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第10章 暴走の果てに
7 草莽崛起論
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一方、頼みの伏見要駕策が失敗に終わったことを野山獄内で知った寅次郎は、今度は草莽崛起論を唱えるようになっていた。
草莽崛起論は在野の尊攘の志士達が立ち上がることを期待した策であり、本来なら村塾の塾生達がその草莽になるはずであったが、既にほとんどの塾生達が寅次郎から離れていったため、もはや自身だけしか草莽の志士はいないと、この時の寅次郎は固く信じて疑わなかった
「今度は何を考えちょられるのでしょうか、先生?」
寅次郎がいる室の前に姿を現した久子が心配そうに尋ねる。
「ちょうど今草莽崛起の策をまとめちょる所じゃ! 間部暗殺も伏見要駕策も潰えた今となっては、これが最後の頼み綱なのじゃ!」
寅次郎は半紙に草莽崛起論の内容を熱心に記しながら答えると続けて、
「贅沢な暮らしに毒され、柔弱な婦女のような者ばかりになってしまった徳川幕府など、もはや相手にする価値はない! また幕府の顔色ばかりを窺って、ひたすら幕府に媚びへつらっちょる諸侯も幕府同様不要の存在じゃ!」
と草莽崛起論の概要について説明し始めた。
「それだけではないっちゃ! 外夷を近づけては神国の穢れと申すばかりで、大昔の時のような雄大な計略もなく、ただひたすら権力にばかり執着しちょる公卿も、最早この国には不要じゃ! 僕の帝への忠義を理解しようともせず、邪魔ばかりしてくる我が藩も、そして僕の教えを微塵も分かっちょらんかった塾生達ももう要らん! この六尺ばかりの我が身さえあれば、全ては事足りるのじゃ!」
寅次郎は草莽崛起論の概要について説明し終えると、今度は机の上に置いてあった『那波列翁伝』を手に持って、
「これを見んさい! これは長崎で手に入れたナポレオンの伝記じゃ! ナポレオンはコルシカの一将校から這い上がって、最終的には帝にまで昇りつめた稀代の英傑なのじゃ! 彼はエゲレスやオーストリアなどの列強の包囲を打ち破っただけでなく、逆にイュウロッパ全土をほぼその手中に収めた、まさに模範とすべき偉大な男じゃ! 今こそ僕がナポレオンとなって、この国を変えてみせちゃるけぇのう!」
と言って盛んに息巻いている。
「そねーおっしゃられても、今の先生にできることは何もないのではありませぬか?」
草莽崛起論の概要を聴いた久子は半ば呆れ気味でいた。
「先生はこの野山獄から一歩たりとも外に出ることはできぬ身であり、村塾の塾生達のほとんどが先生から離れて協力者もいない今、先生が何を申されようとそれは机上の空論でしかないと存じちょります」
久子は正論を寅次郎に叩きつける。
「いい加減目を覚ましてくださいませ。死に急ぐ先生のお姿など、私はもう見たくありませぬ」
悲しみのあまり、久子がすすき泣き始めた。
「そねー悲しまれるな、高須殿」
泣いている久子に対し寅次郎は優しく語り掛ける。
「僕が仮に志半ばで死ぬこととなったとしても、それは決して無駄な死などではござりませぬ。僕の死が切っ掛けとなって僕の志を、いんや思いを受け継ぐ者がおる限り、そしてその受け継いだ者が世をかえようと立ち上がり続ける限り、僕の志は永久に残り続けるのであります。一番大事なのは時勢が来るのを待つことではなく、時勢を自ら作り出していくこと。僕はそれを証明するために、この草莽崛起論を実践に移そうと考えちょるのであります」
寅次郎は諭すような口調で言うと、久子は涙を拭いながら、
「分かりました、先生がそこまで考えちょられるのならば、私はもう何も申しませぬ。どうかご無事で」
と言い残して自分の室へと戻っていった。
草莽崛起論は在野の尊攘の志士達が立ち上がることを期待した策であり、本来なら村塾の塾生達がその草莽になるはずであったが、既にほとんどの塾生達が寅次郎から離れていったため、もはや自身だけしか草莽の志士はいないと、この時の寅次郎は固く信じて疑わなかった
「今度は何を考えちょられるのでしょうか、先生?」
寅次郎がいる室の前に姿を現した久子が心配そうに尋ねる。
「ちょうど今草莽崛起の策をまとめちょる所じゃ! 間部暗殺も伏見要駕策も潰えた今となっては、これが最後の頼み綱なのじゃ!」
寅次郎は半紙に草莽崛起論の内容を熱心に記しながら答えると続けて、
「贅沢な暮らしに毒され、柔弱な婦女のような者ばかりになってしまった徳川幕府など、もはや相手にする価値はない! また幕府の顔色ばかりを窺って、ひたすら幕府に媚びへつらっちょる諸侯も幕府同様不要の存在じゃ!」
と草莽崛起論の概要について説明し始めた。
「それだけではないっちゃ! 外夷を近づけては神国の穢れと申すばかりで、大昔の時のような雄大な計略もなく、ただひたすら権力にばかり執着しちょる公卿も、最早この国には不要じゃ! 僕の帝への忠義を理解しようともせず、邪魔ばかりしてくる我が藩も、そして僕の教えを微塵も分かっちょらんかった塾生達ももう要らん! この六尺ばかりの我が身さえあれば、全ては事足りるのじゃ!」
寅次郎は草莽崛起論の概要について説明し終えると、今度は机の上に置いてあった『那波列翁伝』を手に持って、
「これを見んさい! これは長崎で手に入れたナポレオンの伝記じゃ! ナポレオンはコルシカの一将校から這い上がって、最終的には帝にまで昇りつめた稀代の英傑なのじゃ! 彼はエゲレスやオーストリアなどの列強の包囲を打ち破っただけでなく、逆にイュウロッパ全土をほぼその手中に収めた、まさに模範とすべき偉大な男じゃ! 今こそ僕がナポレオンとなって、この国を変えてみせちゃるけぇのう!」
と言って盛んに息巻いている。
「そねーおっしゃられても、今の先生にできることは何もないのではありませぬか?」
草莽崛起論の概要を聴いた久子は半ば呆れ気味でいた。
「先生はこの野山獄から一歩たりとも外に出ることはできぬ身であり、村塾の塾生達のほとんどが先生から離れて協力者もいない今、先生が何を申されようとそれは机上の空論でしかないと存じちょります」
久子は正論を寅次郎に叩きつける。
「いい加減目を覚ましてくださいませ。死に急ぐ先生のお姿など、私はもう見たくありませぬ」
悲しみのあまり、久子がすすき泣き始めた。
「そねー悲しまれるな、高須殿」
泣いている久子に対し寅次郎は優しく語り掛ける。
「僕が仮に志半ばで死ぬこととなったとしても、それは決して無駄な死などではござりませぬ。僕の死が切っ掛けとなって僕の志を、いんや思いを受け継ぐ者がおる限り、そしてその受け継いだ者が世をかえようと立ち上がり続ける限り、僕の志は永久に残り続けるのであります。一番大事なのは時勢が来るのを待つことではなく、時勢を自ら作り出していくこと。僕はそれを証明するために、この草莽崛起論を実践に移そうと考えちょるのであります」
寅次郎は諭すような口調で言うと、久子は涙を拭いながら、
「分かりました、先生がそこまで考えちょられるのならば、私はもう何も申しませぬ。どうかご無事で」
と言い残して自分の室へと戻っていった。
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