30 / 39
第29話 隠しておくのは無理がある
しおりを挟む部屋の前にはシャールが壁にもたれかかり、腕を組んで立っていた。
アルフレッドを待っていたらしい。
「どうした、シャール」
シャールは不機嫌そうな様子を隠しもせず、アルフレッドに言い返す。
「どうしたはこっちのセリフだよ。いきなり王宮から帰って来たと思ったら、クララを連れてでかけて、一体なにごとなの」
「クララに会わせたい人がいて街はずれの教会へ行っていたんだ」
「会わせたい人?だれなの」
「…場所を変えよう」
アルフレッドは事のあらましをシャールに伝えることにし、二人はアルフレッドの自室へと場所を移した。
アルフレッドはメイドにお茶を用意させ、その後人払いをした。
「で、だれなの、会わせたい人って」
「うん、実はクララベルが下町で身分の低い男と密会しているという怪文書が王宮に届いたんだ」
「はぁ?!」
アルフレッドは例の手紙をシャールに見せた。
文面に目を通すと、シャールは苛ついたように前髪をかきあげ、はぁ~と深いため息を吐いた。
「その相手の男を突き止めたんだ」
「え?密会って、事実だったの?」
「いや、私もはじめは根も葉もないでたらめだと思ったんだ。しかし、ここ数週間のクララベルの行動を調べさせたところ、護衛騎士から街で一度はぐれたことがあるとの報告があった。その時に、身分の低そうな青年と会っていたことは事実だった。親し気に話し、別れを告げている様子だったと」
シャールには思い当たることがあった。
エルネスト訪問時のことだ。
街をほっつき歩いていたのはマリアベルだ。
マリアベルなら下町の男とも親しく話すことがあるかもしれない。
「それでその青年を調べたところ、教会で暮らしている元孤児だとわかったんだ。それもクララベルがいた伯爵領の孤児院出身だ。もしクララベルが彼と密会しているとしたら、きっと彼がクララベルに執着しているんだろうと思って、身を引くよう言ったんだ。だが、彼はクララベルのことは知らない、と。なんだか話がかみ合わなくてね」
シャールは思わず深く頷いてしまった。
そうだろうとも。
青年が会っているのはマリアベルだ。
侯爵令嬢のクララベルなんかじゃないのだ。
「だから会わせてみれば真実がわかるかと思ったんだ。…クララはその、最近エルネスト殿下と親しくしているんだろう?」
アルフレッドは伺うようにシャールを見た。
「そうみたいだね」
シャールの答えを聞いて、アルフレッドは目を閉じ、軽く息を吐いた。
「クララが望むなら殿下と縁を結べるよう力を尽くしてもいい。それにふさわしい女性だし、身分も釣り合う。だが他の男とのスキャンダルなど、もってのほかだ」
「兄さんはそれでいいの?」
「ああ、クララが幸せになることが私の望みだ」
シャールはまた深いため息をついた。
「兄さんがいいならいいけど。で、会わせてみたらどうだったの?」
「クララとは初対面だった。ただ、クララによく似た人を知っていると」
「あ~、なるほど。区別ができるわけね」
「ん?なに?」
「いやいや、こっちの話。で、なんでクララはあんなに取り乱してるの」
「クララとよく似た人というのが、マリアベルという少女なのだが、伯爵令嬢時代にクララの侍女だったんだ。その頃の話が出たら、辛いことを思い出してしまったようなんだ」
「なるほどね…」
シャールはしばし逡巡し、ついに心を決めて言った。
「俺、兄さんに黙っていたことがあるんだ」
アルフレッドは片眉を上げてシャールを見る。
「それはなんだ。どうしてそれを言おうとしている」
シャールは気怠そうに肩をすくめた。
「隠しておくのは無理があるって思ってさ。兄さんがクララベルと結婚して、クララがずっとこの家にいるのなら、もしかしたら一生言わなかったかもしれない。でも、エルネスト殿下との婚約を考えるなら、これは絶対に言わなくちゃいけないと思う」
アルフレッドはじっとシャールを見つめて続きを待った。
「クララベルの中には、クララとは別の人格が存在している。その娘の名前がマリアベルだ」
11
あなたにおすすめの小説
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
悪役令嬢のビフォーアフター
すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。
腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ!
とりあえずダイエットしなきゃ!
そんな中、
あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・
そんな私に新たに出会いが!!
婚約者さん何気に嫉妬してない?
死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?
六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」
前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。
ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを!
その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。
「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」
「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」
(…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?)
自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。
あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか!
絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。
それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。
「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」
氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。
冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。
「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」
その日から私の運命は激変!
「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」
皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!?
その頃、王宮では――。
「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」
「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」
などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。
悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!
夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました
香木陽灯
恋愛
伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。
これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。
実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。
「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」
「自由……」
もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。
ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。
再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。
ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。
一方の元夫は、財政難に陥っていた。
「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」
元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。
「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」
※ふんわり設定です
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?
逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?
魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。
彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。
国外追放の系に処された。
そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。
新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。
しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。
夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。
ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。
そして学校を卒業したら大陸中を巡る!
そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、
鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……?
「君を愛している」
一体なにがどうなってるの!?
悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。
香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。
皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。
さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。
しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。
それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる