瞽女(ごぜ)、じょんがら物語

滝川 魚影

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三十七 タキゾウとサワ

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たきぞうとさわ


 東北民謡の第一人者である「成田雲竹」は、明治二十一年一月、西津軽郡森田村に生まれた。
 奇しくもそれは、タキゾウとハマが初めて共演した年であった。
 そして、成田雲竹は後に、自らの生年頃に、「津軽じょんがら節」が大きく変化した、と言及した。
 成田が意味したところの核心は、「津軽じょんがら節が、じょんがら節に成った」のが、明治二十年頃、ということであったに違いない。
 「津軽じょんがら節」は、端から「津軽じょんがら節」として誕生したのではない。その原曲は、瞽女唄であった。それが津軽の坊様が歌い継ぐ間に、歌詞が替えられ、三味線の演奏が変化、あるいは新たに付加された。その三味線の奏法のことを、「じょんがら」と呼ぶようになったのだろう。
 また、津軽三味線の奏法は、瞽女に三味線を学んだ津軽の盲目の坊様が生み出した、と言われる。
 つまり、「津軽じょんがら節」とは、「津軽三味線の奏法」そのものなのだ。
 さらに言うならば、「津軽三味線」は、「津軽じょんがら節」無しには起こり得なかったし、また発展もしなかった。
 「津軽じょんがら三味線」が世界で知られるようになって久しい。世界のじょんがらになるまでの年月は、「津軽じょんがら節」の歴史そのものであるのだ。
 明治二十年頃から、津軽三味線は黎明期に入っていったのである。
 その黎明期、明治二十三年(一八九〇年)の五月に、十五歳の盲目の少年が、津軽三味線の祖、仁太坊のもとに弟子入りした(二番弟子)。
 その青年は、後に澄んだ音色(音澄ねずみ)を追求し、まさに津軽三味線の源流の一本を作った人物だ。「長作坊(太田長作)」その人である。
 その翌年、明治二十四年、青森駅が開業した。それは、いわゆる「東北本線」の全線開通を意味する。
 つまりそれは、日本の陸上交通の大変革であり、日本が近代化に突入したことの一つの証であった。
 東北、青森もまた、その只中に没入していくのである。
 俯瞰して見れば、「津軽じょんがら節」は、日本の近代化とともに完成に向かっていった、と、言えるかも知れない。
 同時に、鉄道の発達は、物と人の流れを「水運から陸運」に変えていった。つまり「海川から陸路」になったのであり、これはまさに大革命と言って良い。
 身近な人や荷物の移動までが、舟から馬車に変わったのだ。
 ここで再び、「津軽の馬」が脚光を浴びる。
 歴史的に、津軽は優れた馬の産地であり、そのために、かの源頼朝は何としても津軽を手中にしたかったくらいなのだ。
 その馬が、ここへきて陸上輸送の「馬喰ばくろう」景気として沸き立つのである。
 馬を商う馬喰衆たちが、東北の「馬市」を渡り歩き、その彼らが民謡を流動させ、その発展に寄与したと言われる。
 その「馬市」に集まったのが、三味線弾きであり、その唄い手たちだった。
 彼らの新しい活躍の場として、「馬市」が加わったわけである。
「景気のい唄やってぐれ」
 そう馬喰衆が声をかける。
 それに、坊様が応える。
 そうやって、民謡は磨かれ、変化を遂げ、成熟していくのであった。
 三味線弾き、唄自慢、どちらともなく、声を掛け合い、馬市に集まり、演る。
 それがこの時代の、「野外ライブ」の形、いわゆる「唄会」である。
 その「唄会」が、まだそう呼ばれる前のことである。
 どこから聞きつけたのか、坊様連中伝いに、自分を探している唄自慢の女が居る、という噂がタキゾウの耳に届いた。
 それは、西北津軽の人々の間で、秋には青森駅がついに開業になる、という噂が出始めたのとまさに同時期だったため、殊更なにか新しいことの幕開けの一つのように、タキゾウには感じられたものである。
 しかし、その声の元に自分から出向いていく術もなく、そういう筋でも無いので、タキゾウはただ待つしかなかった。
 噂を聞いてからおよそ三月後の五月七日、夕暮れ時に、ようやくその女は豊川家を訪ねてきた。
 田植え前の時を狙ったのか、岩木川の土手近くに植えられた十三年目のりんごの白い花が咲くのを待ったのか、定かではない。
 その時、タキゾウは、まだ十三村に出かけており戻っていなかったため、女は勧められるのも聞かずに、表で待っていると言った。
 モンペの野良着姿で、ほんとに畑仕事の手伝いに来た娘のようだった。
 その娘の目がキラリ、と光った。
「トヨさんだが」
 誰が見ても、それはタキゾウに違いなかった。
 杖をついて歩き、袋に入った三味線らしきを背負っていた。
 この人だ、と瞬時に判じ、三上サワが声を掛けた。
「そったおめさんは、誰だ」
 タキゾウの直感は、すぐに噂の女と繋がったが、あえてそう尋ねる。
「桜田がら来だ、三上サワだっす。トヨさんの三味線ど唄、賽の河原の地蔵さんで聴いでがら、耳がら離れねんだ。わーど一緒さ唄会さ出でほすいんだ」
 女は、そう単刀直入に言ってきた。
「おいのこど探すちゅどいうのは、おめですたが。ぐおいのいえ来らぃだね」
「カナキヤで教えでもらったんだっす。良ぐであった。会えで」
 蒔田湊の木賃宿「金木や」でタキゾウのことを訪ね、家の場所を教えてもらったと言う。
「そすたっきゃ、まだ暗ぐなる前だはんで、唄合わせにあべ」
 気の早いタキゾウは、早速サワと歌合わせをしようと、いつもの金木川の辺りに行こうとサワを誘った。
 サワは、金木村の南、岩木川の上流である中川村桜田の富農の娘で、歳は十六。幼い頃から唄が上手いと、近所では評判だが、まだ祭りで唄ったことがない。というか、どうすれば良いのか分からず、ただ月日だけ経っていったようだ。
 そろそろ縁談の話が聞こえ始める前に、一度で良いから、唄いたい、と思っていた時、昨年、賽の河原地蔵尊の祭りで、タキゾウの演奏を初めて聴き、この人しかない、と思ったと言う。
 金木河原には、まだところどころに雪が残っていた。
 足元の良いところを選んで進みながら、タキゾウはサワに尋ねた。
「何唄うが」
 サワは迷うこと無く返す。
「ナオハイ節演ってけ」
「ほう、やるな」
 タキゾウは、この唄をよく選んだな、という意味で、そう言った。
 しかし、この唄がサワの十八番でもなんでもない。サワは、タキゾウが十三潟辺りで演っていることを知っていて、「ナオハイ節」を選んだ。そう見込んで、練習してきたのだった。サワが(タキゾウと組みたい)と思い立ってから、日数を要したのは、そのせいであった。
「そいだば、まず、三味線無すで唄ってみでけ。調子合わせるはんで」
 タキゾウは、サワの声の高さを聴きながら、三味線の糸を調弦(キーを合わせる)しようとした。
「いや、四本でお願いすます」
 それも、練習で合わせ済みなのであった。
 タキゾウは、勢い演る気が出てきた。
(おお、ながながやるな、この娘)
「ばって、やっぱり、三味線無すで唄ってみろ」
 タキゾウは、彼女の受け答えを聞いてなおさら、自分の三味線でサワの声に合わせたい、と思うのである。
「はい、唄います」

