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三十八 悲喜こもごも
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ひきこもごも
坊様(盲目の三味線芸人)の単独芸一点張りの津軽に、タキゾウとサワのコンビ芸は、実に新しい旋風となった。
そして、二人の二年目の活動に入った明治二十四年、青森駅が開業し、津軽は「鉄道景気」に突入していく。
この景気は、交通の変革ということだけでなく、とにかく色々な方面に波及していくわけだ。
つまり、どの業界が良い、ということにとどまる訳ではなく、全体的に好景気に沸いたのであって、黎明期の津軽民謡界においても例外ではなかった。
祭りの宵宮だけではなく、「馬市で演る」ということが加わる。
そう、坊様芸を馬喰たちがもてはやすことになるのである。
鉄道と連結する道路交通は、「馬車」の需要を急激に増やす。
馬だ。馬といえば「津軽」と言うように、それは中世からの歴史に裏付けられたもの。
馬を扱う「馬喰衆」が注目の的となり、景気を牽引するのである。
「馬市で演れば、馬喰がら祝儀いっぱい貰える」
こうなるわけで、坊様たちは馬市に集まる。
当然、タキゾウとサワも、馬市に出る。出るが、坊様芸に埋もれて、いまいち精彩に欠けるのだった。
なぜか。
タキゾウの三味線なら、本職の芸姑仕込みであり、迫力だって仁太坊に引けを取らない。そして、坊様連中に「紅一点」の三上サワも、若く良く通る良い声の唄自慢であった。
「祭りであれば、評判もいばって、なすて馬市ではまいねのが」
タキゾウは師匠ハマに訊いてみる。
ハマは、言葉を選んで答えた。
「それは、馬喰好みでねえってことだ。評判だけに左右されてはならねえ。しっかり稽古して、場数踏むしかねえ」
焦らずにやるしかない、と言うのだった。
それは最もな話で、タキゾウには良く分かっている。
しかし、サワは違う。
「やっぱり、男の唄のほうが良のがな」
自分が、「小娘」だから、馬喰の眼鏡に適わない、と嘆くのである。
この馬市においても、やはり、彼の仁太坊はしっかり馬喰の心を捉えるのであった。
「景気の良唄やってぐれ」
そう、馬喰が声をかければ、仁太坊はそれに応える。
「おいの芸だば、生まぃだ時がら景気が良ど決まってらばって、今日はより一層、景気よぐ行ぐはんでよ」
そして、得意の「八人芸」だ。
上手いだけでなく、面白可笑しく演じられる仁太坊の芸は、馬喰の心を鷲掴みだった。
しかし、ハマは言ったように、タキゾウとサワの芸にしたって、決して劣るわけではない。ただ、馬喰にはうけなかっただけだ。
その証拠に、坊様たちの間では評価は高く、また観客の中にも、自分もあのように唄いたい、と思う若者も多かったわけで、それが表立って現れてくるまでには、もう少し時を要する。
こうして、悲喜こもごも、明治二十四年が過ぎ、二十五年も宵宮の季節も終わりかけた秋口だった。
「わー、嫁さ行ぐごどになったはんで」
三上サワが急にこう切り出した。
もともと、サワが生涯「唄い手」としてやっていく、とは思っていないタキゾウだったが、それでも、こういう呆気ない幕切れは想像していなかった。
しかし、嫁ぐのを止めろ、とは言えない。
コンビは、あえなく解消するのであった。
それでも、タキゾウはタキゾウで、時に豪農の家に座打ちで呼ばれ、演奏することもあったりと、変わらず芸の精進を怠ることは無かった。
一方、ハマはと言えば、いよいよ筵の評判も上がってきて、好景気と相まって、出荷枚数も急激に増えていった。
出荷先は北海道で、海産物を輸送する際にそれを包む「ゴザ」であった。筵もゴザも、材料の草が違うだけで同じ編み方である。
