異世界転移したら女神の化身にされてしまったので、世界を回って伝説を残します

高崎三吉

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第3章 出会ったのは王子様 立ち向かうのはアンデッド教団

第24話 墓場より立ち上がったものは

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 墓場の地面から現れた、というよりは墓場の地面そのものが巨大な腕と化して、集まっていた『虚ろなるもの』の信徒達をいきなり呑み込んだ。
 悲鳴が鳴り響くもそれはホンの一瞬の事だった。
 このときオレが反射的に目を背けて悲鳴の後の光景を見ないですんだのは、たぶん幸運だったろう。
 そして闇の中にそびえ立ったのは、墓場そのものが巨人と化して立ち上がった、とでも表現すべき怪物だった。

「こ、これは?!」
「教えてやろう。これこそが屍収集家コープス・ギャザラー。あらゆる生者を屍として呑み込み巨大化を続ける、偉大なる存在だ!」

 そう叫ぶと司祭は自分のローブを芝居がかった様子で引きちぎり、テマーティンの驚愕の叫びが響く。

「な、なにぃ?」

 ローブの下に見えたのは、やせこけて殆ど骨と革だけになったひょろ長い肉体に、落ち窪んだ眼窩の中に赤い光だけがぎらぎら輝いている姿だった。
 オレの知識からするとリッチかミイラというところである。
 呼び名はどうあれ知性のある高位のアンデッドなのは間違いない。
 先ほど出会ったとき、幻術を使っている気配があったけど、確かにこのひからびた干物のごとき姿を信徒に見せたら布教活動に支障があるのは間違いない。
 そう考えると本性を隠すのも当然か。
 ひからびた司祭は、その体型にそぐわない俊敏な動きで、ほぼ人型をとり目の部分に赤い光をボンヤリと輝かせ始めている、コープス・ギャザラーの肩の上に飛び乗った。

「さあ行くがいい。愚かな者どもを取り込み、お前が世界最強の存在となるのだ!」

 こいつ間違いなく、その『愚かな者ども』の中に自分の信徒を含めているな。
 まあコイツの場合、支持者を騙してゾンビ化した上で働かせるのが当たり前なんだから、そうなるのが自然だよなあ。
 ありがちな展開だけど、目の当たりにすると本当にうんざりしてくるよ。
 そして起き上がったコープス・ギャザラーを見てテマーティンもさすがに動揺は隠せないようだ。

「馬鹿な? まだ最後の生け贄は捧げられていなかったのではないのか?!」
「ふん。愚かな王子に教えてやろう。我らの秩序を乱した愚か者を代わりに捧げたということだ。まあ『理想の生け贄』にはほど遠かったが、それでも十分よ!」
「くう……そうか……信徒から生け贄を……」

 テマーティンは唇を噛んでいたが、オレはその相手の見当がついていた。
 間違いなくあの名も知らぬ『侍女』だろう。
 愚かにも暴走した挙げ句、オレを逃がした上に兵士に包囲されたので、その責任を問われる形で始末されてしまったに違いない――少なくとも兵士に包囲されたのは彼女の責任ではないけど。
 しかし幾ら酷い目に遭わされたと言っても、さすがについさっきまで生きて話をしていた人間が死んだと聞かされたら、オレにとってもいい気分はしない。
 ただ王子に裏切りを知られる事が無かったのは、彼女にとっては幸運だったのかもしれないが。

 巨大な怪物が立ち上がった事で、兵士達は明らかに動揺し、見るとすでに逃げ出している姿もちらほらあるようだ。
 まあ墓地の地面そのものが起き上がってきた相手に対し、兵士の武器程度では効果は無いだろうから、逃げるのが正解なのだろうな。

