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第4章 マニリア帝国編
第55話 別れとそれからのこと
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とにかく糸口を見いだそうと思ってオレは、ウァリウスに問いかける。
「そこまでして何の後ろ盾もないこちらを皇后に迎え入れようとする理由は何なんですか? 単純に愛しているからというだけじゃないはずです」
オレは敢えて話を切り替えることにした。
何となく明確に断るのを先延ばしにする意識がひょっとしたら心の片隅にあったかもしれない。
「僕も男だ。君の美貌が一番だというのは否定しない。それに君の能力や見識も欲しいのは確かだよ。だけど何より君は僕の『女神』という事になっていてね。将軍達に対抗するためにも君が欲しい」
ウァリウスが口にした『女神』は比喩では無いらしい。
しかしオレはついこの前、その将軍達の前で力を使い果たして無様に気絶したのだ。
そんなオレが将軍達になどとても対抗出来るはずがあるまい。『恋は盲目』とよく言うが、ウァリウスの目も曇っているんじゃないかい?
「魔力を使い果たして、三日も倒れている小娘ごときが、こんどの蜂起を成功させた将軍達に太刀打ち出来るとお思いですか」
「君は自分を過小評価しすぎだよ」
ウァリウスは少々困ったように肩をすくめる。
「君が中庭で見せた魔力について、いま一二人いる宮廷魔術師に聞いたら一人では足下にも及ばないどころか『全員が束になっても、同じ事が出来るかどうか分らない』という答えが返ってきたぐらいだよ」
ええ? オレが全力で魔力を開放したらそこまで行くの?
これはオレ自身も少々びっくりだ。
「お陰で宮廷魔術師達は自信を喪失してね。何人かは辞表を出してきたぐらいだ。だから君にはその穴埋めをしてもらいたい。ああ。もちろん卑猥な意味じゃないよ」
「当たり前です!」
本当に一言多いなこの皇帝。
実は大公もそんなところに殺意を抱いたんじゃ無いのか?
「それでこの話を聞いた将軍達はむしろこの僕は『傀儡』で、君こそが今回の大公排除の黒幕なんじゃないのかと心配している様子だったよ」
「な?! なんですかそれ!」
ウァリウスは嬉しげに笑うが、こっちにしたらあまりに無茶苦茶過ぎて言葉が出てこない。
そりゃまあオレは不本意でも後宮に入っていたんだから、皇帝の寵愛目当てだと思われても仕方ない事ぐらいは承知していたけど、ウァリウスを傀儡にしようなどとは異次元にも程があるだろう。
「しかも彼らは君自身の能力を恐れるのはもちろんのこと、背後には聖女教会がいると思っていてね。そこを心配していろいろと『助言』をされたよ」
買いかぶりにも程があると言いたいが、何も知らない人間からはそう見られても、不自然じゃ無いのか。
オレとしてはツッコミどころが多すぎて、頭を抱えたい気分だよ。
「そんなわけで大公に代わり、僕を神輿にして国政を壟断しようと思っているだろう将軍達への対抗上、是非とも君を皇后に迎え入れたいわけだよ」
たぶんウァリウスのこの言葉は嘘ではないだろう。
むしろあけすけに本音を明かしてくれたとも言える。
「正直に言えば、むしろ僕の方が君に釣り合うかどうか心配しているほどなんだ」
その心配は無用だよ。だってウァリウスが皇帝だろうが、平民だろうがこっちにとってはどうでもいいし、ついでに言えば妻になる気はないから。
「君は一言も口にしなかったけど、聖女教会の『選ばれし者』なのだろう? 噂ぐらいは聞いているよ」
違います。いや。違わないかもしれないけど、オレ自身にとってそう呼ばれるのは全くもって不本意ですから。
「君がここに来たのは教会の密命か、女神の神命かは問わないけど、それだから皇帝の寵愛に興味が無かったし、むしろこの国のありように批判的だったんじゃないのかい?」
「それにはお答え出来ません」
嘘をつこうと思ったら幾らでも言えただろうが、ここは敢えてごまかすことにした。
しかしウァリウスたちは誤解しているが、オレにとって聖女教会は後ろ盾どころか、こっちは正反対に追われる身なのだ。
この首都の教会が壊滅していなかったら、オレの存在を知ったその日のうちに身柄の引き渡しを要求してきたはずだ。
その場合、たぶん大公を排除したばかりで、政権基盤の整わないウァリウスにとってオレを引き渡すのが最も賢い選択であるはずだ。
