幕末群狼伝~時代を駆け抜けた若き長州侍たち

KASPIAN

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第1章 長州の風雲児

10 小忠太と雅樂

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 慶親との対面を終えた騄尉は、側近達を引き連れて菊ヶ浜で弓の稽古をしていた。
「今日は誠に気分のいい日じゃ」
 騄尉が巻藁まきわらのど真ん中に矢を命中させてつぶやく。周りに控えている側近達の中には、騄尉の奥番頭に就任した小忠太と守役である長井雅樂ながいうたがいた。
「久しぶりに父上からお褒めの言葉を頂いたぞ」
 騄尉は矢を弓に番えながらうれしそうに言う。
「それは真によきことで御座いますな。御殿様もさぞ誉れが高いことでしょう」
 長井が騄尉に淡々と申し上げる。長井がしゃべり終わるのと同時に、騄尉は番えた矢を放ち、またど真ん中に命中させた。
「そうだとええのう! それでわしはいつ江戸に出府することになるのじゃろうか? 養子縁組をしたとはいえ、まだ幕府には正式に世子として承認されちょらんからのう……」
 騄尉が長井に尋ねる。この質問も本来は慶親に尋ねたかった事柄の一つであったが、ついに聞けずじまいで終わってしまっていた。
「恐らく近いうちに若殿様も江戸へ出府することになりましょう」
 長井にかわって小忠太が騄尉の問いに答えた。
「左様か。江戸へはまだ生まれてこの方一度も足を運んだことがないけぇ、早う行ってみたいものじゃ」
 騄尉は江戸への憧れを口にすると、遠い目をしながら海を眺めている。




 その後、騄尉は矢をひと通り射ち終えたのを機に休憩し始めたため、それに付き従う側近達もしばしの休憩をとっていた。
「長井殿は若殿様についてどねー思っちょる?」
 小忠太は一人浜から海を眺めている長井を見つけて声をかけた。
「御殿様に似て聡明であると儂は思うちょる。ゆくゆくは防長二国を背負うのにふさわしい御方になるじゃろう」
 長井が小忠太の質問に答える。
「儂も長井殿と同じ考えじゃ。若殿様が正式に御殿様の世子になれば長州も安泰じゃし、何より長きにわたる徳山との確執も完全に解消されるというものじゃ」
 小忠太は期待を膨らませながら語った。三代目徳山藩主であった毛利元次が、四代目長州藩主毛利吉広の後継候補から外されたのを機に生じた徳山藩との確執は、騄尉の実父である八代目徳山藩主毛利広鎮が長州藩の斡旋で陣屋大名から城主格大名へと昇格して以降、徐々に解消されつつあった。
「高杉殿の申すとおりじゃ。あとは異国に備えて海防を整えることができれば何も憂いはないのじゃがのう……」
 長井が海を眺めながら言う。最近村田清風から異国船や海防の話を耳にするようになっていたため、海外の事情にもある程度詳しくなっていた。
「全くその通りじゃ。これからは異国の脅威にも晒されることになるやもしれん。じゃけぇより一層、毛利家の為に若殿様を供にお支えしていかなければなりませぬの」
 小忠太は覚悟を決めたような表情で語った。

 

 
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