「調子に乗っているようだが、心配はいりません。やつらがいかなる怪物を持ち出そうと、それは想定の範囲内です」

 テマーティンはオレを安心させようとしているのか、はたまたまだオレの前ではいい格好をしようとしているのか、先ほどとは打って変わって落ち着いた声をかけてくる。

「それにヤツが言ったように、生け贄が理想とほど遠いとすれば、あの怪物はまだ完全ではないはず。十分につけ込めますよ」

 残念ながら、テマーティンもその額から流れる冷や汗は隠せていない。
 まあ今のオレは感覚を魔術で強化し、夜目もきくから見えているだけで、普通だったら気付くはずも無いんだろうけどな。
 そしてテマーティンは微妙に震える声で、魔術師達に命令を下す。

「さあ。やれ! ヤツはまだ不完全なはず。取り込まれた尊い遺骸には、後で私が詫びようぞ! 遠慮無く焼き尽くせ!」

 これを合図にして、後ろにいた魔術師達が一斉に魔法を放つ。
 すると次々に火の玉や電撃が宙を舞い、すでに二〇メートルぐらいに成長している巨体に立て続けに炸裂する。
 まあ図体は馬鹿でかいけど、動きは鈍いのではずれっこないな。
 だがそこに司祭の哄笑が響く。

「愚か者め。そのような攻撃が通用すると思っているのか!」

 見るとコープス・ギャザラーの身体を覆っていた土塊や、死体が吹き飛んであちこちに穴や焼け焦げが見えるが、それでもこの巨体からすればほんのちょっとした欠けに過ぎず。その歩みには微塵の陰りもなかった。

「ば、化け物め!」
「くそう。とにかく撤退だ! 体勢を立て直せ!」

 ファザールの叫びを受けて兵士は徹底、というよりは殆ど総崩れとなって逃げ出しているようだ。
 まあこんな怪物との戦いはさすがに想定外だから仕方ないだろう。

「いいことを教えてやろう。これからはこのコープス・ギャザラーがこの国の守護神となるのだ。この巨体と無敵の力を持って、このラマーリア王国を守護するのだ。ありがたいと思うがいい」

 司祭はその干物同然の口を大きく開き、宣言する。
 すると『墓場の巨人』はゆっくりと歩き出した。
 向かっている先は――まさか市街地か?!
 巨人がそのゆっくりとした一歩一歩を踏み出すごとに、周囲には恐怖と絶望が広がっていくかのようだった。

「貴様?! 何をする気だ!」

 動き始めたコープス・ギャザラーに向けてテマーティンが叫ぶと、肩に乗った司祭は律儀にこちらに応じる。
 すでに耳はしなびて無いも同然に見えるが、それでよく聞こえるな。

「大した事ではない。お前が言ったように今のコープス・ギャザラーは確かに不完全だ。だから完全になるべく、もっと大勢の死体が必要となる」

 この返答にテマーティンもさすがに血相を変える。

「なんだと?! まさか?!」
「そうだ。これからコープス・ギャザラーはこの首都コルストの市民を死体として吸収するのだ」

 なるほど屍収集家コープス・ギャザラーの名前の通り、人間の身体と墓地の土を混ぜ合わせて肉体にしているのか。
 恐らくコイツは、死体――現時点で生きているかどうかは関係無い――を取り込むという、衝動だけで動いているのだろう。
 さっき『虚ろなるもの』の信徒達を取り込んだのも、それはただ単に連中が近くいいただけでしかない。
 そしてここで司祭はオレの方にその落ち窪んだ目を向けてくる。
 ああそうか。アンデッドなんだから暗闇でも問題無く見えるので、オレも丸見えということか。

「お前が素直に生け贄になっておれば、無駄な犠牲は出ずに済んだのだ。全てはお前の責任だぞ。そこで市民がこのコープス・ギャザラーに呑み込まれ、その一部となっていくのを悔やみながら見ているがいい」

 そんな無茶苦茶な理屈で、怪物創造のための生け贄にならなかった事を後悔する人間がいたら、聖人というよりただのアホだろ!
 オレが思わず立ちすくむと、その肩をつかむ手があった。