そしてウァリウスがオレを引き渡そうと、引き渡さずに聖女教会と対立しようと、どっちであってもオレには悪夢だろう。
「いずれにせよ……あなたのお誘いには応じられません。そして申し訳ないんですけど、すぐにこの国を発たねばなりません」
この時、オレは本当に申し訳なく思っていた。
しかしウァリウスにとってもこの国にとっても、オレがここに滞在するのはマイナスでしかない――下手をすれば破滅を招きかねないほどにまで。
「そ、そうか……仕方ない。だけど――」
ウァリウスは明らかに落胆した様子を見せるが、すぐに気分を切り替えたようだ。
「それは使命だからなのかい? だけどまさか生涯、誰とも添い遂げず、純潔を守るという誓いを立てているわけではないよね?」
「それはそうですけど……」
「ならば君が使命を果たした暁には、あらためて求愛させてもらっていいかな?」
「どれだけ先になるか分りませんよ」
「構わないよ。それぐらいは待てるさ」
どうせオレの事は既に聖女教会は知っているはずだ。
ウァリウスもオレがこの国を出て行った後で、お尋ね者だと知ってそこで諦めてくれるだろう。そう思うしかない。
そんなわけでウァリウスに対しては申し訳ないが、オレはすぐにでも出て行く決意を固めていた。
どこかに後ろ髪を引かれる気がするのはデレンダやウァリウスのように『せっかく得た友』と別れるからだろうか。
--------------------------------------------------
そして迎えた翌日、かなり慌ただしくオレはこのマニリア帝国首都ノチェットを後にすることにした。
出るのは宮城の表門では無く、以前にウァリウスが脱出するのに使った後宮の隠し通路である。
なおこの隠し通路を使うのはこれが最後で、後は埋めてしまうと聞いている。
オレがまとっている服装は目立たない質素な男装であり、髪の毛もあらためて黒く【着色】していた。
当然ながらこっそりと宮城を出るわけで、見送りはウァリウス、デレンダ、そしてマルキウスの三人だけだ。
「アルタシャさん……お、元気で。またお会い出来ますよね」
デレンダは涙をこらえつつオレに別れを述べる。
こういう場合、皇帝の寵愛を競うライバルがいなくなったと思って喜ぶような様子がちょっとでも見えたら、オレだって少しは気が楽になったのだが、彼女には本当にそういう発想はないらしい。
どこまでもいい娘だし、よくあるパターンだと彼女が皇后の座を射止めたりするかもしれないが、やっぱり権謀術数渦巻く宮城にふさわしいとは思えないな。
これからオレに出来る事は何も無いが、せめて彼女の幸せだけは祈ってやりたい。
「本当に惜しい事じゃのう……ここに残ってくれれば……」
マルキウスは本当に残念そうにこぼす。
オントールの死後、暫定とはいえマルキウスが後宮の長官となっているのだ。
これについてはやっぱりオレをスカウトした功績がウァリウスに評価されたらしい。
後始末が大変だろうけど、そこは昇進に伴う当然の義務ということで本人も満足はしているようだ。
そしてウァリウスはといえば、悲しみや苦悩を見せず、さわやかに笑顔でオレに応じる。
「改めて言うが、僕はいつまでも待っているつもりだよ。将軍や貴族たちにもそう伝えておくからね」
本来なら感動的な別れの場面かもしれないけど、オレは名残惜しい気持ちもある反面ちょっと意地悪をしてみようという気にもなっていた。
女装にだまされて振り回され、手玉にとられ、望みもしないのに唇を奪われたのだから、最後に少しぐらいは反撃してやろうと思っていたのだ。
「それはこっちがいなくなった後で、その残り香まで利用しようという魂胆ですか?」
「相変わらず手厳しいなあ。別れの時ぐらい、もっと感動的で麗しい言葉をかけて欲しいのだけどね」
ウァリウスは苦笑する。
「違うんですか?」
「否定はしない。そしてそういうところも大好きだよ」
権力基盤がまだまだ不安定なウァリウスだが、将軍や貴族たちに人間離れしたチート魔力の持ち主であるオレの幻想を抱かせて、自分の後ろ盾にするつもりだという見当はついていた。
もちろん普通だったら本人がいなくなった後で、そんな事を唱えても意味はないと思われるかもしれないが『女神の化身』だの何だの称えた上で、オレをこっそりと送り出し『女神は昇天した』と大げさな事を言ってハッタリをかますつもりなのではないか。