「そろっと(そろそろ)、サエばっちゃに贈る筵織るかね」
「それが良い、私も手伝う」
「せっかく贈る筵だーすけ、良いもの贈りてえんだ」
ハマには考えがあった。
「草をね。変えるのさ」
「変えるって、何に」
「三角藺って言うて、切り口が三角の藺草使うのさ」
これは藺草の種類の話で、「三角藺は」は、別名「琉球藺」とか「七島藺」と言い、「琉球畳」表の材料である。
津軽では、この藺草で織ったゴザを「三角ゴザ」と言い、独特な光沢が出ることから、「正月ゴザ」として珍重された。
こうして見ると、ゴザ、筵は、「アイヌ」と「琉球」の両方の日本先住民の伝統であることが解る。
しかも、そのゴザが畳表となり、日本家屋には欠かせない物となっているのだ。
津軽がゴザの産地となったのは、アイヌの移住が早くから進み、古くから彼らの文化が入り、定着したからだと考えられる。
「おかっちゃ、それは分かったども、どうやって、その草探すか」
「うん、そこだ。ああ、ちょうど、聞く相手が来たみたいだ」
やはり、ハマの耳は良い。やがて、タキゾウが家に入ってきた。
しかし、何やら、足取りが重い。
随分と時間を要して、タキゾウがようやく襖を開けた。
「トヨ、何があった。具合でもわーりか」
「は、具合は悪ぇどいえば悪ぇっす」
「どこが」
「どごっていうわげでねばって、調子がでねんだっす」
「なして」
「はあ」
「ああ、サワさん好きになったか」
「いや、逆。は、逆。違う違う」
何とも、覇気がなく、頼りないタキゾウであった。
「トヨさん、ちゃんと話さんばわからねえよ」
タケがたしなめた。
「うう、サワ嫁にいぐはんで、組やめるて」
「あらあ」
タケが気の毒がって、声をもらす。
「あははは」
ハマのほうは、笑い出した。
「なすて笑うんだが、おっしょうさん」
「そりゃ、トヨ。しょうがねえ。サワさんだって年頃になれば、嫁にいくろ」
「嫁さ行ったって良ばって、組やめるごどねだびょん」
「トヨ。百姓の家に嫁に行ったら、忙しゅうて、唄なんて唄うてらんねえよ」
まったく、ハマの言う通り。しかし、タキゾウにしてみれば納得のいかない話だった。
タキゾウが黙して、三味線の準備を始める。
「おめがそれ気に入らねえのは解る。だども、仕方がねえよ。手引きが居んくなるのは都合がわーりて思うども、また見つかるよ」
タキゾウが黙ったままだ。
(いづがは見づがるがもすれねばって、いづになるが分がね)
「そうだ、私が手引きしてくれるよ」
タケが加勢した。
「え、ほんと。そいだば一番良」
タキゾウは、タケの方に顔を向けて、にわかに声を上げた。
「そうだ、そうすれば良い。タケはもう唄も三味線も出来るし。だども、毎回は行けねえけどね。タケだって、佐渡屋の仕事あるすけ」
仕事があるのは、タケもサワと同じだった。
タキゾウは再び肩を落とした。
「まあ、そんげがっかりすることねえすけ。何とかなるよ、トヨ」
「何とかなるよ、トヨさん」
タケの声は明るい。その声を聞いて、タキゾウは本当に何とかなるような気がしてきた。
「そうがなあ」
「そんなんより、私すっかり忘れたったども、おめの名替えしんばいけねえのよ」
「は、名替えって、なんだが」
ハマが、言っているのは、弟子の襲名のことであった。瞽女では「名替え」であり、七年目に行う。
「ほんとは、七年目に、一人前になったとして、襲名するども、おめは瞽女でねえすけ、私が良いと言えば襲名できるのよ」
よく分からないが、タキゾウは、その襲名という響きに反応して、勢い活気づくのであった。
「襲名。おお。おっしょうさん、わっきゃ一人前だがっす」
「もう、とっくに一人前。瞽女でねえすけ私もうっかりしてて、すまねえ。このタケが、来年七年目だーすけ、名替えどうしよかと考えてて、ハっとしてさ」
月日が経つのは速いものだった。
