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第11話 侯爵家の力
しおりを挟むクレモンが力なく謝罪の言葉を口にした。
アーチュウはめまいがしたのか、眉間の辺りを手で押さえてから、クレモンに言った。
「お前に言いたいことはたくさんある。しかし言ったところでどうにもならない。これからどうするかを決めなくてはならない。お前たち使用人には何らかの罰を与えなくてはならない。そうでなければシモン侯爵が許さないだろう。だが、お前たちがいなくなっては困る。程よい所で手打ちにしてもらうから心配するな」
クレモンは深々とお辞儀をした。
「ありがとうございます」
「では、シモン侯爵にアポイントを取ってくれ。なるべく早くだ。できれば今夜にでも侯爵家に出向きたい」
「かしこまりました」
クレモンが部屋を出ようとしたところで、エントランスが騒がしくなった。
「侯爵様がおいでになった」
先ほど玄関先にいた騎士の声が聞こえて来て、クレモンとアーチュウは顔を見合わせ、同時に部屋から走り出た。
慌てて走り寄ると侯爵の前に片膝をついて頭を垂れた。
「シモン侯爵様にご挨拶申し上げます。アーチュウ・トーマでございます」
マクシム・シモンは厳めしい顔をさらに険しくし、アーチュウを見下ろした。
「お前がトーマ伯爵か」
「はい。これより侯爵様にご連絡し、お伺いしようと思っておりました」
「遅いわ!この度の不始末、いかに決着しようと心得ておるか」
決して大声を出しているわけでもないのに、威圧感が半端ない。
アーチュウの背中に冷や汗が流れる。
「はっ、我が家の使用人が姪を虐げていたとのこと、大変遺憾に思っております。つきましては、家令のクレモン・フルニエは減給6か月、女中のアガタ、および料理人のユーゴは3か月の無給奉仕を命じます」
アーチュウが言い切ると、マクシムは目を吊り上げた。
「ぬるい!」
低く太い声が空気をびりびりと震わせる。
アーチュウの顔色がみるみる白くなっていく。
「はっ…申し訳ありません」
「その者たちが虐待したのは、私の娘である。侯爵家の娘に傷を負わせた罪を、その程度であがなうことができるとでも思っているのか」
「い、いえ。しかしクララベルは我が伯爵家の娘で…」
「何を言う。前伯爵のマクソンスが死亡した際に、クララベルは私の娘となった。そうと知りながら暴力を振るった罪は重いぞ」
アーチュウは口をパクパクと動かすものの、言葉が出なかった。
虐待を見かねて侯爵家が引き取ったのだから、当時は歴とした伯爵令嬢だった。
しかし、侯爵家の力をもってすれば、そうだったことにするのはいとも簡単なのだ。
「平民が侯爵家の者に暴力を振るったのならば、当然その者は死罪であろう。そしてそれを見逃してきた家令は即刻首だ」
「な!お待ちください!それは、それではこの伯爵家は立ち行かなくなってしまいます!我が家にはこの者たちしか使用人がいないのです。どうか、どうか」
マクシムは軽く鼻で笑ってアーチュウの弁など取り合わない。
「侯爵家から使用人を出向させよう。聞けばその家令はまったくの無能。領地の管理もできず伯爵家の財政も破綻させた。この者がいた方が伯爵家は立ち行かんわ!使用人たちの処罰について私に一任すると言うならば、トーマ伯爵への賠償請求を減額してやってもよいが」
「わ、わたしへの賠償請求?」
「当り前だろう。伯爵家の使用人に損害を与えられたのだ。少なくとも500000ゴルは請求させてもらう」
「ご、500000ゴル!?そんな大金、払えません!」
アーチュウは腰を抜かしてみっともなく床にへたり込んだ。
「使用人たちの処罰を私に一任するか?そうすれば金額の交渉に応じようではないか」
「は、ははは」
「しっかりせい!」
「はい…一任致します」
それを聞いてマクシムは満足そうに頷いたが、使用人たちは揃って燃え尽きたようにへたり込んだ。
その後、侯爵家から何人もの使用人が伯爵家に乗り込んできて、荒れ果てた伯爵邸を瞬く間に整えた。
優秀な代官も送り込まれ、領地の運営にも、てこ入れがなされた。
アーチュウは代官に仕事のいろはを、みっちりと仕込まれているとか。
三人の使用人たちは、死罪は免れ、西の収容所にて強制労働に従事することになった。
強盗、暴行、詐欺、人殺し。
西の収容所にはそういった荒くれ者が集う。
日中は鉱山で強制労働を強いられるが、夜間は収容所内で一定の自由がある。
つまり、収容所内での権力抗争や、新人のしつけ、と称した暴力がある程度許されているということだ。
抵抗しない子どもを虐待するくらいの小悪党の三人が放り込まれたらどうなるか。
「死罪の方が良かったと思わせてやれ」
マクシムはそう言って、収容所に三人を送り込んだのだった。
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