瞽女(ごぜ)、じょんがら物語

滝川 魚影

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二十八 ひらめき

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ひらめき


 佐渡屋での、初めての座の翌朝、いつもよりも早く、タキゾウは稽古にやってきた。
 願竜寺への参拝もいつもどおり済ませてきたと言う。
 背負子しょいこには、ナスや菜っ葉などの農作物が詰められており、それをクマに渡す。それは、言わば授業料の変わりだった。タキゾウの父は月謝は払わないといけない、とハマを説得したのだが、ハマは、津軽の民謡を教えてくれるだけで良い、の一点張りだったのだ。
 それで、今朝もたんまりの野菜を持ってきたのである。
 まだ、台所が片付いておらず、タキゾウは縁側に座って、家の中でしている音を聴いて待った。
 中庭から風に乗って夏草の匂いがしてきて、昨夜の蚊遣の残り香と合わさり、タキゾウの鼻に届く。もう少しで、蝉も鳴き始める時分だ。
 夏の盛りである。
 夏と言えば、祭りの季節で、腕自慢の坊様があっちでもこっちでも三味線を弾き、唄って、腕を競っていた。
 しかし、タキゾウはまだ、そこには出ない。
 そう決めているからだ。
(競うのが目当ででね)
 自分の、自分だけの芸を披露する。そうできるまでに、技量をもっと上げないといけない。今は、師匠からできるだけの事を教わり、自分のものにしないと駄目なんだ、と。
「トヨさん、おはようさん」
 タケが呼びにきた。
「おタケちゃ、おはようさん」
 タキゾウは立ち上がり、慣れた足取りで、襖を伝いながら、仏間に向かった。
 佐渡屋の仏間だが、そこがハマとタケの居間兼寝間、そして稽古部屋だった。
 布団は畳んで、部屋の端に片付けられている。
 ハマはすでに座って、三味線を袋から出して準備を初めている。
「おはよう、トヨ」
「おはよごす、おっしょうっさん。今日もよろすくお願いすます」
 タキゾウは、座って辞儀をした。
「昨日は、余計な事を言って、すまねですた」
「ああ、構わねえよ。だども、良かったのでねっか。集まった方々も、新保広大寺が聴けたすけ。たあだ、今流行の文句の方聴けると期待したったかもね。あは」
「何、訳あって、としゃべらぃであったが、何だが、その訳っていうのは」
 タキゾウは、誘い笑いに乗りもせず、真剣な面持ちで、空かさずそう尋ねた。
「ああ、私が修行した野口家では、元唄のほうだけで、流行り唄のほうの新保広大寺演らねえ決まりでね。何でかて言うと、あれは広大寺の和尚さん悪ぐ言うために作った替え唄だーすけ。あることねえこと、作り話で、和尚さんとお市さんという豆腐屋さんの奥さんとの仲言いふらす為に、誰でも知ってる『こうといな』の節に合わせて悪口文句に替えて、門付けの時に、方方で唄うたんだ。それで、終いには、和尚さんは、首くくられて、亡くなりはったんだ」
 現在の新潟県十日町市下組しもぐみに、その当時「新保村」という村があった。そこに、今も存続している「新保広大寺」、その寺の第五代和尚「廓文こうぶん」の事を唄った唄が「新保広大寺」だと云う。
 昔、お寺の門前通りに一軒の豆腐屋があった。その豆腐屋の主人はすでに他界しており、広大寺の墓地に墓があった。
 妻のいちは、信心深く、墓参りを欠かすことはなく、そのことを廓文和尚は良く知っていて、何かと市、豆腐屋のことを気にかけて良くしていた、と云う。
 その市に、村の庄屋の弟、平次郎が目をつけて言い寄り、市は大変に困って、和尚に相談した。平次郎は村の誰もが知る遊び人だった。本気ならいざしらず、ただの遊びなら手を引いてもらいたい、と廓文は、庄屋の市左衛門に掛け合った。怒った市左衛門は、弟の平次郎を呼んで怒鳴りつけ、やめさせたと云う。それを逆恨みし、根に持った平次郎は、村によく来ていた瞽女に金を握らせ、門付け唄の節に合わせて、悪口を乗せて作らせた。そして更に、金の力にものを言わせ、その替え唄に「新保広大寺」という題名を付けて瞽女に唄わせ、広めた。
 唄は、近隣に広がり、さらに尾ひれが付いて、下世話な唄となって広まってしまった。
 それが元で、市の亡き夫が大切に守ってきた豆腐屋の評判も悪くなり、取引も減ってしまった。
 廓文は、自分だけであれば気にもしなかっただろう。しかし、豆腐屋や市に被害が及ぶことは、どうしてもくい止めなければならない。
 そこで、考えた末に廓文和尚の腹は決まった。
 自害。
 廓文は寺の裏の林で首をくくったのである。
 遺書が庄屋、市左衛門のところに届けられた。宛名が市左衛門となっていたからである。
 そこには、平次郎が仕組んだことの一切合財がしたためられており、最後に、この唄を新保村、その近隣村では唄わないように取り計らってもらうよう願書されていた、と云う。
 市左衛門は、あらゆる手を使い、その願いを叶えた。弟、平次郎とも絶縁した。
 ところが、人の口には蓋はできない。すでに独り歩きし始めた唄は、津々浦々に広まっていったのである。
 そういう経緯を知っている、野口家の師匠は代々、この替え歌を禁じた。
 その代わりに、文句を逆に変えて、思いを寄せる男女の唄として、唄うことを奨励したのであった。
 ハマが伝承したのは、そちらのほうの「新保広大寺」であり、佐渡屋で演ったのはその唄であった。
「そった訳ですたが。ばって、おっしょうさんの新保広大寺は、おらがおべでら唄ど、文句だげでなぐ節も違って、もっとい唄ですた。頼みます。もう一回唄って聴がへでもらえますか」
 ハマは、二つ返事で応じ、今度は全部の文句を唄った。