「タケは、もう少し、修行が必要だども、カタチだーすけ、こんげなのは。一緒にやるかね、二人」
「おっしょうさん、その名替えは、何が儀式みだいなのがあるのだがっす」
「そりゃあ、あるさ。名替えの披露しんばね」
「披露。披露ってごどは、誰が呼んで、唄披露するってごどだがっす」
「そのとおりだ。また利兵衛さんに頼んで、佐渡屋でやってみるかね」
タキゾウは途端に、心が踊るのだった。
「そすたっきゃ、父っちゃや母っちゃば呼んで演れるのがっす」
「もちろん、世話になった人みんな呼べるよ」
「それなら、私は、おユキちゃん呼ぶ」
「そうだ、おユキちゃんは呼ばんばね。あ、トヨ、父っちゃで思い出した。おめの家の土地に沼はあるかね」
「う、沼。ああ、沼だばがっぱあります」
「そしたら、聞いてきてほしいんだけど。サンカクイっていう藺草、その沼のどっかに生えてねえかね」
「ああ、ゴザの藺草だね。それは母っちゃが良ぐ知ってらはんで、聞いでみます」
「ほらね、タケ。トヨに聞いてみるもんだろ」
この十日あまり後、三角藺は、佐渡屋別館に届けられた。
届けてくれたのは、タキゾウの母、キヨであった。痩せて小柄だが、キビキビとした丈夫なたちであった。
「むったど、息子大変にお世話になっておりますて。挨拶もせずに、すまねっす」
キヨは、恐縮しきりであった。
三角藺のことはよく知っていて、良く干された物を、タキゾウの義弟の清三と一緒に背負って運んできたのだった。
「こんげふっとつ(たくさん)。どうも。こちらこそ、いつも畑のもの貰いっぱなしで、すみません」
キヨは、まだ頭を上げない。
「それがら、今度、タキゾウの襲名披露すてくれるそうで、本当にどうもっす」
ハマには、想像した通りのタキゾウの義母で、嬉しかった。
「来年の正月。招待するすけ、皆さんで来てくんなせ」
タキゾウは、サワとの組が無くなった悲しみなど、すっかり忘れてしまった。
それどころか、これから益々精進を重ねていかなければ、と心が自然と引き締まるのを感じていた。
坊様(盲目の三味線芸人)の単独芸一点張りの津軽に、タキゾウとサワのコンビ芸は、実に新しい旋風となった。
そして、二人の二年目の活動に入った明治二十四年、青森駅が開業し、津軽は「鉄道景気」に突入していく。
この景気は、交通の変革ということだけでなく、とにかく色々な方面に波及していくわけだ。
つまり、どの業界が良い、ということにとどまる訳ではなく、全体的に好景気に沸いたのであって、黎明期の津軽民謡界においても例外ではなかった。
祭りの宵宮だけではなく、「馬市で演る」ということが加わる。
そう、坊様芸を馬喰たちがもてはやすことになるのである。
鉄道と連結する道路交通は、「馬車」の需要を急激に増やす。
馬だ。馬といえば「津軽」と言うように、それは中世からの歴史に裏付けられたもの。
馬を扱う「馬喰衆」が注目の的となり、景気を牽引するのである。
「馬市で演れば、馬喰がら祝儀いっぱい貰える」
こうなるわけで、坊様たちは馬市に集まる。
当然、タキゾウとサワも、馬市に出る。出るが、坊様芸に埋もれて、いまいち精彩に欠けるのだった。
なぜか。
タキゾウの三味線なら、本職の芸姑仕込みであり、迫力だって仁太坊に引けを取らない。そして、坊様連中に「紅一点」の三上サワも、若く良く通る良い声の唄自慢であった。
「祭りであれば、評判もいばって、なすて馬市ではまいねのが」
タキゾウは師匠ハマに訊いてみる。
ハマは、言葉を選んで答えた。
「それは、馬喰好みでねえってことだ。評判だけに左右されてはならねえ。しっかり稽古して、場数踏むしかねえ」
焦らずにやるしかない、と言うのだった。
それは最もな話で、タキゾウには良く分かっている。
しかし、サワは違う。
「やっぱり、男の唄のほうが良のがな」
