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第1章 長州の風雲児
11 武芸に励む少年
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明倫館の撃剣場では、防具に身を固めた藩士の子弟達が盛んに竹刀で打ち合っており、晋作もその中に混じって稽古に励んでいた。栄太郎との決闘以来、本格的に武術に打ち込むようになった晋作は明倫館で剣や槍、弓などを鍛錬していた。
晋作が今日の稽古の相手である作間門十郎に目にも止まらぬ速さで面、胴、小手の順に竹刀を打ち込むと、門十郎は体勢を崩して道場の床に倒れこんだ。
「それまで!」
明倫館で柳生新陰流を指導している内藤作兵衛が終了の合図をすると、晋作を含む子弟達は一斉に稽古を止めて面を取り外し正座をした。
「姿勢を正して黙想!」
作兵衛の指示に従い、晋作達は目をつむって呼吸を整える。その後、少し間をおいて作兵衛が「止め!」と言うと一斉に目を開けた。
「本日の稽古はここまでとする。では解散!」
稽古が終わった子弟達は撃剣場からそれぞれ退場していく。晋作もその流れに任せて退場しようとしたとき、作兵衛がふいに声をかけてきた。
「今日もなかなかいい太刀筋じゃったぞ、高杉!」
「ありがたき幸せにございます! じゃがなぜ今日に限ってそねーなことをおっしゃられるのですか?」
普段声をかけてこない作兵衛に声をかけられて、晋作は不思議で仕方がない。
「ここ最近のお前の剣の腕前の上達ぶりに目覚ましいものがあったからじゃ! このままゆけばゆくゆくは免許皆伝も夢ではあるまい」
作兵衛はにっこり笑って晋作を褒めちぎる。
「もったいなきお言葉でございます。これからも精進して腕を磨いて参りたいと存じます」
晋作が作兵衛の賞賛に対して礼を言った。
「うむ、その意気じゃ。ところで学問の方はどうじゃ?」
作兵衛が晋作に尋ねる。
「学問はあまり好きではありませぬ。わしは根っからの武術家ですので」
晋作はにべもなく答えた。経書の訓古にばかりこだわる明倫館の学問を晋作は内心毛嫌いしている。
「左様か。じゃが毛利家の侍たるもの、剣術や弓術だけでなく学問にも精進せねばいけんぞ」
作兵衛は穏やかな口調で晋作に言うと撃剣場から退場した。
その晩、高杉家の面々は茶の間に集い夕餉《ゆうげ》をとっていた。高杉家の夕餉として野菜と味噌汁の他、鮎の塩焼きが膳の上にあった。
「わしが春分の日に若殿様の前で弓をお見せすることになったっちゅうのは誠ですか? 父上」
晋作はうれしさと驚きのあまり、久しぶりに食した鮎の塩焼きの味を忘れてしまった。
「誠じゃ。若殿様はかねてから明倫館へ出向かれることを希望されており、特に射術場の上覧を楽しみになさっておられたけぇ、儂から明倫館へ一度かけおうてみたのじゃ。恐らく明日粟屋殿から正式に言い渡されることになるじゃろう」
小忠太も嬉しそうな様子だ。慶親の意向で騄尉が春分の日に明倫館へ出向くことが決まったとき、小忠太は奥番頭の地位を使って密かに弓術指導の粟屋弾蔵に息子を推薦していた。
「そねーな大役が晋作に務まるんか?」
道が心配そうな様子で小忠太に尋ねた。武や栄も母の道につられて、心配そうな表情をしながら味噌汁をすすっている。
「心配ないっちゃ。学問ならいざ知らず、武術にかけては明倫館内でも晋作の右に出る者はそうおらんじゃろう」
祖父の又兵衛が心配する道達を宥めるように言った。
「じゃが浮かれてばかりおれんのも事実じゃ。若殿様の前で弓を披露する以上は下手な真似はできん。もし粗相をしでかしでもしたら、我が高杉家の名に傷がつくことになるからの。それだけは肝に命じねばいけんぞ」