マルキウスの昇進も言ってみれば、そのための口止め料とも考えられる。
そして『本人がいない』ということは、逆を言えば地位や財産を要求もせず、失敗もしないし、その限界もわからない、何よりウァリウスと意見が衝突することもない。
要するにウァリウスがどうとでも都合よい幻想を提示できるのだ。
元の世界でも『神に選ばれた』だの何だの唱えて、政権の正当性の根拠にした例は多々あるが、こっちでは神様は実在しているのだ。
その『神の化身』に助力を得た、と言い張れば貴族や将軍たちに対抗する材料になりうるというのがウァリウスの計算だろう。
そんな風に利用される事に不満はあるけど、破格の条件でプロポーズされたのを断った身としては、餞別としてそれぐらいの見返りは与えてやろう。
「それでは最後のお願いですけど――」
「宮女たちのことなら大丈夫。ちゃんと責任を持って実家に帰すさ」
「ありがとうございます」
「どうもすみません……」
オレが礼を述べると、デレンダもやや緊張がちに頭を下げる。
大公が皇帝の名を騙って集めた三百人の宮女の大半は、後宮の混乱の後始末により、国元に帰される事になっており、デレンダもその一人だ。
瘴気に襲われてひどい目にあった結果、大多数は納得しているようだが、中には死にものぐるいでここにとどまる事を要求する宮女もいるらしい。
オレにしたらまっぴらだが、本人にとっては『人生をかけた大チャンス』のつもりなんだろうなあ。
「それではこれで失礼させていただきます。どこに行っても皆さんの事は忘れません。ずっと幸せを祈っています」
「我が女神にそう言ってもらえれば、僕の成功は間違いないよ。次に君が我が国を訪れたときには、きっと見違えるように立派な国になっているさ」
「そうあればいいと本当に願っていますよ。それではさようなら」
「名残惜しいのう……」
「うう……アルタシャさんの事は絶対に忘れませんから、必ずいつの日か戻ってきて下さいね!」
「さようなら我が愛しき女神。そして必ずまた会おう」
オレは『友だち』の別れの声を背に受けて、名残惜しい気持ちを握りつぶして、短い間ながら忘れがたい思い出を多数作ったこのマニリア帝国首都ノチェットを後にする。
立ち去り際に一瞬、オレの胸中には『もし自分が聖女教会に追われていなかったら、ウァリウスに対してどう振る舞ったろうか』などという無意味が問いが浮かんだが、それはすぐに忘れることにした。
オレには先に進む以外に道は無いのだから。
そしてウァリウスがこの衰退したマニリア帝国を立て直し『中興の祖』と呼ばれるようになる――かどうかは、まだこれから何年も時間が経たないと分らない事である。
「そこまでして何の後ろ盾もないこちらを皇后に迎え入れようとする理由は何なんですか? 単純に愛しているからというだけじゃないはずです」
オレは敢えて話を切り替えることにした。
何となく明確に断るのを先延ばしにする意識がひょっとしたら心の片隅にあったかもしれない。
「僕も男だ。君の美貌が一番だというのは否定しない。それに君の能力や見識も欲しいのは確かだよ。だけど何より君は僕の『女神』という事になっていてね。将軍達に対抗するためにも君が欲しい」
ウァリウスが口にした『女神』は比喩では無いらしい。
しかしオレはついこの前、その将軍達の前で力を使い果たして無様に気絶したのだ。
そんなオレが将軍達になどとても対抗出来るはずがあるまい。『恋は盲目』とよく言うが、ウァリウスの目も曇っているんじゃないかい?
「魔力を使い果たして、三日も倒れている小娘ごときが、こんどの蜂起を成功させた将軍達に太刀打ち出来るとお思いですか」
「君は自分を過小評価しすぎだよ」
ウァリウスは少々困ったように肩をすくめる。
「君が中庭で見せた魔力について、いま一二人いる宮廷魔術師に聞いたら一人では足下にも及ばないどころか『全員が束になっても、同じ事が出来るかどうか分らない』という答えが返ってきたぐらいだよ」
ええ? オレが全力で魔力を開放したらそこまで行くの?
これはオレ自身も少々びっくりだ。
「お陰で宮廷魔術師達は自信を喪失してね。何人かは辞表を出してきたぐらいだ。だから君にはその穴埋めをしてもらいたい。ああ。もちろん卑猥な意味じゃないよ」
「当たり前です!」
本当に一言多いなこの皇帝。
実は大公もそんなところに殺意を抱いたんじゃ無いのか?
