神楽舞う乙女の祈り

玖保ひかる

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第31話 サブロの試練③

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「何をおっしゃいますか!」

「わたくしは帝の妻なのに、他の男に体を許してしまった」

「そんな!無理矢理ではありませんか。あなたに落ち度はありません」

「いいえ、襲われそうになった時に、自害をするべきだったのです」

「なんてことを。命より大切なものなどありません」

「どうせ死罪となるのです。こんな目にあって、もう一刻も生きていられません。いま、ここで殺して欲しいのです。どうかお願い…!」

 マウキの手が伸びてサブロに触れようとしたその時、ハッとサブロは目が覚めた。生々しい悪夢のせいで、胸が苦しい。

 この悪夢は、しかし現実にあったあの夜の出来事であった。あの時、握り込んだ掌には爪が食い込んで傷ができた。にじんだ血がマウキに付かないようにぐっと手を握ったまま、マウキを抱きしめた。同時に寝具にわずかな血痕を見つけ、マウキがいまだ乙女であったことを知った。

 あの時の痛ましさ。皇子への怒り、憎しみ。その感情が胸の内から再び、温度を持って湧き上がる感じがした。

(もう今さらだ)

 サブロは目を閉じ、感情を抑える。あれから十五年もたち、マウキはすでに鬼籍に入った。帝も代替わりし、先帝の第二皇子だった暘谷ようこくが今上帝となった。あの第三皇子も今では王弟と呼ばれている。

 サブロと過ごした短い年月は、マウキを癒すことができたのだろうか。サクを産み、抱き上げた時の、泣きながら見せた笑みだけは本物だったと思う。

「目覚めたか」

 物思いにふけっていたサブロは、急に近くから声を掛けられて、びくっと体を飛び上がりそうになった。

 パッと声の主を見れば、そこには見覚えのある男がサブロをじっと見て立っていた。

 今上帝の兄である慮淵ぐえんの側近、曙暉しょき。かつてサブロが宮中に勤めていた時に、何度も顔を合わせたことがあった。当時はまだ第一皇子と呼ばれていた慮淵に、いつも付き従っていた男。口をきいたことはない。相手は高貴な身分であり、サブロは一介の護衛兵士でしかなかったからだ。

 声の主が曙暉と知って、サブロは一瞬身構えた。するとそれを見て取ってか、曙暉はゆるりと片手を上げた。

「危害を加えるつもりはない。手荒な真似をしたことは謝ろう」

 手荒な真似とは、サブロの意識を奪って連れて来たことなのだろう。曙暉にとってみれば、平民出身の護衛騎士などは手荒に扱っても問題のない相手である。口先で謝っても少しも悪いと思っていないことは、その悪びれない態度で知れるというものだ。

「ここは?」

「詳しい場所は言えないが、慮淵様とゆかりの深い然るお方の邸だ」

「なぜ…」

「なぜ、とは笑わせる。こちらこそ、なぜと問いたい。なぜ今さら国へ帰って来た?」

「…」

「十五年も捨て置きながら、年老いた親を見捨てられなかったか?月日が経ってもう許されたと思ったか?まさか、いまだ実家が見張られているなどとは考えもしなかったのだろうが…残念だったな」

 サブロは寝かされていた布団の上で、ガバリと土下座をした。

「申し訳ありませんでした。私の犯した罪の重さは重々承知しております。自分はどのような罰でも受けます。しかし、どうか、両親はお見逃しください!両親は知らなかったのです。私がそのような罪を犯したことなど…!」

 曙暉は面白くなさそうに答えた。

「謝罪なら先帝にすることだ。しかし、そのように両親をかばいたいばかりに心にもない謝罪をすることは、お勧めしない。それを許されるほど甘いお方ではない。まあ良い。お前には聞きたいことがある。私の部下は気が長い方ではないから、素直に質問に答えた方が良いぞ。ああ、そうそう、逃げようなどとは思わないことだ。これ以上両親に迷惑をかけたくはないだろう?」

 曙暉が部屋を出て行っても、サブロはひたすら床に頭をこすりつけていた。


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