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第4話 歓迎
しおりを挟む馬車は滑らかに出発した。
「ああ、クララベル。あなたを長い間一人にしてしまってごめんなさいね。こんなことになるなら、初めからわたくしがあなたを引き取りたかったわ」
ルイーズによると、クララベルの両親が亡くなった後、伯爵家に使いを出したところ、現当主のアーチュウが研究を進めている異国へとクララベルを連れて行ったと知らされていたらしい。
滞在先に手紙を送りたいと申し出ても、研究の機密事項に係るため住所は教えられないとクレモンに言われたそうだ。
クレモンに預ければ送り届けてくれるというので、手紙も書いてくれていたらしい。
もちろんそれはクララベルのもとに届いていない。
「伯母様、せっかくお手紙を書いてくださったのにすみませんでした」
「あなたが謝ることではないわ。あなたのお誕生日にはプレゼントも贈っていたのだけど、それも受け取っていないということね?一度も返事が来ないのをおかしいと思っていたのよ。それなのによく確認もしなかったことを本当に後悔しているわ」
「伯母様・・・」
クララベルは自分の胸を両手で押さえ涙ぐんだ。
「誕生日を祝ってくれる人がいたなんて、嬉しいです」
「これからは毎年、お誕生日に一緒にケーキを食べましょうね。パーティーも開きましょう。これまでの分も合わせて、にぎやかにお祝いしましょうね」
「ありがとうございます…!」
ルイーズはクララベルをぎゅっと抱きしめて、その頭に頬ずりをした。
「あなたの侍女が孤児院に助けを求めてくれなければ、ずっとわからないところだったわ」
「侍女…ですか?」
「ええ、そうよ。その者はクララベルの身を案じて孤児院に助けを求めたと聞いているわ。おかげでわたくしの耳に情報が入って来たのよ。食事も与えられていない令嬢がいるようだって。わたくし、自分の耳を疑ったわ。それで急いであなたのおうちに来てみたのよ。本当に侍女には感謝しなければ。今日は屋敷にいなかったのかしら。もしクララベルがその侍女を連れて行きたいというのであれば、我が家で雇えるように手配するわ」
「いえ…。侍女は、いませんので…」
「ああ、メイドだったのね。後で褒美を取らせましょうね。これからは、あなたは侯爵令嬢になるのですから、侍女は必要よ。我が家にいる使用人の中からあなたの侍女を選びましょう」
「えっと…?」
戸惑って小首をかしげているクララベルに、ルイーゼはほほ笑んで言った。
「今日からあなたは私の娘になるのです。養子縁組をすることになったのよ。わかるかしら?これからは私があなたのお母様よ」
「お母様…」
「そうよ。もう何も心配することはないわ」
そう言ってクララベルの手を握った。
ルイーゼは明るい表情で機嫌よくクララベルに話しかけるが、クララベルはとまどい、粘土細工のように固まっていた。
ルイーゼに握られた右手だけが、ぬくもりを感じていた。
馬車に揺られること数時間、到着した侯爵家の屋敷は、城と呼べるほど華美で広大だった。
落ちぶれたトーマ伯爵家とは何もかもが違って、キラキラと輝いている。
それに反して、ぼろ布をまとったようなみすぼらしい自分。
クララベルはうつむき加減でルイーゼについて屋敷に足を踏み入れた。
玄関ホールには使用人一同がずらりと整列し、侯爵夫人と新しく侯爵家の一員となったクララベルを出迎えた。
「出迎えご苦労様。娘のクララベルよ。今日からよろしくね」
ルイーゼが毅然とクララベルを紹介すると、使用人全員が頭を下げた。
それは礼儀正しく、秩序のある光景だったが、感情を顔に表さないよう教育された使用人たちは、みな無表情に見えた。
クララベルは半歩下がってルイーゼのスカートの裏に隠れた。
「クララベルを部屋に案内してちょうだい」
「かしこまりました」
侍女長のナラが返事をすると、使用人たちが各々の持ち場へと散っていく。
ナラの後ろに3名ほどの若い女性が控えている。
クララベルの世話をしてくれるらしい。
侯爵家が用意したメイド服の方が、クララベルの着ているワンピースよりもよほど質が良く、きれいで品があった。
クララベルはますます委縮して、言われるがまま部屋へと連れて行かれ、湯あみと着替えを済ませた。
小さな旅行かばんに入れて来たクララベルの着替えは使われることはなかった。
すでにクララベルの部屋のクローゼットにはたくさんのドレスがかかっていたのだ。
初日ということもあり、慣れないドレスは窮屈だろうと、ナラが選んだのはシンプルなワンピースだった。
クララベルは姿見に写る自分の姿を見つめた。
ガリガリに痩せた生白い自分に、お姫様のような服は似合わないと思った。
支度が済むと食堂に連れて行かれた。
そこにはこの侯爵家の息子たち、今日からクララベルの兄となった人たちがすでにいた。
「久しぶりだね、クララベル。アルフレッドだよ。前に会ったときはまだとても幼い時だったから忘れてしまったかもしれないね」
「…覚えています」
長男のアルフレッドは優し気な雰囲気の持ち主で、静かにほほ笑む姿は静謐な教会でひとり佇む聖職者のようだった。
記憶の中の彼はまだ少年だった。
16歳となった今はもうすっかり大人で、クララベルは少しだけ頬を赤く染め、とても小さな声でかろうじて返事をしたのだった。
「ふーん。お兄様に見惚れちゃって。かわいいね」
からかうように声を掛けて来たのは、紫紺の髪に濃いグレーの瞳が強い印象を与える少年。
クララベルはびくっとして少年に視線をやった。
次男のシャールだ。
「こら、シャール。怖がらせるんじゃない」
アルフレッドがたしなめる。
「別にこわがらせてない」
シャールはアルフレッドとは雰囲気の異なる美少年であった。
こちらも面識があるが、以前会った時とは別人のような変わりようだった。
クララベルより2つ年上の12歳。
成長期を迎え、ぐんと背が高くなり、声も少し低く変声したばかりらしい。
目が離せなくなるような、不安定な危うい魅力が漂っている。
切れ長の瞳が、少し冷たい印象を与える。
「よろしくお願いします…」
「こちらにお座り」
「はい…」
アルフレッドに言わるまま、クララベルはシャールの正面の席に座った。
シャールの冷たい視線が刺さるようで、クララベルは顔をあげられなかった。
そうこうするうちに、侯爵夫妻がダイニングルームへ入って来た。
「やあ、待たせたね。クララベル、顔を見せておくれ。これからは私のことはお父様と呼んでおくれよ」
機嫌よくマクシムが言うと、ようやくクララベルは顔をあげて少しほほ笑んだ。
「はい、お父様」
「な!なんとかわいいのだ。やはり女の子はいいな!」
「あなた、あまり大きな声を出してクララベルをびっくりさせないでください」
「おお、それはすまん。つい嬉しくなってしまった。アルフレッド、シャール、兄としてクララベルに優しくしてやるんだぞ」
「「はい」」
温かく歓迎されていることを感じて、クララベルはようやく肩の力を抜くことができた。
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