小忠太は晋作の方に顔を向けて厳しく戒める。
「分かっちょります。じゃが弓はわしの最も得意とするところ、必ずや高杉家の名に恥じぬように務めてご覧に入れまする」
晋作は覚悟を新たに決意表明した。
晋作が今日の稽古の相手である作間門十郎に目にも止まらぬ速さで面、胴、小手の順に竹刀を打ち込むと、門十郎は体勢を崩して道場の床に倒れこんだ。
「それまで!」
明倫館で柳生新陰流を指導している内藤作兵衛が終了の合図をすると、晋作を含む子弟達は一斉に稽古を止めて面を取り外し正座をした。
「姿勢を正して黙想!」
作兵衛の指示に従い、晋作達は目をつむって呼吸を整える。その後、少し間をおいて作兵衛が「止め!」と言うと一斉に目を開けた。
「本日の稽古はここまでとする。では解散!」
稽古が終わった子弟達は撃剣場からそれぞれ退場していく。晋作もその流れに任せて退場しようとしたとき、作兵衛がふいに声をかけてきた。
「今日もなかなかいい太刀筋じゃったぞ、高杉!」
「ありがたき幸せにございます! じゃがなぜ今日に限ってそねーなことをおっしゃられるのですか?」
普段声をかけてこない作兵衛に声をかけられて、晋作は不思議で仕方がない。
「ここ最近のお前の剣の腕前の上達ぶりに目覚ましいものがあったからじゃ! このままゆけばゆくゆくは免許皆伝も夢ではあるまい」
作兵衛はにっこり笑って晋作を褒めちぎる。
「もったいなきお言葉でございます。これからも精進して腕を磨いて参りたいと存じます」
晋作が作兵衛の賞賛に対して礼を言った。
「うむ、その意気じゃ。ところで学問の方はどうじゃ?」
作兵衛が晋作に尋ねる。
「学問はあまり好きではありませぬ。わしは根っからの武術家ですので」
晋作はにべもなく答えた。経書の訓古にばかりこだわる明倫館の学問を晋作は内心毛嫌いしている。
「左様か。じゃが毛利家の侍たるもの、剣術や弓術だけでなく学問にも精進せねばいけんぞ」
作兵衛は穏やかな口調で晋作に言うと撃剣場から退場した。
その晩、高杉家の面々は茶の間に集い夕餉《ゆうげ》をとっていた。高杉家の夕餉として野菜と味噌汁の他、鮎の塩焼きが膳の上にあった。
「わしが春分の日に若殿様の前で弓をお見せすることになったっちゅうのは誠ですか? 父上」
晋作はうれしさと驚きのあまり、久しぶりに食した鮎の塩焼きの味を忘れてしまった。
「誠じゃ。若殿様はかねてから明倫館へ出向かれることを希望されており、特に射術場の上覧を楽しみになさっておられたけぇ、儂から明倫館へ一度かけおうてみたのじゃ。恐らく明日粟屋殿から正式に言い渡されることになるじゃろう」
小忠太も嬉しそうな様子だ。慶親の意向で騄尉が春分の日に明倫館へ出向くことが決まったとき、小忠太は奥番頭の地位を使って密かに弓術指導の粟屋弾蔵に息子を推薦していた。
「そねーな大役が晋作に務まるんか?」
道が心配そうな様子で小忠太に尋ねた。武や栄も母の道につられて、心配そうな表情をしながら味噌汁をすすっている。
「心配ないっちゃ。学問ならいざ知らず、武術にかけては明倫館内でも晋作の右に出る者はそうおらんじゃろう」
祖父の又兵衛が心配する道達を宥めるように言った。
「じゃが浮かれてばかりおれんのも事実じゃ。若殿様の前で弓を披露する以上は下手な真似はできん。もし粗相をしでかしでもしたら、我が高杉家の名に傷がつくことになるからの。それだけは肝に命じねばいけんぞ」
小忠太は晋作の方に顔を向けて厳しく戒める。
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