自分が、「小娘」だから、馬喰の眼鏡に適わない、と嘆くのである。
この馬市においても、やはり、彼の仁太坊はしっかり馬喰の心を捉えるのであった。
「景気の良唄やってぐれ」
そう、馬喰が声をかければ、仁太坊はそれに応える。
「おいの芸だば、生まぃだ時がら景気が良ど決まってらばって、今日はより一層、景気よぐ行ぐはんでよ」
そして、得意の「八人芸」だ。
上手いだけでなく、面白可笑しく演じられる仁太坊の芸は、馬喰の心を鷲掴みだった。
しかし、ハマは言ったように、タキゾウとサワの芸にしたって、決して劣るわけではない。ただ、馬喰にはうけなかっただけだ。
その証拠に、坊様たちの間では評価は高く、また観客の中にも、自分もあのように唄いたい、と思う若者も多かったわけで、それが表立って現れてくるまでには、もう少し時を要する。
こうして、悲喜こもごも、明治二十四年が過ぎ、二十五年も宵宮の季節も終わりかけた秋口だった。
「わー、嫁さ行ぐごどになったはんで」
三上サワが急にこう切り出した。
もともと、サワが生涯「唄い手」としてやっていく、とは思っていないタキゾウだったが、それでも、こういう呆気ない幕切れは想像していなかった。
しかし、嫁ぐのを止めろ、とは言えない。
コンビは、あえなく解消するのであった。
それでも、タキゾウはタキゾウで、時に豪農の家に座打ちで呼ばれ、演奏することもあったりと、変わらず芸の精進を怠ることは無かった。
一方、ハマはと言えば、いよいよ筵の評判も上がってきて、好景気と相まって、出荷枚数も急激に増えていった。
出荷先は北海道で、海産物を輸送する際にそれを包む「ゴザ」であった。筵もゴザも、材料の草が違うだけで同じ編み方である。
「そろっと(そろそろ)、サエばっちゃに贈る筵織るかね」
「それが良い、私も手伝う」
「せっかく贈る筵だーすけ、良いもの贈りてえんだ」
ハマには考えがあった。
「草をね。変えるのさ」
「変えるって、何に」
「三角藺って言うて、切り口が三角の藺草使うのさ」
これは藺草の種類の話で、「三角藺は」は、別名「琉球藺」とか「七島藺」と言い、「琉球畳」表の材料である。
津軽では、この藺草で織ったゴザを「三角ゴザ」と言い、独特な光沢が出ることから、「正月ゴザ」として珍重された。
こうして見ると、ゴザ、筵は、「アイヌ」と「琉球」の両方の日本先住民の伝統であることが解る。
しかも、そのゴザが畳表となり、日本家屋には欠かせない物となっているのだ。
津軽がゴザの産地となったのは、アイヌの移住が早くから進み、古くから彼らの文化が入り、定着したからだと考えられる。
「おかっちゃ、それは分かったども、どうやって、その草探すか」
「うん、そこだ。ああ、ちょうど、聞く相手が来たみたいだ」
やはり、ハマの耳は良い。やがて、タキゾウが家に入ってきた。
しかし、何やら、足取りが重い。
随分と時間を要して、タキゾウがようやく襖を開けた。
「トヨ、何があった。具合でもわーりか」
「は、具合は悪ぇどいえば悪ぇっす」
「どこが」
「どごっていうわげでねばって、調子がでねんだっす」
「なして」
「はあ」
「ああ、サワさん好きになったか」
「いや、逆。は、逆。違う違う」
何とも、覇気がなく、頼りないタキゾウであった。
「トヨさん、ちゃんと話さんばわからねえよ」
タケがたしなめた。
「うう、サワ嫁にいぐはんで、組やめるて」
「あらあ」
タケが気の毒がって、声をもらす。
「あははは」
ハマのほうは、笑い出した。
「なすて笑うんだが、おっしょうさん」
「そりゃ、トヨ。しょうがねえ。サワさんだって年頃になれば、嫁にいくろ」
「嫁さ行ったって良ばって、組やめるごどねだびょん」
「トヨ。百姓の家に嫁に行ったら、忙しゅうて、唄なんて唄うてらんねえよ」
