幕末群狼伝~時代を駆け抜けた若き長州侍たち

KASPIAN

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第10章 暴走の果てに

8 寅次郎捕縛命令

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 寅次郎が野山獄内で草莽崛起論を唱えていたころ、井伊掃部頭達は京で捕らえた梅田雲浜や水戸の鵜飼親子、頼三樹三郎、池内大学等の身柄を江戸に送らせ、評定所において彼等を訊問していた。
 掃部頭達が志士達に執り行った訊問は苛烈を究め、ときには笞打や石抱などの拷問が行われることもあった。
 この日も掃部頭は、評定所に間部詮勝や勘定奉行の池田播磨守頼方、寺社奉行の松平伯耆守宗秀等を呼び寄せて、志士達から有益な報せを聞き出せたかどうかについて報告させていた。
「水戸の京都留守居役であった鵜飼吉左衛門及びその息子の鵜飼幸吉を厳しく訊問致しましたところ、此度の密勅降下に関わった者に、水戸家老の安島帯刀や右筆頭取の茅根伊予之助、勘定奉行の鮎沢伊太夫、小十人目付組頭の大竹儀兵衛がおる事が判明いたしました」
 池田播磨守は淡々と志士達の訊問の結果の報告をしている。
「さらにそれだけでなく、これら水戸の者達は薩摩や越前などと共謀して、掃部頭様を亡き者とする企てを練っていたことも、調べで分かりました」
 播磨守は恐るべき計画を顔色一つ変えることなく報告した。
「掃部頭様を亡き者にしようとは言語道断! 御三家の家臣が幕府に弓を引くなど決してあってはならぬことじゃ!」
 播磨守の報告を聞いた松平伯耆守は憤慨している。
「伯耆の申すことは至極最もじゃ! このまま奴らを捨ておくことはできん! 早う奴らをひっ捕らえねば!」
 間部下総守も報告を聞いて憤っているようだ。
「……下総や伯耆の申す通り、幕政を乱す輩は誰であろうと許すわけにはいかぬ。急ぎ小石川の慶篤公に使を出して、ただちに安島・茅根・鮎沢・大竹等の身柄を引き渡させよ」
 井伊は少し間をおいた後、重々しい声で捕縛命令を出した。
「それと例の梅田雲浜は今どうなっておるのじゃ?」
 間部下総守が松平伯耆守に尋ねる。
「梅田からはまだ何も聞き出せてはおりませぬ! 血まみれになるまで笞打しても一向に何も白状せぬため、近々石抱を行う許可を得ようと考えておりまして……」
 なかなか口を割らない雲浜のことに触れられた伯耆守は困ったような顔をしながら答えると続けて、
「ただ他に捕らえた者たちから、梅田に関して一つ気になる報せを手に致しました!」
 と自身が取得した新たな報せの存在をちらつかせることで、直弼の関心を引こうとした。
「気になる報せとは如何なるものじゃ?」
 掃部頭は伯耆守に対し威圧的な態度で尋ねる。
「雲浜はどうやら長州の吉田寅次郎と深く好を通じているということで御座います! この吉田寅次郎はかつてぺルリが来航した折に黒船に密航しようとした輩であり、今は国元に蟄居謹慎されられておりまするが、二年程前に梅田が長州を訪れた時に、奴はわざわざこの寅次郎の元まで足を運んで、盛んに国の政について話し合っていたそうに御座います! また最近御所内で発見された御政道を批判する落とし文について、巷では吉田寅次郎と筆跡が似ていると専らの噂になっておるそうにございます! この寅次郎を江戸に呼び出して詳しく話を聞けば、もしかしたら梅田について何か手掛かりがつかめるやもしれぬのではございませぬか?」
 伯耆守は気になる情報についての詳細を掃部頭に語った。
「なるほど、吉田寅次郎か……」
 伯耆守の報告を聞いた井伊は含むように呟くと、
「急ぎ桜田にある長州藩邸に使を派遣させよ。吉田寅次郎を評定所にて吟味する」
 と寅次郎の捕縛命令を出した。

 
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