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Episode0 ミクリル・ダンディ、誕生
0-3 ダンディ、どもりまくる
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あのミクリル・ダンディのデビューの日から、3ヶ月が経つ。
日々、ミクリル・ダンディとして担当エリアを歩き、たくさんの商品とともに俺の笑顔をお届けすることができたと自負している、俺。
面接で係長に面と向かって云ってしまった以上、俺の入社志望の内容は、きちんと守るようにしているのだ。
意外と律儀な、俺の性格。
しかも、販売実績は好調だった。
男の販売員が珍しいからか、お客さんは「ミクリル」を喜んで買ってくれる。
云っておくが、決して脅してなどはいない。
眉毛辺りに力を込めて精一杯の笑顔を浮かべながら、しばらくの間、相手の顔をじっと見つめているだけなのだ。
おかげで俺は入社間もないながら、いきなりのトップセールスに躍り出た。
入社直後、あれほど俺に疑いの目を向けていた総務係長も、最近では手揉みしながら、俺にすり寄って来るまでになったのだ。
勿論のことだが、好成績の秘訣はひとつではない。
他にひとつ挙げるとすれば、それは、俺のずば抜けた行動力である。
『関係者以外立入禁止』などという表示は、俺にとって、全く意味がないのだ。
カートから小分けしたミクリルをキャリーバッグに入れ、小気味よい朝の挨拶とともにズンズン貼り紙の先に進んで行けば、会議室だろうが役員室だろうが、どこにだって入っていける。
まあ……広い意味では、俺も関係者と云えなくもない訳だし。
と云って、相手も百戦錬磨の企業たち。障害が全く無い訳でもない。「ちょっと、困ります!」などという台詞は、もう聞き飽きている。
だがそんなとき、俺も負けてはいない。
ちょっと高価な紙パック入りの乳酸飲料「ミクリル100」を相手の手を取って直に手渡し、俺の最高キュートなウインクを、ばっちん、とかます。
すると大概は、二度と俺に近寄って来ないのだ。
しかし――こんな俺の積極的営業活動も空しく、まだ目的の「彼女」とは真面には話せてはいなかった。
――丸山 知美。
忘れもしない。それが、彼女の名前だ。
ミリア電子工業の中枢「企画開発課」の主任で、その中心メンバー。
齢28歳の、モデルのようにすらりとした体型の長身美人で、頭もスパスパと切れる、有名私立大卒の才能豊かな女性。
まさに絵に描いたような才女――という言葉が、彼女にはふさわしいのだ。
――さあ、今日こそ勝負!
彼女の在籍する『部外者立入禁止』の企画開発課――俺の戦場――へ突入するため、拳に込めた気合を俺の厚い胸板の中にぶち込んで、足を踏み入れる。
と、いきなり俺の視界に現れたのは、紛れもないその彼女――丸山知美だった。
予想外の出来事に、俺の自慢の挨拶も、急にどもり気味になる。
「お、おは、よーご、ざいますっ」
「あ、おはようございまーす――って、中川さん、困りますよ! 何度も云いますが、この場所は部外者立入禁止なんですからねっ」
――やった! 俺の名前を憶えてくれた!