「アルタシャ。落ち着いて下さい。ヤツはそう言ってあなたを嘲っているだけです。あなたが悩む事ではありませんよ!」

 テマーティンが心配してくれるのはありがたいけど、いくら何でも自分が『生け贄』にならなかった事を気に病むつもりはないから。
 そんな心配をする前に、あの怪物をどうにかする方法を考えてくれ。
 残念ながら物理的な攻撃魔術の一切使えないオレは、あんなばかでかい怪物などどうしようもない。
 もちろんまともな精神なんぞ持っていないだろうから、精神操作系の魔術で動きを止める事も不可能だろう。
 ハッキリ言えばオレはあいつに対して『無力な小娘』でしかないのである。

「それに不完全というならば、滅ぼす方法も間違いなくあるということです。市民に犠牲を出すまでもなく、あの怪物を倒してごらんに入れましょう」

 いや。そんな安請け合いをされても、オレはちっとも安心できませんから。
 そしてテマーティンは改めて、背後の魔術師連中にハッパをかける。

「あの怪物ではなく、上に乗っている司祭を攻撃しろ! ヤツさえ倒せばきっと全てが終わるはずだ」

 それがお約束だし、妥当な命令だけど――普通はそれで倒せたら苦労はないんだよな。
 テマーティンの命令と共に、改めて魔術の塊が司祭に向けて、立て続けに放たれる。
 幾らアンデッドでも不死身というわけではあるまい。王宮に仕える魔術師なら国家でも選りすぐりの精鋭だろう。
 その集中砲火を受ければ、いくら何でも耐えられる筈がない。
 連続して火球の爆発と、雷撃の閃光が炸裂し、そしてその光が収まった時、コープス・ギャザラーの肩に乗っていた司祭のしなびた姿は跡形も無かった。

「やったぞ! 思い知ったか!」

 テマーティンが勝ちどきを上げ、また周囲に残っていた兵士達の間にもどよめきが走る。
 同時に市街地と墓地の間の壁を、今まさに踏み越えようとしていたコープス・ギャザラーも歩みを止め、硬直する。
 ええ?! あれで倒せたの?!
 思わぬ展開にオレは少々どころでなく、ビックリする。
 いや。もちろんこれでカタがついてくれれば一番いいんだけど、この手の話のお約束としてこれはどう見ても状況が悪化するフラグだろう。

「いいぞ! 今のうちにあの化け物もバラバラにしてしまえ!」

 ファザールが兵士達にハッパをかけ、おびえ逃げだそうとしていた兵士達もどうにか踏みとどまろうとする。
 だがこのとき、先ほどからかけているシャーマン魔術の【霊視】ソウルサイトにより霊気も見えていたオレの視覚にはコープス・ギャザラーの発する霊気が何か別の――そしてもっと悪い――ものに変化することが感じ取れた。

「だめです! 逃げて下さい!」
「え? どういうことですか?」
「説明は後です。兵士達を下がらせて下さい。危険です!」

 オレが思わず叫んだ瞬間、コープス・ギャザラーの目にあたる部分に、鈍い光が走る。
 それは先ほど姿を消した、司祭の落ちくぼんだ目にあったものと同じ虚ろでぼんやりとした輝きだった。
 そして墓場の巨人は、生気は無いが精気をみなぎらせて再び動き出す。

「なんだと? どういうことだ?」
「愚か者め……分からんのか?」

 コープス・ギャザラーの口の部分から、くぐもった声が周囲に広がる。
 それは『声』としては全く別種のものであったが、そこに込められた『悪意』は聞き違える筈の無いものだった。

「まさか?! お前は!」
「そういうことだ。我はいまコープス・ギャザラーと一体となったのだ。もはや我を止める事など誰にも出来ん」

 うわあ。やっぱりそうきたか。
 司祭は跡形も無く消し飛んだのではなく、巨人の内部に潜り込んでその意識となったということだ。
 さっきまでは『死体を集める』といういわば『本能』で動いていた様子だが、今や潜り込んで一体となった司祭の知性を得て、完全な怪物になったということらしい。
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