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第10章 暴走の果てに

2 師を諫める塾生達

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 その頃、江戸にいる晋作達の元に、寅次郎から間部暗殺に協力するよう書状が届き、その返書をどうするかで晋作や久坂、中谷達が桜田邸内の西長屋にて話し合いをしていた。
「一体どねーするんじゃ? この文を見る限り、先生は本気で老中の間部を暗殺しようとしちょるみたいじゃぞ?」
 塾生の一人である尾寺新之丞は、老中暗殺に参加するよう書かれた書状が寅次郎から届いたことで大層慌てている。
「どねーするも何も、老中暗殺など絶対にできるわけなかろう。先生は冷静さを失っておられるみたいじゃけぇ、わしらでお諫めせねばいけんな」
 新之丞とは違い落ち着いた様子でいる中谷が澄まし顔で言った。
「中谷さんのゆうちょる通りじゃ。天下の時勢が大いに変じ、諸侯も矛を収めて傍観に徹し、将軍宣下も無事済んだ今の状況で老中暗殺など行おうものなら、かえって我が殿に迷惑がかかるっちゅうもんじゃ。先生の仰ることは確かに正論かもしれんが、今は下手なことをせずに観望、自重するのが何よりの良策じゃ」
 久坂は中谷の意見に同意すると、
「晋作、お前も当然わしらと同じ考えじゃな?」
 と険しい表情をしている晋作に話を振った。
「ああ、勿論じゃ。老中暗殺を今行ったところで、誰からも支持されんのは火を見るよりも明らかなことじゃからな」
 晋作は久坂の問いに答えると続けて、
「じゃがもし幕府の役人共が増長して他の諸侯を隠居に追い込んだり、有志の者を罰したり、あるいは本格的に異人共と交易を開始した場合は別じゃ。その時は幕府といえど容赦はせん」
 と言って鋭い眼光を覗かせた。
「ああ、こねーな時に桂殿がおったら心強かったのに……。まっことついちょらんのう……」
 尾寺と同じく塾生の一人である飯田正伯が深いため息をつく。
 桂小五郎はこの時、藩から帰国命令を出されて萩へ向かっている最中であった。
「その通りじゃ。間が悪いっちゅうか、何ちゅうか……」
 久坂も飯田同様、桂が今いない現状を嘆いていたうちの一人であった。
「ないものねだりをしても仕方ないじゃろう。今おるわしらで先生を諫めるための文を書くより他ないのじゃから」
 中谷が久坂達に対して諭すような口調で言う。
「それもそうじゃな。では早う先生宛に文を書いて送りましょう。でないと文を送ったときには、先生は既に事を起こしたあとだったなんてことになりかねませぬからな」
 飯田が文を早く書くよう意見すると、他の塾生達もそれに同調して急ぎ文を書き始めた。
 
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