心の中で小躍りした、俺。
まさに、この時を待っていたのだ。
彼女が、俺という存在を遂に認めてくれた瞬間、といえるだろう。
彼女が俺に対しての警戒を解いてくれたことも、確信した。
その証拠は、俺に対して見せてくれた、彼女の笑顔。
俺を咎める言葉とともに彼女が見せてくれたそれは、どこかの街の有名な夜景のような煌びやかさと、どこかの田舎の丘に生育するスミレ草のような可憐さの両方を、併せ持っていたからだ。
一瞬、全身の筋肉から力が抜ける。
年甲斐もなく我を忘れ、真夏の直射日光の下に放り出されたアイスクリームのように、あっという間に全身がとろけていった。
「す、すみません……。すぐに出て行きますんで」
硬い足取りで彼女に近づいて行った俺は、ミクリル二本を、彼女の机の上に置いた。
頬の辺りに熱が帯びたのを、ふと感じる。
「中川さん! 私は一本で充分ですから」
「もう一本は、僕からの贈物……いえ、オマケです」
「でも、それはちょっと……。じゃあ折角なので、遠慮なくいただいときますね」
それを聞き、急に体が軽くなった、俺。
他の社員さんにも自慢の笑顔と商品をお届けするため、鼻唄混じりで、室内を回る。
そんな間でも、もちろん、俺の視線は彼女の動きに釘付けだ。
そう――彼女の一挙手、一投足に。
パソコンのキーボードを打つ姿。
メールを見て、何やら呟く姿。
笑いながら、同僚と言葉を交わす姿。
重要書類らしき冊子を見開いて、読む姿。
――どれもこれも、俺にとっては、非常に大切なものなのだ。
と、そのとき室内に響いた、俺と同世代らしき男の声。
「おい、みんな! 今日は朝一から企画会議のはずだぞ。会議室に、すぐに集合だ!」
「あ、課長……。そうでした、すみません。すぐに行きますので!」
騒然となる、室内。
知美さんと同様、会議を失念していた人も多かったらしい。まだ部屋に残っていた数名の男たちに負けじと、彼女の動きも慌ただしくなる。
何せ、彼女はこの部署の要。
彼女がいなければ、会議は始まらないと云ってもいいのだ。
手にした何冊もの提案書らしき文書を両手に抱え、慌てて部屋から出ようとする、彼女。
と、そのとき、彼女の小さな悲鳴が部屋に響いた。
どうやら手にした資料の数が多すぎて、ドアの前でそのうちの一冊を、床に落としてしまったらしい。
既にこの部屋には、彼女以外では俺しか残っていない。
くるり、こちらに振り向いた知美さんが、口を開く。
「中川さん、すみません。この書類を拾って、私の机の上に置いていただけませんか?」
「ああ。勿論、いいですよ」
「じゃあ、お願いしますね!」
彼女が、小走りで部屋を後にする。
こうして俺は、部屋に一人、取り残されたのだった。
日々、ミクリル・ダンディとして担当エリアを歩き、たくさんの商品とともに俺の笑顔をお届けすることができたと自負している、俺。
面接で係長に面と向かって云ってしまった以上、俺の入社志望の内容は、きちんと守るようにしているのだ。
意外と律儀な、俺の性格。
しかも、販売実績は好調だった。
男の販売員が珍しいからか、お客さんは「ミクリル」を喜んで買ってくれる。
云っておくが、決して脅してなどはいない。
眉毛辺りに力を込めて精一杯の笑顔を浮かべながら、しばらくの間、相手の顔をじっと見つめているだけなのだ。
おかげで俺は入社間もないながら、いきなりのトップセールスに躍り出た。
入社直後、あれほど俺に疑いの目を向けていた総務係長も、最近では手揉みしながら、俺にすり寄って来るまでになったのだ。
勿論のことだが、好成績の秘訣はひとつではない。
他にひとつ挙げるとすれば、それは、俺のずば抜けた行動力である。
『関係者以外立入禁止』などという表示は、俺にとって、全く意味がないのだ。
カートから小分けしたミクリルをキャリーバッグに入れ、小気味よい朝の挨拶とともにズンズン貼り紙の先に進んで行けば、会議室だろうが役員室だろうが、どこにだって入っていける。
まあ……広い意味では、俺も関係者と云えなくもない訳だし。
と云って、相手も百戦錬磨の企業たち。障害が全く無い訳でもない。「ちょっと、困ります!」などという台詞は、もう聞き飽きている。
だがそんなとき、俺も負けてはいない。
ちょっと高価な紙パック入りの乳酸飲料「ミクリル100」を相手の手を取って直に手渡し、俺の最高キュートなウインクを、ばっちん、とかます。
すると大概は、二度と俺に近寄って来ないのだ。
しかし――こんな俺の積極的営業活動も空しく、まだ目的の「彼女」とは真面には話せてはいなかった。
――丸山 知美。
忘れもしない。それが、彼女の名前だ。
ミリア電子工業の中枢「企画開発課」の主任で、その中心メンバー。
齢28歳の、モデルのようにすらりとした体型の長身美人で、頭もスパスパと切れる、有名私立大卒の才能豊かな女性。
まさに絵に描いたような才女――という言葉が、彼女にはふさわしいのだ。
――さあ、今日こそ勝負!
