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第3話 どういうことか説明していただきましょう
しおりを挟む美しく髪を結い上げた貴婦人には、どこか懐かしい面影があった。
亡くなった母と同じ色の瞳。
「伯母様…?」
「そうよ、お母様の姉のルイーズよ。覚えていたのね?こちらへいらっしゃい」
「はい、伯母様」
母が亡くなる半年ほど前に会ったのが最後だったろうか。
あれからもう3年半が過ぎた。
当時6歳だったクララベルは、現在9歳。
もうすぐ10歳になろうとしているが、伯母ルイーズの目には6歳のままほとんど成長していないように見えた。
「まぁ、クララベル。こんなに痩せていて…。食事はきちんと食べているの?」
「はい…。あの、食べています」
「本当に?では昨日のディナーは何を食べたの?」
「昨日は、あの、あまり食欲がなくて…」
「それはよくないわ。どこか病気かもしれない。お医者様に見てもらいましょう。…ところで、その手に持っている物は何かしら」
クララベルは小首をかしげながら、自分の手を見る。
「ほうき…ですが?」
ルイーズは目を三角にして、家令のクレモンを鋭く睨みつける。
「クレモン、どういうことか説明していただきましょうか。クララベル、このあと伯母さまの家に泊まりにいらっしゃい。出かける準備をするのよ」
泊まり、と聞いてクララベルはパッと目を輝かせてルイーズを見た。
「お泊り、ですか?はい、嬉しいです、伯母様」
「さぁ、お部屋で準備をなさい」
「はい」
クララベルは自分の部屋に戻ると、掃除用具を部屋の隅にそっと置いた。
クローゼットから小さなカバンを引っ張り出して、着替えの下着とワンピースを詰めた。
机の引き出しにしまっていた日記を取り出そうとして、引き出しが何かに引っ掛かり閉めにくいことに気が付いた。
「何かはさまっているのかしら?」
クララベルは引き出しを一度引き抜いて、奥を覗いてみた。
何かをくるんだハンカチが見つかった。
腕を差し込んで取り出してみる。
「まぁ…!これはお母様のアクセサリーだわ」
白いハンカチにくるまれていたのは、ネックレスやイヤリング、髪飾りなどだった。
母が身に着けていたのを覚えている。
「懐かしい…。お母様…会いたい…」
クララベルは、ぎゅっと胸に母の形見を抱きしめ、その中からネックレスの一つを自分の首につけ、残りはまたハンカチにくるんで、旅行用のカバンに入れた。
部屋をノックする音が聞こえ、クララベルはびくっと飛び上がりそうになった。
「はい!どうぞ」
扉が開くと、見たことのない女性が立っていた。
「クララベルお嬢様、階下にて侯爵夫人がお呼びでございます」
侯爵夫人とは伯母のルイーズのことである。
どうやらこの女性は、ルイーズが連れて来た侍女のようだ。
「すぐに参ります」
クララベルがカバンを持って部屋を出ようとすると、侍女がすかさずカバンを受け取った。
「お嬢様、こちらは私がお運びいたします」
「…す、すみません」
申し訳なさそうにクララベルが答えると、彼女は少しだけ顔をしかめた。
「私のような者に恐縮する必要はございません」
「ごめんなさい…!」
怯えたように身を縮めるクララベルに、今度は困惑した表情となる。
「いえ、出過ぎたことを申しました。さあ、侯爵夫人がお待ちですよ」
「…はい」
クララベルは侍女を背後に従え、びくびくしたまま階下へと降りた。
その様子を階下から、ルイーズは厳しい表情で見ていた。
その表情はだれが見ても明らかに何かに怒っている顔だった。
クララベルは一層小さくなって、ルイーズの側へ寄った。
ルイーズは玄関ホールに整列した三人の伯爵家の使用人にひときわ厳しい視線を投げかけた。
いつもはぞんざいにクララベルを扱う三人が、蛇に睨まれた蛙のように血の気の引いた青白い顔で立ち尽くしている。
「ではクララベルは連れて行きます。お前たちがどのようにクララベルを扱ったのか、我が夫シモン侯爵からトーマ伯爵へ厳重に抗議いたします。トーマ伯爵はあなた方を罰することになるでしょう。何か申し開きがあるのならば、自分たちでトーマ伯爵にお話しなさい。クララベル、行きましょう」
「…はい、伯母様」
クララベルがメイドに連れられて豪華な馬車に乗り込むと、ルイーズは再度、使用人たちに一瞥をくれた。
「侯爵家の騎士を数名見張りに置いて行きます。逃げ出そうなどとは、考えないことね」
それだけ言うと、美しい笑みを作ってさっさと馬車に乗り込んだ。
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