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第12話 覚えていないとは言わせませんわ
しおりを挟む月日が経ち。
侯爵家で大事に育てられ、クララベルは15歳となった。
王立学院に通い始める年齢である。
領地に残る侯爵夫妻に別れを告げ、王都のタウンハウスへと居を移す。
タウンハウスには、2年前からシャールが住んでいるし、王宮に勤めているアルフレッドも時々は帰って来るので、寂しいということもない。
侯爵家のカントリーハウスで過ごした時間は、とても穏やかに流れた。
クララベルにとって辛いことは滅多に起きなかったので、マリアベルの出番は減っていた。
それはシャールを安心もさせたが、張り合いが無くなったような気持ちにもさせた。
クララベルの入学初日、一緒に馬車に乗り込み、向かいに座ったクララベルを、シャールは複雑な表情で見つめた。
「なんですか、お兄様」
「…いや、別に。昨日はよく眠れたかなって」
「実は、ちょっと緊張してよく眠れませんでした」
クララベルは表情を曇らせてやや俯いた。
「大丈夫だよ。すぐ友達もできるだろうし、俺だっているし」
「はい、そうですね」
クララベルはそう返事しながらも、表情が晴れないまま王立学院の門をくぐった。
心配事の大半は杞憂で終わるものなのだが、クララベルの人生は心配事の的中率が非常に高い。
教室に入って早々に、クララベルは意地悪そうな笑みを浮かべた令嬢にからまれた。
マノン・ジラール侯爵令嬢だ。
初めてのお茶会で、マリアベルに撃退されたあの令嬢だ。
腰ぎんちゃくのエマ・ローラン伯爵令嬢も一緒だ。
「あら~?急に教室が田舎臭くなったと思ったら。田舎娘がまだ図々しく侯爵家に居座っているのね。ねえ、みなさま?田舎の匂いがプンプンしてきましたでしょう?この方、性格がものすごくひねくれているんですのよ。みなさんもお気を付けになって」
いきなりひどい言葉を浴びせられ、クララベルの思考は停止しかけた。
しかし、なんとか踏みとどまり、勇気を出して疑問を口にする。
「あの…どちら様ですか?わたくしが何か致しましたか?」
「は?」
マノンがニヤニヤ笑いを引っ込めて真顔になる。
「このわたくしに、どちら様と、いま仰ったのかしら?ああ、わたくしがあまりにも美しく成長してしまったから、だれだかわからなかったのかしら?覚えていないとは言わせませんわよ。このわたくしに無礼を働いたことを」
「無礼を…?」
クララベルには覚えがなかった。
しかし不安なことはあった。
それは時々、記憶がなくなっていること。
自分が何をしていたか、まったく思い出せない空白の時間が存在した。
その間に、もしかしたら大変な無礼を働いたのかもしれなかった。
自分はやっていないと自信を持って言えなかった。
「あの、もしご無礼があったのなら謝ります…」
気弱そうに頭を下げるクララベルを、マノンとエマは勝ち誇った態度で見下した。
そんなクララベルの様子をちらちらと伺いながら、他のクラスメイトもうすら笑った。
クララベルは皆の視線を感じ、足が震えだした。
「今さらそのようにおしとやかな振りをしたって、わたくしは騙されませんわ。あの時与えられた屈辱を、今こそ何倍にもして返して差し上げますから、そのおつもりで」
マノンとエマが立ち去ると、クララベルは震える足を叱咤して、なんとか自分の座席に座った。
(怖い…!)
そう強く思ったとき、すっと気が遠くなりクララベルは引きこもってしまった。
一瞬後にはマリアベルが現れた。
マリアベルは大きくため息をついた。
(クララ、初日からこれでどうするのよ。ちょっと絡まれたくらいで怖がって隠れて…。いっちょ暴れてやれば、からまれなくなるかしら?)
マリアベルが思案していると、隣の席に座ったかわいらしい令嬢が控えめに話しかけてきた。
「シモン侯爵令嬢様、大丈夫ですか?」
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