彼女の在籍する『部外者立入禁止』の企画開発課――俺の戦場――へ突入するため、拳に込めた気合を俺の厚い胸板の中にぶち込んで、足を踏み入れる。
と、いきなり俺の視界に現れたのは、紛れもないその彼女――丸山知美だった。
予想外の出来事に、俺の自慢の挨拶も、急にどもり気味になる。
「お、おは、よーご、ざいますっ」
「あ、おはようございまーす――って、中川さん、困りますよ! 何度も云いますが、この場所は部外者立入禁止なんですからねっ」
――やった! 俺の名前を憶えてくれた!
心の中で小躍りした、俺。
まさに、この時を待っていたのだ。
彼女が、俺という存在を遂に認めてくれた瞬間、といえるだろう。
彼女が俺に対しての警戒を解いてくれたことも、確信した。
その証拠は、俺に対して見せてくれた、彼女の笑顔。
俺を咎める言葉とともに彼女が見せてくれたそれは、どこかの街の有名な夜景のような煌びやかさと、どこかの田舎の丘に生育するスミレ草のような可憐さの両方を、併せ持っていたからだ。
一瞬、全身の筋肉から力が抜ける。
年甲斐もなく我を忘れ、真夏の直射日光の下に放り出されたアイスクリームのように、あっという間に全身がとろけていった。
「す、すみません……。すぐに出て行きますんで」
硬い足取りで彼女に近づいて行った俺は、ミクリル二本を、彼女の机の上に置いた。
頬の辺りに熱が帯びたのを、ふと感じる。
「中川さん! 私は一本で充分ですから」
「もう一本は、僕からの贈物……いえ、オマケです」
「でも、それはちょっと……。じゃあ折角なので、遠慮なくいただいときますね」
それを聞き、急に体が軽くなった、俺。
他の社員さんにも自慢の笑顔と商品をお届けするため、鼻唄混じりで、室内を回る。
そんな間でも、もちろん、俺の視線は彼女の動きに釘付けだ。
そう――彼女の一挙手、一投足に。
パソコンのキーボードを打つ姿。
メールを見て、何やら呟く姿。
笑いながら、同僚と言葉を交わす姿。
重要書類らしき冊子を見開いて、読む姿。
――どれもこれも、俺にとっては、非常に大切なものなのだ。
と、そのとき室内に響いた、俺と同世代らしき男の声。
「おい、みんな! 今日は朝一から企画会議のはずだぞ。会議室に、すぐに集合だ!」
「あ、課長……。そうでした、すみません。すぐに行きますので!」
騒然となる、室内。
知美さんと同様、会議を失念していた人も多かったらしい。まだ部屋に残っていた数名の男たちに負けじと、彼女の動きも慌ただしくなる。
何せ、彼女はこの部署の要。
彼女がいなければ、会議は始まらないと云ってもいいのだ。
手にした何冊もの提案書らしき文書を両手に抱え、慌てて部屋から出ようとする、彼女。
と、そのとき、彼女の小さな悲鳴が部屋に響いた。
どうやら手にした資料の数が多すぎて、ドアの前でそのうちの一冊を、床に落としてしまったらしい。
既にこの部屋には、彼女以外では俺しか残っていない。
くるり、こちらに振り向いた知美さんが、口を開く。
「中川さん、すみません。この書類を拾って、私の机の上に置いていただけませんか?」
「ああ。勿論、いいですよ」
「じゃあ、お願いしますね!」
彼女が、小走りで部屋を後にする。
こうして俺は、部屋に一人、取り残されたのだった。
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