異世界転移したら女神の化身にされてしまったので、世界を回って伝説を残します

高崎三吉

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第5章 辺境の地にて

第56話 「辺境の地」を目指して

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 オレはマニリア帝国を離れてからひたすら西方に向かっていた。
 目的はやはり聖女教会の崇める女神チャラーナ・イロールについて調べる事であり、女神がまだ人間だったころ、西方の文化圏からやってきた事をマニリア帝国の資料で調べて知った事から、手がかりが何か得られるのではないかという希望があったからだ。
 得られた限りの断片的な知識では大陸中央部に来た時点で既に強力な回復魔法の使い手であったらしい事から、西方の地に向かえば何かが得られるかも知れない。

 もしオレが聖女教会に追われていなかったら、皇帝であるウァリウス公認で、学者を動員してでもマニリア帝国の古い資料を幾らでも調べられたろうに、つくづく残念だ。
 まあその場合、ウァリウスからずっと迫られ続けるのは確実なわけで、どこまで留まっていられたかはやっぱり疑問であるが。

 そしてもう一つ重要なのは、西方の文化圏は今までオレが過ごしていたペント大陸中央部からは『蛮族』と蔑まれているが、そこには聖女教会の力も及ばない。
 つまり聖女教会が自分たちに都合のよい虚構を広める前の知識が、そこでは得られる希望があるのだ。
 そして何より、違う文化圏であれば『男の回復魔法使い』だって存在しているかもしれない。
 その何人かを大陸中央に連れてきて実演させてみれば『女しか回復魔法は使えない』という聖女教会の嘘を暴く事だって出来るのだ。
 もちろんそう簡単に事が進むとも思えないが、今のオレにとってそれが僅かな希望なのである。

 そんなわけでオレは今まで通り男装し、髪を黒く《着色》した上で一人旅を続けている。
 後宮で過ごした結果、もう女装には拒否感を抱かなくなってしまっていたが、それでも一人旅をする以上、男に襲われないため男装を通す必要はあった。
 不本意ながらオレが女の格好で一人旅などしていたら、いやらしい男やロクでもない奴隷商人だの山賊だののたぐいが呼びもしないのにわらわらと寄ってくる事は分かりきっていたからだ。
 もちろん聖女教会からの追っ手が迫っていることも考えられるし、むしろそっちの方がオレにとってはよほど脅威だろう。

 それともう一つ。
 オレは特別自分でも慈悲深いとか思っているわけではないが、やっぱり行き倒れなどを見るとついつい助けようという気になってしまう。
 怪我や病気、それと疲労や空腹だったらオレの魔術でたいがいはどうにかなるのだが、やはりそれを見られる事には危険が伴う。
 そんなわけでオレはなるだけ移動中は他人に出くわす事がないように、なるだけ人里離れた場所を通過する事を心がけている。
 幸いにもドルイド魔術の使えるオレは山や森の中で動き回る事もたやすく、動物を味方につけて周囲を警戒させることで、安全も確保出来た。
 地理についてはラマーリア王国やマニリア帝国で見たものを、オレは魔術で記録にとどめておけるのでそちらも心配はない。
 とりあえず現在、オレが目指しているのは大陸の中央と、西方の文化圏が交わる|境目の地(ボーダーランド)の都市であるファーゼストだ。
 その『最果ての町』ファーゼストという名前の通り、二つの文化圏の双方にとってもっとも遠方に位置する『ド辺境』の都市なのだ。
 だがしばしば誤解されるが『辺境』というのは『田舎』を意味しない。
 辺境とは裏を返せば異なる文化の接点に位置することを意味し、そのために交易の重要拠点として栄えている場合もあるのだ。
 このためファーゼストは人口一万人という、この世界では結構な大都市であり交易で賑わう豊かな都市国家だということだ。
 いきなり勝手の異なる西方に足を踏み入れるより、このファーゼストで情報を得て、チャラーナ・イロールの手がかりをつかむのが当面の目標である。

 魔法で脚力と知覚を強化する事で夜中も問題無く走り回し、疲労も魔力で回復させつつ移動する事の出来るオレは一日で換算すれば常人の数倍の早さで移動出来る。
 そんなわけでマニリア帝国を出て十日もするとオレは遙か離れた辺境の地に足を踏み入れていた。
 辺境と言っても人口が少ないわけでも無く、オレとしては警戒を怠る事は出来ない。
 またそれとは別に『異なる文化圏の接点』とは普段は交易の場となるが、一歩間違うと『戦争の最前線』となりうる場所でもある。
 これまでオレが何かしようとすると、まるで待っていましたとばかりに非常事態が発生してとんでもない事が起きてきたのだ。
 こっちがファーゼストに足を踏み入れたら、いきなり西方からの軍勢に蹂躙されるなんて事になるかもしれない。
 オレは自分をそんな疫病神などとは思いたくもないし、これが単なる自意識過剰であればいいのだが。
 しかしここでオレの魔法で強化している視界の片隅に、飛び込んでくるものがあった。
 それは遠く離れた地で小さく立ち上っている、複数の煙のスジだったのだ。

 あれは火事? いや。まさか戦火?

 オレは毎度の不安を胸に抱きつつ、その煙の上がっている場所に引きつけられるように足を進めていた。

 しばしの後、オレが火の手の元に駆けつけたところ、そこは殆どの家屋が焼け落ち廃墟と化した小さな村だった。
 視界内に人影はなく、建物が全て燃えているところから見て、何ものかが意図的に火をつけたのは間違いない。
 通常ならば戦争による焼き討ちが考えられるが、それにしては見える範囲に死体が全く見られないのは不自然だ――オレにとっては幸いだったけど。

 こういう場合に考えられるのは、ここの住民が何らかの事情で避難を余儀なくされた上で、立ち去り際に村を焼いていったということになる。
 これが戦争だったとしたら、侵攻してきた敵軍を飢えさせる焦土戦術のたぐいか?

