断罪の果てに、ふたり

希臘楽園

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第二章 婚約

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 婚約が正式に布告されると、王宮の空気は目に見えて変わった。

 祝賀の宴は華やかに催されたが、その光の裏で交わされる視線は冷静だった。誰もが計算している。均衡がどこへ傾くのかを。

 レオンハルトとクラウディアは、公の場では常に適切な距離を保った。並び立てば絵になるが、決して親しげに寄り添いはしない。それが今の王宮では最善だった。

 だが週に一度、南塔の書庫で設けられる「打ち合わせ」は別だった。

 名目は王太子妃教育の進捗確認。
 実際には、政策の検討である。

「北方の鉱山収入が減少しております」

 クラウディアは地図の上に細い指を置いた。

「採掘量そのものではなく、輸送路の問題かと。西方商会を経由すれば改善の余地があります」

「アストリア家の管理下にある街道を通さずにか」

「はい。反発はあるでしょうが、王家主導であれば可能です」

 迷いのない声音。

 レオンハルトは思わず小さく息を吐いた。

「君は遠慮というものを知らないのか」

「遠慮して国益が損なわれるのは本意ではありません」

 さらりと言い切る。

 その姿に、彼はかすかな笑みを浮かべた。

 王太子として育てられてきた自分は、常に「波風を立てぬこと」を教えられてきた。だが彼女は違う。均衡を壊さぬために沈黙するのではなく、均衡を保つために動かすべきものは動かすと言う。

「君が妃となれば、宮廷は忙しくなるな」

「恐れながら、殿下もでしょう」

 視線が交わる。

 そこに甘さはない。ただ、同じ未来を見据える者同士の確かさがあった。

 しかし、その確かさは同時に危うさでもあった。

 アストリア家の重鎮たちは、次第に警戒を強めていく。

「ベルンハルトの娘は聡明すぎる」

「王太子殿下が影響を受けすぎては困る」

 表立って異を唱える者はいない。だが、静かな牽制は増えていった。

 ある日の会議後、レオンハルトは母である王妃から穏やかに告げられる。

「妃となる者は、王家を支える存在でなければなりません。振り回す存在ではなく」

 それは忠告であり、釘でもあった。

 レオンハルトはその夜、書庫の窓辺に立ち、城下に広がる灯りを眺めた。

 均衡は、思っていたよりも脆い。

 クラウディアと交わす議論は、確かに王国を前へ進めるだろう。だが同時に、それはアストリア家の影を薄くする。

 王家は均衡の上に立つ存在。

 どちらかに寄れば、足場は崩れる。

 翌週の書庫で、クラウディアはいつも通り落ち着いていた。

「何かお悩みのご様子ですね」

「顔に出ているか」

「少しだけ」

 レオンハルトは苦笑した。

「均衡というものは、守るほどに歪むらしい」

「均衡は静止ではありません。常に動き続けるものです」

 彼女は静かに本を閉じた。

「殿下が立ち止まれば、均衡は崩れます。進み続けても、崩れるかもしれません。ですが――」

「ですが?」

「何も選ばぬよりは、選んだ方が良いと存じます」

 その言葉は、後に彼の胸に残ることになる。

 この時はまだ、選択がどれほどの代償を伴うか、二人とも知らなかった。

 春の陽射しがわずかに柔らぎ、庭園の蕾がほころび始める。

 王宮の均衡もまた、目には見えぬ形で揺らぎを増していた。
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