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第37話 プロポーズ

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 クララベルが長い眠りから覚めたとき、侯爵夫妻とアルフレッドは王家主催の夜会に出かけており、邸にはシャールしかいなかった。
 クララベルに付き添っていたメイドのアンリが、泣きながらシャールの許へやって来たとき、悪い知らせかと全身に緊張が走った。

「お嬢様が、お嬢様が目覚めました!」

 そう聞いて、一瞬へなへなと座り込みそうになったが、気力で留まる。

「そうか、それは良かった。父さんたちには?」

「今、使いをやって知らせています」

「じゃあ、きっとすぐ戻って来るね。心配していたから」

「さようでございますね」

 仕事中じゃなかったら号泣していそうなアンリの様子に、シャールはそっけなく言う。

「アンリ、もう気に病むのはやめなよ。クララが薬を飲んだのは、アンリのせいじゃないんだから」

「…!ですがっ、わたくしが目を離したせいでこのようなことに…!」

「それだったら俺らだって一緒だよ。みんなが目を離したんだから。さあ、クララの所へ行こう。今度は目を離さないようにしないとな」

「・・・はい!」

 アンリは深々とお辞儀をすると、涙をぬぐってシャールと共にクララベルの部屋に戻った。
 クララベルはベッドの上で、上半身を起こしていた。

「クララ、大丈夫かい?」

「お兄様、心配かけてごめんなさい。もう大丈夫です」

 そう言ったクララベルの瞳は、以前より力強い色を見せていた。
 いままで曖昧だったクララベルという境界線が、いま初めてくっきりと見えた。
 シャールは悟った。

(もうマリアベルはいない)

 急に世界が色あせたような気がした。




 一刻ほどたったころ、王宮へ行っていたシモン侯爵夫妻が帰って来た。
 クララベルの意識が戻ったとの知らせを受け、急ぎ戻ったのだった。
 邸の中が、安堵と希望に満ちて賑わっている。
 更に半刻ほどすると、アルフレッドがエルネストを伴ってやって来た。
 エルネストは夜会服のまま、ツカツカと足音高く進むと、クララベルの部屋に入った。

「クララベル嬢!」

「エルネスト様?!」

 エルネストは、ベッドで身を起こして座っていたクララベルの側まで、すぐさま歩み寄ってクララベルの体を引き寄せ抱きしめた。

「「「・・・・!!!」」」

 部屋に様々な息を吞む声がした。
 クララベルは、突然のことに言葉も出ず。
 マクシムは、出してはいけない殺気を秘めて。
 ルイーズは、大好物を前にした、ときめきと期待を胸に。
 アルフレッドだけは冷静に、咳ばらいをしてエルネストを咎めた。

「殿下、そのような行動はお慎みいただきたい」

「すまない、つい心配で失礼をした」

 エルネストは、すぐにクララベルから離れて謝った。
 ルイーズがおほほほ、と朗らかに笑った。

「まぁ、情熱的ですこと。でも、婚約者でもない若い男女がそのように触れ合うのは、よろしくありませんわね、あなた」

「そ、そうですぞ!婚約者でもないのに、いくら殿下とはいえ、許されませんぞ!」

 エルネストはそう言われて、サッと侯爵夫妻の前に立った。

「私は、クララベル嬢を将来、妻にと望んでいる。決して軽い気持ちで触れたのではない。クララベルとの婚約をお許し願えないだろうか、シモン侯爵、ルイーズ夫人」

「ま!」

 ルイーズは爛々と目が輝いて、満面の笑みだ。
 一方、マクシムは渋い表情だ。

「ダメだろうか」

「私はクララベルの気持ちを尊重したいと思っています。殿下もご存知かもしれませんが、クララベルは幼くして両親を亡くし、孤独の中に育ったのです。これからは幸せになって欲しい。クララベルを心から愛し、大切にしてくれる方のもとへ嫁いでもらいたい」

「では、クララベル嬢に聞こう」

 エルネストはベッドサイドに跪き、クララベルの手を取った。

「このような形でプロポーズをすることになるとは、思っていなかったのだが。クララベル嬢、私はあなたのことが好きだ。どうか、私の妻になってくれないか。これから先の人生、私と共に歩んではくれないだろうか」

 クララベルは胸がドキドキして、顔が真っ赤になった。
 それでも、勇気を振り絞って、目をつむって思い切って言った。

「わたくしも、エルネスト様が好きです…!こんなわたくしでよければ、よろしくお願いします」

「クララベル嬢!」

 またしてもエルネストはクララベルに抱き着いて、アルフレッドに引きはがされることとなった。

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