 寺のナオハイ ナオハイ 和尚さま
 アーイヤサカドッコイショ
 日蔭のすもも ヤイ 日蔭の李 ヤーサイ
 赤くナオハイ ナオハイ ならぬに
 アーイヤサカドッコイショ

 「ナオハイ節」、別名「相内あいうちの坊様踊り唄」は、十三湊をかの安東氏が支配していた頃からあるとされる唄だ。
 十三潟(湖)の、十三村の対岸、相内には当時、山王坊(山王坊遺跡、現在の日吉神社)があり、そこで坊様ぼうさま(ほんとうの寺の僧)と村人が集まり、唄った唄が起源とされ、盆踊りの唄として発展、歌い継がれてきたという由緒を持つのが、この「相内の坊様踊り唄」である。
 やがて、糸が整った。
「はい、そいだば」
 そう言って、タキゾウは三味線を弾き始めた。
 タキゾウ独自の長めの前弾きである。
 それは、サワへの挨拶代わりでもある。
 ひとしきり弾き、タキゾウは、合図を発した。
「はい」
 やはり、初めは息が合わなかった。
 何度も、何度も繰り返す。
 気が付けば、すっかり陽が落ちていた。
 サワが、タキゾウを家まで送ってくれた。自分は歩いて家に帰ると言う。
 考えれば、サワと組めば、タキゾウに手引き役ができることになり、タキゾウの悩みは立ちどころに解消する。
 その後、サワは野良仕事の合間にタキゾウの家に通って来た。
 演目を一緒に考え、合わせ稽古を何度も繰り返した。
 しかし、時間は十分とは言えなかった。それでも、何とか乗り切れるだろう段階にまでは二人でたどり着いたような気がした。
 そして、ついに、その年の祭りの季節がやってきた。
 果たして、二人の不安をよそに、この組はのっけから大評判になったのである。
「あれは何だ、ドンガルだがドンガラ節っていう唄。聞いだごどねが」
 津軽の坊様たちが知るはずも無かった。
 良く聴いた「新保広大寺節」と唄の文句が全く違い、さらに仁太坊とは少し違う前口上が付き、そして何よりも三味線が上手かった。
 それに、坊様と晴眼者の女の組。こんなことは初めて見る形なのだから。
「女の唄もいもんだなあ」
「その前さ、蒔田のトヨって何者だ」
 それまでは、ほとんど知られていないタキゾウなのであった。
 ハマとの共演が話題になったとしても、それはほんの少数の人々の間に過ぎなかった。
 それが、今回はすべての祭りに、このタキゾウとサワの組が出ている。
 その噂は、早晩、仁太坊、もちろん太田長作の元に届いた。
 しかし、凄いとは思っていても、腕自慢の坊様たちが、おいそれと新星の輩を認めるわけがない。
 皆、負けず嫌いなのである。
 それでも、人の噂には蓋が出来なかった。
 そしてまた、「盗み手には味がある」であった。
 盗まれた「津軽ドンガル節」は、そのうちに「ドンガラ節」と称して唄う坊様が現れた。
 それを聴いた座頭の三味線弾きも盗む。盗んだ方も、盗まれた方も自分が一番だと思う。
「おいのほうが凄ぇ」
 こうして、「津軽ドンガル節」は鍛えられていった。
 ハマが名付け親の「津軽ドンガル節」が、人の手を渡り歩き、いつしか「津軽じょんがら節」として定着するのに、さほど月日はかからなかった。
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