羊飼いがいた

烏肉

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羊飼いがいた

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 ある時代、ある場所に、ひとりの羊飼いがいた。

 彼はかつて、自分を含めた人という生き物たちが大嫌いだった。彼自身を含めた人間の誰しもが生きる上で帯同することになる、不誠実さや傲慢さ、そしてその利己性が、彼には許しがたいものに思えて仕方がなかったのだ。
 彼はまず親を恨んだ。子の持つ不誠実さは、子を産む親から受け継がれるがゆえに生じてしまうのだ、親が不誠実でさえなければよかったのだ、と考えた。五歳を迎えた日、彼は家出することにした。
 次に彼は自分を育てた傲慢な街を恨んだ。盗みや殺人が毎日のように起こるその街では、誰もが謙虚な気持ちを忘れているように見えた。十歳を迎えた日に、彼は街を離れ、羊飼いとして生きることにした。
 彼は最後に神を恨んだ。そもそも神が生み出される世界に対してももっと強い責任感を持ち、もっと長く時間をかけて世界を創り出していれば人間は必ずしも利己的な生き物にはならなかったと考えた。彼は十五歳を迎えた日、神を探す旅に出ることにした。

 羊飼いは歩いた。途方もない距離を、辛抱強く歩き続けた。野を越え、丘を越え、山を登り、谷を下った。実に五年間もの間、彼は神を探して歩き続けた。
 そしてとうとう羊飼いは見つけた。その神と思しき存在は、崖に聳え立つ大木に姿を変え世界を見下ろしていた。その大木自身は自らのことを神ではなく造物主であると言ったが、羊飼いにとってはどちらも同じことだった。
 「あなたはなぜ我々をこのように自分勝手な性格を持つよう創ったのですか」、羊飼いは尋ねた。
 大木は答える。
 「私がそういうふうに創ったんじゃない。きみたちがそう望み、きみたち自身がそう歩んだだけさ」
 「あなたはなぜ、七日間というとても短い時間で世界を創ったのですか」
 「なにか理由があってその時間にこだわったわけじゃない。それ以上の時間がとりたてて必要ではなかっただけさ」
 「もっと時間を長くかけて、丁寧に世界を作っていれば人間という利己的な動物が生まれることはなかったのではないのですか」
 「時間は問題じゃない。どの動物も例外なく利己的に創られているし、生物である以上それは仕方のないことだ。人間もただその延長線上にあるだけさ」
 「その人間の生き方が、僕には許せないんだ」、羊飼いは叫んだ。
 「それほどに不満なのであれば、きみが世界を創り直せばいい」、大木は言う。「それほどに難しいことじゃない。なあに、私を焼き払えばいいだけの話さ」
 彼は言われたとおり、大木を焼き払うことにした。辺りの落ち葉を掻き集め、ポケットにあったマッチで火をつけた。
 木はごうごうと勢い良く燃えた。そして三日三晩燃え続けた。彼はその間じっと待った。木は跡形もなく焼失し、やがて灰も風にさらわれてそこには何もなくなった。
 彼はかつて木が生えていた場所に座りこみ、新しい世界について考えた。そして、まず現在の世界を消し去ろうという結論に至った。
 彼は一日目に世界を完全に消してしまった。そしてそこには闇だけが残った。
 二日目に、前の造物主と同じように最初に光を創った。
 そして三日目に空を、四日目に大地を創った。
 五日目に海を作り、陸地には植物を生えさせた。
 六日目に太陽と月と星を創った。
 問題は次だった。住まわせる生き物たちをどうするか。
 彼は考えた。再び、人間のような利己的な種を生み出してしまっては、今回世界を作り変える意義をも失う。
 その結果、ヒトの祖先となり得る霊長類などは創らないことに決めた。七日目にかつていた魚と鳥と獣と家畜を創り直し、八日目に彼は体を休めた。
 八日間かけて彼が作り出した文明のないその世界は、彼がかつて望んだ世界そのものだった。彼はその世界に満足し、その新たな世界の神として見守ってゆくことに決めた。

 数億年が経った頃。
 彼もその時にはもうすでに、崖の上でどっしりと構える大きな木になっていた。彼は姿を変えてなお、その世界を何年も見守り続けていた。そして彼自身も予想だにしていなかった、あることが起こった。
 海辺を住みかとしていた軟体動物の一種が、陸に適応し始めたのだ。彼らは高い知能を身につけ、空気を振動させ合い行う、かつて言葉として存在したあれにも似た、意思疎通の手段を得た。それを境に、高度な文明をも築くことにもなった。
 そしてその過程で、その種の個々が、利己的な欲求をお互いにぶつけあい始めた。傷つけあい、奪い合い、殺し合った。それはかつての羊飼いに、かつての人間たちの姿を彷彿させた。
 しばらくして、そのうちの一匹が崖の上の木のもとに現れ、こう尋ねた。
「あなたはなぜ我々を、自分勝手な性格を持つように創ったのですか」
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