの脳裏に焼き付いていて、ほんの一糸手繰ろうものなら、光を伴ってただちに蘇ってくるのだった。それに、弁天様がハマに告げた、一言一句もすべて鮮明に浮かび上がる。
三回忌の法要が過ぎ、十日ほどだった頃だったろうか。
「立浪のおかっちゃ、弁天様のお告げがあったんだ」
ハマは、諦め、まるで白状するように言った。
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