「それでこの話を聞いた将軍達はむしろこの僕は『傀儡』で、君こそが今回の大公排除の黒幕なんじゃないのかと心配している様子だったよ」
「な?! なんですかそれ!」
ウァリウスは嬉しげに笑うが、こっちにしたらあまりに無茶苦茶過ぎて言葉が出てこない。
そりゃまあオレは不本意でも後宮に入っていたんだから、皇帝の寵愛目当てだと思われても仕方ない事ぐらいは承知していたけど、ウァリウスを傀儡にしようなどとは異次元にも程があるだろう。
「しかも彼らは君自身の能力を恐れるのはもちろんのこと、背後には聖女教会がいると思っていてね。そこを心配していろいろと『助言』をされたよ」
買いかぶりにも程があると言いたいが、何も知らない人間からはそう見られても、不自然じゃ無いのか。
オレとしてはツッコミどころが多すぎて、頭を抱えたい気分だよ。
「そんなわけで大公に代わり、僕を神輿にして国政を壟断しようと思っているだろう将軍達への対抗上、是非とも君を皇后に迎え入れたいわけだよ」
たぶんウァリウスのこの言葉は嘘ではないだろう。
むしろあけすけに本音を明かしてくれたとも言える。
「正直に言えば、むしろ僕の方が君に釣り合うかどうか心配しているほどなんだ」
その心配は無用だよ。だってウァリウスが皇帝だろうが、平民だろうがこっちにとってはどうでもいいし、ついでに言えば妻になる気はないから。
「君は一言も口にしなかったけど、聖女教会の『選ばれし者』なのだろう? 噂ぐらいは聞いているよ」
違います。いや。違わないかもしれないけど、オレ自身にとってそう呼ばれるのは全くもって不本意ですから。
「君がここに来たのは教会の密命か、女神の神命かは問わないけど、それだから皇帝の寵愛に興味が無かったし、むしろこの国のありように批判的だったんじゃないのかい?」
「それにはお答え出来ません」
嘘をつこうと思ったら幾らでも言えただろうが、ここは敢えてごまかすことにした。
しかしウァリウスたちは誤解しているが、オレにとって聖女教会は後ろ盾どころか、こっちは正反対に追われる身なのだ。
この首都の教会が壊滅していなかったら、オレの存在を知ったその日のうちに身柄の引き渡しを要求してきたはずだ。
その場合、たぶん大公を排除したばかりで、政権基盤の整わないウァリウスにとってオレを引き渡すのが最も賢い選択であるはずだ。
そしてウァリウスがオレを引き渡そうと、引き渡さずに聖女教会と対立しようと、どっちであってもオレには悪夢だろう。
「いずれにせよ……あなたのお誘いには応じられません。そして申し訳ないんですけど、すぐにこの国を発たねばなりません」
この時、オレは本当に申し訳なく思っていた。
しかしウァリウスにとってもこの国にとっても、オレがここに滞在するのはマイナスでしかない――下手をすれば破滅を招きかねないほどにまで。
「そ、そうか……仕方ない。だけど――」
ウァリウスは明らかに落胆した様子を見せるが、すぐに気分を切り替えたようだ。
「それは使命だからなのかい? だけどまさか生涯、誰とも添い遂げず、純潔を守るという誓いを立てているわけではないよね?」
「それはそうですけど……」
「ならば君が使命を果たした暁には、あらためて求愛させてもらっていいかな?」
「どれだけ先になるか分りませんよ」
「構わないよ。それぐらいは待てるさ」
どうせオレの事は既に聖女教会は知っているはずだ。
ウァリウスもオレがこの国を出て行った後で、お尋ね者だと知ってそこで諦めてくれるだろう。そう思うしかない。
そんなわけでウァリウスに対しては申し訳ないが、オレはすぐにでも出て行く決意を固めていた。
どこかに後ろ髪を引かれる気がするのはデレンダやウァリウスのように『せっかく得た友』と別れるからだろうか。
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そして迎えた翌日、かなり慌ただしくオレはこのマニリア帝国首都ノチェットを後にすることにした。
出るのは宮城の表門では無く、以前にウァリウスが脱出するのに使った後宮の隠し通路である。
なおこの隠し通路を使うのはこれが最後で、後は埋めてしまうと聞いている。
オレがまとっている服装は目立たない質素な男装であり、髪の毛もあらためて黒く【着色】していた。
当然ながらこっそりと宮城を出るわけで、見送りはウァリウス、デレンダ、そしてマルキウスの三人だけだ。
「アルタシャさん……お、元気で。またお会い出来ますよね」
デレンダは涙をこらえつつオレに別れを述べる。
こういう場合、皇帝の寵愛を競うライバルがいなくなったと思って喜ぶような様子がちょっとでも見えたら、オレだって少しは気が楽になったのだが、彼女には本当にそういう発想はないらしい。