 桔梗のナァエー
 手ぬぐいが
 縁つぐヤァレェならばナァー
 おらも染めましょ
 ヤレサァ桔梗屋の
 型てばナァエー

 さればナァエー
 なお良しヤ
 御座らぬヤァレェとてもナァー
 私がたから
 ヤレサァ手はエーヤァー
 出さんナァエー

 (長囃子)
 あァ いい子だ いい子だ
 いっ時 こうなりゃ
 手間でも 取るかい
 後でも 知るかい
 いい事 知らずの
 損取る 顔奴(つらめ)が
 いいとも いいとも

 殿さナァエー
 殿さとヤ
 揺さぶりヤァレェ起こすナァー
 殿は砂地の
 ヤレサァ芋で
  ヤァリャァないテバサァエー

(長囃子)
 あァ 駒下駄 たまげた
 十文 駒下駄
 放下(ほか)して 裸足で
 来るかと 言うても
 男の ふるぶん
 すいりょう すいたい
 いいとも はるとも

 (瞽女、伊平タケ伝承「新保広大寺」より)
 
 タキゾウは聴いている途中に、まるでハマの三味線に合わせるようにして、自分の手を動かしていた。
 以前タキゾウは、座頭が蒔田村の金比羅宮の祭りで初めて「新保広大寺」を耳にした時、足を止めて聴き、その唄を盗もうとしたのであった。
 すぐに他の座頭に察知され、追い払われた。
 その時、聴いた「新保広大寺」と、ハマのそれは、節は似ているのだが、全く違う唄と言って良かった。
 早い話が、格段に良い唄なのだ。
 聴いていると楽しくなり、踊りだしたくなる。しかし、ハマのやり方は、あくまでもしとやかで、唄声も芸姑特有の抑制が効いた唄い方、それが味、雰囲気を醸し出している。
 特に、長囃子ながばやし(間奏)の三味線は、格別で、これを自分のものにできたら、どんなに良いか、と思うのであった。
「どうも。おっしょうさん。もう一づ頼みがあります。今度、自分でやってみるはんで、聴いでほすんだ」
 タキゾウは、すぐに三味線を調弦し、取り掛かった。
 おそらく、タキゾウは宴会の日、家に帰った後、記憶した節を、自分で繰り返し習ったに違いなかった。
 ほぼ、完璧だという出来栄えである。
「上等な弟子だあ、トヨ、あんたは」
 この時、十六のタキゾウ。まさに驚くべき記憶力と耳で、どんな唄でもすぐに真似ることができた。
 津軽の三味線弾き、坊様の間では、当時こういう諺があった。
 盗み手に味がある、という諺だ。
 つまり、津軽三味線は、盗み盗まれて進化していったのである。
「トヨ、この唄持ち唄にすればいい」
「はい、おっしょうさん。有り難ぐもらいます」
 タキゾウは、これ以降、新保広大寺を極める。いや、ハマの元の唄を超えるものになっていくのだ。
 特に長囃子。
 これをタキゾウは、さらに軽やかに弾むように弾いた。そして、逆にその間奏に引っ張られるようにして、曲全体が変わっていった。その演奏の仕方は、全くのタキゾウ独自のものといって良かった。
「トヨ、これは、そうだな、コロガケ、とでも言うか」
「コロガケ・・・」
「ころころっと、駆け回るような。軽々と走るような」
 ころがけ、軽掛け、とでも宛てようか。
 この演奏法は、まさにタキゾウの「ひらめき」であった。
 さらに、長囃子は、間奏だけではなく前奏でも弾くように、変曲されていた。
 いわゆる「前弾きまえひき」である。
 この「ころがけ」奏法は、まだこの時点では、タキゾウとハマだけのものであった。
 しかし、タキゾウが一度、門付けや寺の参道で演じるや、座頭、坊様たちがそれを盗んだ。
 盗まれた「ころがけ新保広大寺節」は、味が加わり、広まる。
 また、そうしている間に置いても、タキゾウの新保広大寺節は、さらに変化する。
 この一つの些細な「ひらめき」から起こった「新保広大寺節」の変化は、その後二年くらいかけて大きな動きとなっていく。
 民謡の歴史上には出てこないが、このタキゾウの着想こそが、「津軽じょんがら節」の萌芽であった。
 ただ、それはまだ、ほんの芽吹きに過ぎなかったのである。
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