まったく、ハマの言う通り。しかし、タキゾウにしてみれば納得のいかない話だった。
タキゾウが黙して、三味線の準備を始める。
「おめがそれ気に入らねえのは解る。だども、仕方がねえよ。手引きが居んくなるのは都合がわーりて思うども、また見つかるよ」
タキゾウが黙ったままだ。
(いづがは見づがるがもすれねばって、いづになるが分がね)
「そうだ、私が手引きしてくれるよ」
タケが加勢した。
「え、ほんと。そいだば一番良」
タキゾウは、タケの方に顔を向けて、にわかに声を上げた。
「そうだ、そうすれば良い。タケはもう唄も三味線も出来るし。だども、毎回は行けねえけどね。タケだって、佐渡屋の仕事あるすけ」
仕事があるのは、タケもサワと同じだった。
タキゾウは再び肩を落とした。
「まあ、そんげがっかりすることねえすけ。何とかなるよ、トヨ」
「何とかなるよ、トヨさん」
タケの声は明るい。その声を聞いて、タキゾウは本当に何とかなるような気がしてきた。
「そうがなあ」
「そんなんより、私すっかり忘れたったども、おめの名替えしんばいけねえのよ」
「は、名替えって、なんだが」
ハマが、言っているのは、弟子の襲名のことであった。瞽女では「名替え」であり、七年目に行う。
「ほんとは、七年目に、一人前になったとして、襲名するども、おめは瞽女でねえすけ、私が良いと言えば襲名できるのよ」
よく分からないが、タキゾウは、その襲名という響きに反応して、勢い活気づくのであった。
「襲名。おお。おっしょうさん、わっきゃ一人前だがっす」
「もう、とっくに一人前。瞽女でねえすけ私もうっかりしてて、すまねえ。このタケが、来年七年目だーすけ、名替えどうしよかと考えてて、ハっとしてさ」
月日が経つのは速いものだった。
「タケは、もう少し、修行が必要だども、カタチだーすけ、こんげなのは。一緒にやるかね、二人」
「おっしょうさん、その名替えは、何が儀式みだいなのがあるのだがっす」
「そりゃあ、あるさ。名替えの披露しんばね」
「披露。披露ってごどは、誰が呼んで、唄披露するってごどだがっす」
「そのとおりだ。また利兵衛さんに頼んで、佐渡屋でやってみるかね」
タキゾウは途端に、心が踊るのだった。
「そすたっきゃ、父っちゃや母っちゃば呼んで演れるのがっす」
「もちろん、世話になった人みんな呼べるよ」
「それなら、私は、おユキちゃん呼ぶ」
「そうだ、おユキちゃんは呼ばんばね。あ、トヨ、父っちゃで思い出した。おめの家の土地に沼はあるかね」
「う、沼。ああ、沼だばがっぱあります」
「そしたら、聞いてきてほしいんだけど。サンカクイっていう藺草、その沼のどっかに生えてねえかね」
「ああ、ゴザの藺草だね。それは母っちゃが良ぐ知ってらはんで、聞いでみます」
「ほらね、タケ。トヨに聞いてみるもんだろ」
この十日あまり後、三角藺は、佐渡屋別館に届けられた。
届けてくれたのは、タキゾウの母、キヨであった。痩せて小柄だが、キビキビとした丈夫なたちであった。
「むったど、息子大変にお世話になっておりますて。挨拶もせずに、すまねっす」
キヨは、恐縮しきりであった。
三角藺のことはよく知っていて、良く干された物を、タキゾウの義弟の清三と一緒に背負って運んできたのだった。
「こんげふっとつ(たくさん)。どうも。こちらこそ、いつも畑のもの貰いっぱなしで、すみません」
キヨは、まだ頭を上げない。
「それがら、今度、タキゾウの襲名披露すてくれるそうで、本当にどうもっす」
ハマには、想像した通りのタキゾウの義母で、嬉しかった。
「来年の正月。招待するすけ、皆さんで来てくんなせ」
タキゾウは、サワとの組が無くなった悲しみなど、すっかり忘れてしまった。
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