どこまでもいい娘だし、よくあるパターンだと彼女が皇后の座を射止めたりするかもしれないが、やっぱり権謀術数渦巻く宮城にふさわしいとは思えないな。
これからオレに出来る事は何も無いが、せめて彼女の幸せだけは祈ってやりたい。
「本当に惜しい事じゃのう……ここに残ってくれれば……」
マルキウスは本当に残念そうにこぼす。
オントールの死後、暫定とはいえマルキウスが後宮の長官となっているのだ。
これについてはやっぱりオレをスカウトした功績がウァリウスに評価されたらしい。
後始末が大変だろうけど、そこは昇進に伴う当然の義務ということで本人も満足はしているようだ。
そしてウァリウスはといえば、悲しみや苦悩を見せず、さわやかに笑顔でオレに応じる。
「改めて言うが、僕はいつまでも待っているつもりだよ。将軍や貴族たちにもそう伝えておくからね」
本来なら感動的な別れの場面かもしれないけど、オレは名残惜しい気持ちもある反面ちょっと意地悪をしてみようという気にもなっていた。
女装にだまされて振り回され、手玉にとられ、望みもしないのに唇を奪われたのだから、最後に少しぐらいは反撃してやろうと思っていたのだ。
「それはこっちがいなくなった後で、その残り香まで利用しようという魂胆ですか?」
「相変わらず手厳しいなあ。別れの時ぐらい、もっと感動的で麗しい言葉をかけて欲しいのだけどね」
ウァリウスは苦笑する。
「違うんですか?」
「否定はしない。そしてそういうところも大好きだよ」
権力基盤がまだまだ不安定なウァリウスだが、将軍や貴族たちに人間離れしたチート魔力の持ち主であるオレの幻想を抱かせて、自分の後ろ盾にするつもりだという見当はついていた。
もちろん普通だったら本人がいなくなった後で、そんな事を唱えても意味はないと思われるかもしれないが『女神の化身』だの何だの称えた上で、オレをこっそりと送り出し『女神は昇天した』と大げさな事を言ってハッタリをかますつもりなのではないか。
マルキウスの昇進も言ってみれば、そのための口止め料とも考えられる。
そして『本人がいない』ということは、逆を言えば地位や財産を要求もせず、失敗もしないし、その限界もわからない、何よりウァリウスと意見が衝突することもない。
要するにウァリウスがどうとでも都合よい幻想を提示できるのだ。
元の世界でも『神に選ばれた』だの何だの唱えて、政権の正当性の根拠にした例は多々あるが、こっちでは神様は実在しているのだ。
その『神の化身』に助力を得た、と言い張れば貴族や将軍たちに対抗する材料になりうるというのがウァリウスの計算だろう。
そんな風に利用される事に不満はあるけど、破格の条件でプロポーズされたのを断った身としては、餞別としてそれぐらいの見返りは与えてやろう。
「それでは最後のお願いですけど――」
「宮女たちのことなら大丈夫。ちゃんと責任を持って実家に帰すさ」
「ありがとうございます」
「どうもすみません……」
オレが礼を述べると、デレンダもやや緊張がちに頭を下げる。
大公が皇帝の名を騙って集めた三百人の宮女の大半は、後宮の混乱の後始末により、国元に帰される事になっており、デレンダもその一人だ。
瘴気に襲われてひどい目にあった結果、大多数は納得しているようだが、中には死にものぐるいでここにとどまる事を要求する宮女もいるらしい。
オレにしたらまっぴらだが、本人にとっては『人生をかけた大チャンス』のつもりなんだろうなあ。
「それではこれで失礼させていただきます。どこに行っても皆さんの事は忘れません。ずっと幸せを祈っています」
「我が女神にそう言ってもらえれば、僕の成功は間違いないよ。次に君が我が国を訪れたときには、きっと見違えるように立派な国になっているさ」
「そうあればいいと本当に願っていますよ。それではさようなら」
「名残惜しいのう……」
「うう……アルタシャさんの事は絶対に忘れませんから、必ずいつの日か戻ってきて下さいね!」
「さようなら我が愛しき女神。そして必ずまた会おう」
オレは『友だち』の別れの声を背に受けて、名残惜しい気持ちを握りつぶして、短い間ながら忘れがたい思い出を多数作ったこのマニリア帝国首都ノチェットを後にする。
立ち去り際に一瞬、オレの胸中には『もし自分が聖女教会に追われていなかったら、ウァリウスに対してどう振る舞ったろうか』などという無意味が問いが浮かんだが、それはすぐに忘れることにした。
オレには先に進む以外に道は無いのだから。
そしてウァリウスがこの衰退したマニリア帝国を立て直し『中興の祖』と呼ばれるようになる――かどうかは、まだこれから何年も時間が経たないと分らない事である。
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