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少し世界を知った

守りたい ユシリス視点

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 眠ってしまったリディオが心配でその場から動けなかった。
 小さな手を握りしめて、俺は弟を思い出していた。

 弟は確かに殺された。勇者の剣で容赦なく胸を貫かれて死んだ。
 けれど、それは弟が見境なく人間を襲ったからだった。

『兄貴より俺の方が役に立つ! その事をラヴィアス様にわからせたい!』

 そんな競争心を持った弟に対して俺は戸惑うばかりだった。

『グンナル。いくら人間を殺しても、ラヴィアス様には認められない』
『なら、どうして兄貴はラヴィアス様の側近になれたんだ⁉︎』

 俺はただ……人間に襲われていた魔族の子供を助けただけだ。
 まだ子供の魔族は、戦う術を知らないから……。

 それを知ったラヴィアス様は、俺を城に呼んで軽く会話をすると、すぐに側近にした。
 なぜかと問いかけたら、好ましいからとしか言われなかった。
 自由な魔王族らしいと思った。

 それは、名誉な事だった。
 魔王族の側近になれるのは、ほんのひと握りの認められた者だけだったからだ。
 魔族であれば、誰もが憧れる。

『俺は……守っただけだ……』
『強さを見せつけたんだろう! 俺の方が強いという事を見せつけてやる!』

 グンナルはそう言って、人間界に行っては人間を殺して喰った。
 俺が何を言っても聞く耳を持たなかった。

 人喰いの狼男が出ると噂になった街に勇者がやってきた。
 弟は、その勇者を倒せば自分が認められると思ったんだろう。
 逃げるどころか、勝負を挑んで負けた。
 その街には平和が戻り、人々は怯えて過ごすことがなくなった。

 俺は、弟が死んで確かに悲しかった。
 けれど、俺は弟の仇を討とうなんて思わない。
 あれは、弟の運命だった。無差別に人間を襲った狼男の運命だ。

「うぅ……」

 痛そうに眉根を寄せて、呻くリディオを見るととても胸が痛い。
 勇者でも戦士でも魔法使いでもない、首を捻れば死んでしまう、こんなか弱い人間を殺すだなんてどうしてできるんだ……。

 ラヴィアス様は、人間に恨みもなく、人間に偏見のない者しかリディオに近付けなかった。
 それほど大切にしているリディオの側に俺を置いてくれた。
 最初はその期待に応えたかった。

 リディオを赤ん坊の頃から見ていた。
 人間の赤ん坊は、喋る事も自分で歩く事もできないなんて知らなかった。
 一歩も歩けなかったリディオが初めて一歩を踏み出した瞬間の感動はものすごかった。
 そこにいた誰もが胸を震わせた。

 狼の姿が好きらしく、俺の体を撫でて喜ぶ。
 そのうちに俺に寄りかかって寝る。
 安心し切った顔で俺に全てを任せているのだと思ったら、庇護欲をかき立てた。
 いつの間にかリディオを自分自身で守りたいと思うようになっていた。
 俺は、リディオを守りたかった。

 それなのに、リディオを落とすなんて……俺はなんて事を……。

 俺達に絡んできた獣人の二人は元々素行が悪かった。
 まだ子供の魔族をいじめている姿を見かけて注意した事が何度もある。その不満も俺に対してあったんだろう……。

 そのうちに、城の医者が来た。

 この城の医者は妖狐だ。いつも着物だったり袴だったりを着ていて、人型だけれど、薄い金髪に同じ色の耳と尻尾を持っている。それも九本も。
 リディオはこの尻尾も好きなんだよな……。
 九本とかずるいな……と密かに思っている。
 
 妖狐であるフォウレは、魔族の医者だが、リディオの為に人間の事も勉強し始めた。
 フォウレの部屋は医学書で山積みだった。
 回復魔法は人間の魔法使いしか使えない。
 俺達魔族は、魔族の医者が作った薬を飲んで、自力で治すしかない。

 フォウレは、リディオの背中を見て触れて、様子を窺い呼吸を確かめる。
 フォウレの九本ある尻尾がふぁさっと揺れた。

「頭を打った様子はないよ。骨にも異常はないし、強く背中を打っただけだね。背中に薬草の湿布を貼って、二、三日すれば治るよ」

 フォウレが、おっとりとした口調で言った。
 その言葉に、俺もシャールもホッとした。

 フォウレは、リディオの背中に湿布を貼ってそっと布団を掛けてあげた。
 人間は脆い。わかっているのに怪我をさせるなんて……。

 やるせなさでギュッと拳を握れば、フォウレが俺を睨んできた。

「それで……なぜこんな事に?」

 いつものおっとりとした口調なのに、怒気を含んでいた。
 フォウレもリディオが好きな一人だ。
 あの場にいたのがフォウレだったら、絡まれたりしなかったはずだ。
 同じ上級魔族なのに、俺は情けない。

「…………」

 本当の事を言うのは、絡んできた狼男の事を告げ口するみたいで嫌だと思った。
 これは、俺達一族の問題でもある。

「少し……時間が欲しい」
「ダメ。もうラヴィアス様に伝令が行った。すぐにお戻りになるよ」

 まだ時間はあるはずだ。その間にあいつらとケリをつけなければ──。
 そう思った瞬間に、リディオの部屋のバルコニーの扉が勢いよく開いた。
 ラヴィアス様が伝令を受けて、すぐに帰ってきたのだ。驚くほど早かった。

 外が黒い雲に覆われて、時々ゴロゴロと鳴っている。

 ラヴィアス様は、何もおっしゃらなかった。
 ただ視線をリディオに向けて歩いてくる。
 ラヴィアス様の雰囲気にそこにいた俺もシャールもフォウレも跪いて頭を垂れる事で敬意を示した。
 一緒に帰ってきたユルも俺達と同じようにした。
 魔族の本能が逆らうなと警鐘を鳴らす。
 目を合わせたら……殺される。
 そんな雰囲気がラヴィアス様から発せられていた。

 ラヴィアス様は、そっとリディオを覗き込んだまま、フォウレに声を掛けた。

「──怪我の様子は?」

 低く冷たい声音が鼓膜を揺るがす。
 下級魔族だったなら、それだけで震えが止まらなくなるだろう。

 フォウレは、膝をついたまま、俺達にした説明をラヴィアス様にもした。
 さすがのフォウレもいつものおっとりとした口調に少し怯えが混じっていた。

「わかった。リディオはこのまま寝かせておけ」
「はい」
「それで──どうしてこんな事になったんだ?」
「それは、ユシリスが知っています」

 俺の名前がフォウレから告げられれば、ラヴィアス様の視線が俺に刺さっているのがわかる。
 尻尾が縮み上がりそうだ……。

「顔をあげろ」

 ラヴィアス様の言う通りにすれば、その真紅の瞳が赤く光っているように見えた。
 怒っている。
 こんなにも怒っているラヴィアス様を見るのは久しぶりだ。

「何があったか話せ」
「は、はい……」

 ラヴィアス様の命令は絶対だ。
 廊下であった事を、一通り説明する。
 その間も雷は酷くなり、遂にはピカッと光ってドォンと落ちた。

「──ですから……悪いのは……俺です……」

 守りきれなかった。

「わかった。お前には後で罰を与える。その前に──そいつらの所に行くぞ。案内しろ」
「はい」

 リディオをフォウレとシャールに任せて廊下に出る。

 城の中で気配を追ったけれど、あいつらの匂いが残っていない。もう狼男の一族の里に戻ったみたいだ。
 狼の姿で外を走った。
 ラヴィアス様とユルは空を飛んで後を付いてきていた。
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