 うげえ。もしその予想が当たっていたとしたら、オレとしては一刻も早くこんなところからは逃げ出す必要があるな。
 とりあえずここは【鷹の目】イーグル・アイを使おう。これは視点を上空にあげて、周囲の状況を見渡す事が出来る|君主(ロード)系の魔術だ。
 近くの山野を見渡すと、オレにとっては幸運と言うべきだろうか、軍勢のたぐいはいないらしい。しかし――
 この村の近くの林の中にて、誰か倒れているのがオレの視界に入ってきた。
 どうするか。小考の末にオレはそちらに行ってみることを決めた。
 もし生きていればオレの魔術で助けられるかもしれない。
 たとえダメだったとしても、せめて葬ってあげよう。

 決断を下したオレはひとまず【鷹の目】を打ち切る。
 やろうと思えば、この魔術を維持して上空から見下ろしつつ、他の行動も出来るのだが、それはそれで精神集中を必要とするので無理は禁物だ。

 しばしの後、オレは発見した行き倒れ(?)のところにまでたどり着いた。
 近づいて見るとそこに倒れていた相手は、その全身がカサブタで覆われ、どす黒く変色し、ただれた皮膚のそこかしこからウミがあふれ出ているという無残な姿だ。
 周囲では風を切る音がひびいているが、今のオレはそんなものは気にもならなかった。

 この症状はひょっとして何かの病気か?
 残念ながらオレは回復魔法は使えても、医術の心得はないので病気だとしてもそれが何なのかは分らない。
 これが伝染病だったとしたら、さっきの村は戦争で焼かれたのでは無く、病気の拡大を阻止するために焼き払われたのかも知れない。
 それなら死体が見つからなかったのも納得出来るな。
 とりあえず倒れている相手を見ると、僅かに動いている様子だから、かろうじて生きているらしい。

 うう。正直に言って触りたくはない。
 もちろん『回復役』として【病の治療】キュア・ディジーズは持ち合わせているので、病気は恐るるに足らないと言いたいところだが、やっぱりここまでの有様では近寄りたくないと考えるのは仕方ないと思う。
 どうせオレは本職の医者では無いし、相手には縁もゆかりもないから、見捨てたところで誰も非難などしないだろう。

 こんなのさっさと立ち去るのが一番、いい方策だね ―― などと考えて実行出来たら苦労しないんだよ!

 オレは倒れている病人に手をさしのべて魔法をかけようとする。
 だがその瞬間、どういうわけかオレの耳は先ほどから響いていた風を切る音に加え『鳥の声のような金切り音』が飛び込んで来た。
 思わず耳をそばだてたが『金切り音のような鳥の声』ではない。
 紛れもなく金属がこすれ、きしむ音だった。
 オレが思わず顔を上げると、そこにはオレに対して一直線に向かってくる、命の感じられない黄色い眼がオレの青紫の瞳と重なる。

 林の木々の間をぬうようにしながら飛んで来るのは、一匹のタカ――ではなく薄い鉄板でつくられたとおぼしき玩具のような猛禽であった。
 あからさまに金属質の翼は、構成する羽のひとつひとつに青いメッキが施されてテカテカと光り、銀色の地金がむき出しになっているクチバシは不自然なほど輝いている。
 控えめに言っても、オレが今まで見たことのある存在で無い事は確かだ。
反射的に身構えた瞬間、その金属の猛禽は金切り音を発しつつ口から火花を放ち、オレの身体を貫いた。

 痛ぇぇぇぇ! これはひょっとして電撃?

 オレは苦痛にのたうって地面を転げ回る。
 するとオレが立っていた先ほどの病人の傍らを火花が走り、周囲にはイヤな臭いが立ちこめる。
 しばしの間、オレは苦痛にうめいていたが、どうにか体勢を立て直して金属の猛禽を見据える。
 電撃は一瞬だけで威力もさほどでもないようだが、それでも身を貫く苦痛は相当なものだ。
 そしてこの相手はオレが倒れた相手から離れたところで、再度の攻撃はしてこないようだが、警戒するように周囲を飛び回っている。

 なんだこいつは?
 この病人を狙っているのか?
 いや。違う。この攻撃はむしろここに近づかせないためのように感じられる。
 たぶんコイツは周囲を警戒して、この倒れた病人を守ろうとしているのではないだろうか。
 そうだとすればこの『金属の猛禽』は魔法で作られた護衛か何かだけど、主人が病気で倒れる事までは想定してなくて、ただ主人に近づく相手を無条件で排除しようとしているということかもしれない。

 さてとどうするか?
 もとから気が進まなかった事もあるし、オレにしたら相手を見捨てて逃げるのが一番手っ取り早いだろう。
 しかし一度助けると決意したのに、それを辞める気にはなれない。
 その場合、後で確実に後悔するだろう。
 オレだって自分が見つけなければ何という事も無かったが、見てしまった以上は放置する事は出来ないのだ。
 それにオレが少々痛い思いをするだけで、ひと一人助けられるならそれに越したことはない。
 それにこの魔法が何なのか俺だって知りたい。
 よし。ここは初志貫徹して何としても助けることにしよう。
 オレはあらためて決断すると、金属の猛禽を見据えて自分が何をすべきかと考えることにした。
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